□ 「中陰の花」(玄侑宗久)第125回芥川賞受賞作
■ あらすじ
得度し禅宗の僧として厳しい修行を積んだ則道は、山間(やまあい)にある人口二万ほどの小さな町で、妻の圭子とともに僧侶として法事や農作業をおこなっている。
変わらない日常の中で、則道が幼少の頃から見知っているおがみやウメさんが八十九歳で臨終をむかえる壮絶な死の光景を眼のあたりにする。通夜の席、さまざまな人と対話しながらウメさんの生涯とそれを取り巻く人々を回想する。
ウメさんはある年齢から霊感に優れ、物事を予見したりあらゆる人の悩みを即座に解決してしまうことを生業にしていた。これを則道は仏教でいう神通力という不思議な能力ではないかと考え、生前のウメさんの予知能力についてさまざまな思いを巡らせる。「電子に束縛されていない原子核の中の中性子に、「意識」というものが宿っているというんですね、その方は。だから全て見える。すべて聞こえる。「虫の知らせ」というのも、この中性子同士の感応だと・・・・・・・・・・。「花の夢 聞きたき蝶に 声もなし 東西南北 汝の去るに任す」
どういう訳か仏教の死の世界についてたびたび則道に尋ねてくる妻圭子。「仏教では、基本的には質量不滅の法則で考えてるんだ」「そう。たとえばコップの水が蒸発する。そうすると水蒸気はしばらくこのへんにあるやろ」「つまり、この世とあの世の中間ってこと」、「仏って、ほどけるっていう言葉からきてるって、前に言うたやん」「ほどけた状態が成仏やったら、みんな一緒やと思う。同じであってほしい」
暇さえあれば、頂き物の包装紙を細切りにしてはニ十センチくらいの紙縒(こより)を作り、その紙縒を金網に糊付けし七夕に吊るす短冊のようなものを作る圭子。則道はその行為が何を意味しているのか不思議に思いながらながめている。
最後に圭子との会話から、夫婦のあいだで忘れていたもっとも大切なことを思い出さされ、そのことが妻を長年さいなんできたことにようやく気が付く則道。「成仏やなあ」「だれやしらんけど」
■ 著者略歴 玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう)
昭和31年(1956年)福島県三春町の福聚寺の長男として生まれる
昭和49年(1974年)上京。予備校を経て慶応義塾大学に入学。中国文学科に進み、中国現代演劇を専攻。アラビア語学院でアラビア語を、台湾輔仁大学華語研究所に私費留学。
昭和58年(1983年)京都嵐山の天龍寺専門道場に入門。平田精耕老師の許で参禅。三年で退山。神戸、山梨を行脚し帰郷。
昭和63年(1988年)福聚寺副住職に就任
平成13年(2001年)「水の舳先」が第124回芥川賞候補
平成13年(2001年)「中陰の花」で第125回芥川賞受賞
■ 銓衡委員選評の辞(一部抜粋)
河野多恵子:前回の候補作よりも確実に進歩していた。無駄な迂回がなくなり、しかもすっきり仕上ったことで作品が痩せるのではなく豊かになって嬉ばしい。
石原慎太郎:人知を超えた物ごと、あるいは人間の認識を超えた領域、つまり「中陰」における人間の在り方についての関心や敬意については(中略)現実に僧籍にある人がその職業的体験の中でこうした問題にまともに視点を据えてかかるというのは逆に珍しいし、作者の僧侶としての誠実さに感じさせもする。
古井由吉:(前略)依存の極致が、かえって依存からの自由である、かのような「たたずまい」を見せる。「たたずまい」という言葉がこの際適切であるかどうかわからないが、私は目を惹かれた。それに触れて、依存と依存への拒絶とに「食」において苦しむ人間の中で、何かが壊れることはある、とも思った。
宮本輝:(前略)現職の僧侶が寺を舞台として、死や、一種の霊的な力を文学化させることが、これから先、どれだけ拡がりを得るのか、そこのところは疑問だが、そのような世界を離れて、別の小説世界を構築する力を持つ新人の登場だと思う。
日野啓三:題材が題材なだけに文章全体がくすんできらめきが乏しいことと、最後の奇跡的な光景も文法の間節を故意にはずすまでの思いきった表現上の工夫をしなくては、この世でもあの世でもない中間の霊的な超現実性が現出されず、現実的な心情の比喩的イメージになりかねないという疑念から、積極的な評価(マル印)は控えた。
池澤夏樹:今の日本の地方のもう若くない人々の思想を、宗教と死生観をキーワードにうまく表現している。安定した力がある。受賞して身軽になったところで、重厚長大な作品を書いて欲しい。
三浦哲郎:期待通り文章も構成も手堅く安定していて、安心して読めたが、前作に比べて感覚の躍動が抑えられて妙におとなしくなっているのが少々寂しく思われた。
村上龍:受賞作については、わたしの関心と遠い作品なので感想は控えたい。ただその筆力は間違いないと判断したので、最終投票では受賞に賛成の票を入れた。
黒井千次:生と死、成仏の問題、説明のつかぬ不思議な体験などの間で揺れ動く主人公の迷いや悩みが、率直に伝わって来る。現職の僧が教義や戒律に縛られることなく、迷う自由の中に生きている姿に共感を覚える。
(免責事項)このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。