<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609</id><updated>2012-01-14T02:50:55.235+09:00</updated><title type='text'>爽秋の春風駘蕩ならざる日々</title><subtitle type='html'>爽秋の断片的な記憶を綴る。エッセイ・評論・小説が中心。</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><link rel='next' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default?start-index=101&amp;max-results=100'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>118</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-5526259448814392053</id><published>2010-11-23T05:50:00.001+09:00</published><updated>2010-11-28T17:50:04.890+09:00</updated><title type='text'>『熊野集』　（中上健次著：講談社文芸文庫）</title><content type='html'>文芸評論家の小谷野敦氏によれば、文壇において十年ごとに登場する新しい流派に対する命名は微かに命脈を保っており、昭和五十年代に台頭した中上健次、村上龍、三田誠広は「内向の世代」（古井由吉、黒井千次、高井有一、小川国夫、阿部昭、後藤明生、大庭みな子、富岡多恵子など。いわば政治に関心を持たず自己の内部に向かっている文学）につづく「青の世代」と呼ばれていたらしい。（*1）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この「内向の世代」は古井由吉に代表される（石川達三は古井の作品「杳子」を読んで「目標喪失の文学」を書き銓衡委員を退いた）「物語の解体」と呼ばれる手法で自己の世界を描いている。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「物語の解体」とは小説の物語性を拒否し、近代の世界を一つの仕組みとしてながめる発想を避け、主人公の身体の生理と一つになった言葉で目にみえるもの、聞こえるものをなぞってゆき、同時代を生きる小説家の身体や生活の実感、社会の空気を表現する手法で作品を描いてゆく手法である。（*2）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私が久々に中上氏の作品を手に取ったのは、肉体的な躍動感や雄々しさ、生きるうえで必要な野性味を求めていたからに他ならない。中上氏の言葉を借りれば「切って血の出る物語」、何か現実味の感じられない世界と対極にある極限状態においつめられた人間の生命の呼吸のようなものを味わいたかったからかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「暗闇の中での跳躍」。一つ一つの作品に中上氏の移動、ジグザグ試行、揺れ、跳躍があり、その世界が予定調和的でない世界（*3）。泉鏡花を思わせる文体に自らの雄々しい文体を駆使して自己の世界を描く、近年の作家にはみられない肉体をかけた文学、作風は粗いのですが、生理的な欲求から読まされてしまいます。また、幽玄といって良いのでしょうか、死の淵に立つからこそ新鮮に映えてみえる自然の美しさの描写に驚きを覚えます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（参考文献：（*１）『現代文学論争』（小谷野敦著：筑摩書房）、（*２）『日本文化の源流を求めて２』から「小説の困難と可能性」高村薫、（立命館大学文学部著：文理閣）、（*３）『坂口安吾と中上健次』（柄谷行人著：講談社文芸文庫）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-5526259448814392053?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/5526259448814392053/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=5526259448814392053' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5526259448814392053'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5526259448814392053'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/11/blog-post_23.html' title='『熊野集』　（中上健次著：講談社文芸文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-5354556548369626214</id><published>2010-11-07T01:50:00.009+09:00</published><updated>2010-11-09T01:37:54.482+09:00</updated><title type='text'>『日蝕』（平野啓一郎著：新潮文庫）</title><content type='html'>　本書の紹介文は以下の通りである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「現代が喪失した「聖性」に文学はどこまで肉薄できるのか。舞台は異端信仰の嵐が吹き荒れる十五世紀末フランス。賢者の石の創生を目指す錬金術師との出会いが、神学僧を異界に導く。洞窟に潜む両性具有者、魔女焚刑の只中に生じた秘蹟、めくるめく霊肉一致の瞬間。華麗な文体と壮大な文学的探求で「三島由紀夫の再来」と評され、芥川賞を史上最年少で獲得した記念碑的デビュー作品。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;平野啓一郎氏の作品は初めてだが、読み終えて、ともかく１９９９年（平成十一年）以降の十二年後くらいの「世界の腐敗と堕落」を予見した出色の作品という印象を受けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　内容の検証にはミシェル・フーコーの「性の歴史（知への意志）」と「世界宗教史」を読みこなさないと不可能かなとも思った。十五世紀末のフランスを舞台にしながら、擬古文調でさらに漢字を彫琢したところがこの作品の奥行きの深さを感じさせる要因になっているのではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、ある評者のいうように「人間は理解不能な神秘への憧れを止められない」ということを敢えて難解な表現でしるしたかった、という欲求もあるかもしれないが、私は平野氏がキリスト教グノーシス派を採りあげたことを彼の文学的な意志表明として注目したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話は変わるが、経済的な飽和状態ならびに物質的な発明の行き詰まりを人々が感じる現在、人びとは内面的（＝精神的）充足を求めて西田哲学における精神的鉱脈、西田哲学における「純粋経験」の再評価が行われているらしいのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;西田哲学を身近な例でいえば、読書において作家の秘めたる意図あるいは難解な描写の情景が読者にとどき理解されたときに感じる純粋な感動、それは個人的であり、かつ生々しく簡単には言葉で言い表せない純粋な塊ではなかろうか。西田哲学においてはこの大きな塊が如何に人間の言語、非言語として取捨選択され再生産されてゆくかの意識の過程をも追求してゆく学問である。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;平野氏がモチーフを現代社会ではなく、十五世紀のフランスおよびグノーシス派に依るのは、この宗派の「厳密な意味でのではなく、当時、広範囲に流布していた神話や思想や神観念に対する、大胆で、奇妙なほど悲観的な再解釈なのである」。「（前略）ついには肉体の牢獄から解放されるであろうことを学ぶのである。要するに彼は、誕生は物質への堕落にひとしいが「再生」は純粋に霊的なものになることを発見するのである」。「世界は偶発的なできごとや災難の結果生じたものであり、無知に支配され、邪悪な力によって統治されていると考えているため（中略）規範と制度のすべてを拒絶する。彼らは霊知によって獲得された内面的な自由の力によって思うままにふるまい、望みどおりに行為することができるのである」といった性質にあると考える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; つまり、私は彼が言語的に不可知な領域へおも踏み込む表現上の決意表明のために、もっともそれに適した教えであったグノーシス派を選択したのではないかと思うのである。もっとも本人曰く「（歴史的な軸で眺めると）逆に今っていう時代がどういう流れのなかに位置付けられているかもわかる」そうだ。　つまり享楽的な時代に生きる節操のない朋輩たちに対して、復古主義、現代に生きる人の聖なるもの、つまり自らの志操とは何か、を強烈に問いかけた作品であると思う。また、社会とは自己と他人の領域の交差点である。「自己の領分」を明確に位置づけておかないと後に自らの志向性と異なった領域への逸脱や侵犯を起こしたり受けたりして、それこそ収拾のつかない事態に陥る、という警鐘であると考える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（参考文献：『世界宗教史』（ミルチア・エリアーデ著：ちくま文芸文庫）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-5354556548369626214?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/5354556548369626214/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=5354556548369626214' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5354556548369626214'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5354556548369626214'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/11/blog-post_07.html' title='『日蝕』（平野啓一郎著：新潮文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-5532318253051283342</id><published>2010-11-01T10:40:00.007+09:00</published><updated>2010-11-03T05:06:38.603+09:00</updated><title type='text'>謝　辞</title><content type='html'>過日、直木賞設定について偉そうなことを述べましたが、私の知識は直木賞設定の初期のものだけでして、今回、五木寛之著の「僕の出会った作家と作品」を読んで本格的に直木賞作家の作品を読んだことがあるか、といえば皆無に等しいと自覚しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　また、私は好きな作家の全作品を通読したことがあるのか、と問われれば、残念ながら歴史・推理小説作家以外は読んだことがありません。今回新進作家の方の数の多さ、作品数の多さを見るにつけ、話題がなくなったと思っておりました文学の世界も随分才能のある人がいるのだ、とわかりました。結論としては、賞をとるも作家としての地位を得るも、作家自身の自己の作風に対する強い執念にあると考えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私のような素養のない者が差し出がましく、感想文めいたものを発表してきたことに罪悪感を感じ、また批評家ならびに作家の方の仕事にご迷惑をおかけしておりましたらお詫び申し上げます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当書評のなかで図書館で是非読んでいただきたいのは、１９８３年（昭和５８年）１１月「小説現代新人賞　第４１回」の「該当者なし」に書かれた、「軽薄短小を排す」という銓評です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;=============================&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「軽薄短小を排す」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（前略）投げ銭目あての大道芸とて、その陰には人に言えない血の涙が流されているはずだ。その苦しみを観客に気取られることなく、はた目に遊びと見える芸こそ、プロのスピリットなのではあるまいか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; こんな文句を選評の場で書きつらねるのも年とって小うるさくなっただけのことなく、最近じつに安易な遊び半分のアマチュア小説を読まされている事に閉口しているせいである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なにもアマチュアリズムを否定しているわけではなく、たとえ新人賞への応募作品であっても、そこにプロをもひしぐ面構えと気組みがあってしかるべきだと思うのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-5532318253051283342?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/5532318253051283342/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=5532318253051283342' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5532318253051283342'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5532318253051283342'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/11/blog-post.html' title='謝　辞'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-3776772080371699565</id><published>2010-10-13T13:56:00.005+09:00</published><updated>2010-10-24T23:54:56.718+09:00</updated><title type='text'>『されど　われらが日々―』（柴田翔著：新潮文庫）</title><content type='html'>当ブログは我慢強い方のお陰と、冷やかしも交ったアクセスで、かろうじておおよそのべ４０名の日々のアクセス、閲覧数７０前後を保っております。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回は私が読んでみたいと思っていた柴田翔氏の『されど　われらが日々―』を紹介したいと思います。そして『芥川・直木賞受賞者総覧』（教育社）の内容と当時の学生気質について私が感じたところを述べてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当作品は同人誌「象」に掲載された同氏の作品「ロクタル菅の話」で芥川賞候補になった後に書かれた作品で、工学部の応用化学科から独文科助手となった最後の年に書かれたもので柴田氏のいわば青春の墓名碑的作品として書かれた作品です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところがこの作品の文体は非常に平明で読みやすく、思想に殉じて死んでいった親友や付きあっていた女友達の死に対する苦悩や同情の念はあまりなく、むしろ冷めた様子で青春の日々を淡々と綴っておられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;銓衡委員のなかには「以前の作品の方がよかったのではないか」という声も多かったと聞きますが、「書物はその書物が書かれた時の時代状況を考えながら読まなければならない」という格言にしたがえば、ストイックに生きている主人公に対してさらにストイックな人間があらわれて、自らの高校時代から関与してきた活動の些細な過失にここを痛め、あるいは自らの結婚観について「恋愛は、それがどんなに周囲に祝福されているようにみえても、本質的に反秩序的なものです」という厳しい人生観を持っている人がいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな似た者同志のなかでの何となく予定調和の人生というもの―大学時代に全ての人生設計を終えていなければならないことに対する漠然とした億劫さが、この文章の欠伸（あくび）でるような退屈さ、人間を踏みしめて歩んでゆく時代風潮に対する冷ややかな怒りにつながっているのではないかと思います。この作品の受賞時期は１９６４年上半期で、全共闘が本格的に始まる４年前に書かれています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;柴田氏はこの後エッセイや武田泰淳、小川国夫、野間宏、加藤周一、大江健三郎との対談。小田実、開高健、高橋和巳、真継伸彦との同人誌を残されております。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（引用：『芥川・直木賞受賞者総覧』（教育社）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-3776772080371699565?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3776772080371699565/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3776772080371699565' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3776772080371699565'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3776772080371699565'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/10/blog-post.html' title='『されど　われらが日々―』（柴田翔著：新潮文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6124729386629101212</id><published>2010-09-22T00:30:00.003+09:00</published><updated>2010-09-22T23:43:14.370+09:00</updated><title type='text'>『回想の芥川・直木賞』（永井龍男著：文藝春秋社）</title><content type='html'>　この本にふれる前に、私なりの回想の芥川・直木賞をさせていただければ、当時は遠藤周作、北杜夫、吉行淳之介、近藤啓太郎、安岡章太郎、小島信夫、庄野潤三などの＜第三の新人＞と呼ばれる作家の円熟期にあたり、遠藤氏や北氏、安岡氏の晩年期にどんな渾身の作品が出版されるのかを楽しみにしていた時代で、当時の芥川・直木賞受賞者は寡作の人が多く今よりも注目度は高かったものの、新進作家の作品はあまり読まなかったような気がする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後、文学と無縁の時代が長く続き、たまたま買い込んだ「芥川賞全集―十九巻―」の町田康氏の「きれぎれの」銓評を深夜に読んだ時に「文学いまだに死なず」といった観を強め、「せめて今の流行や世の中の空気を知るために読んでおこう」と僅かばかりの元手で本を買いいれだしたのが当該賞に入れ込みだした始まりである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は作品もさることながら、当該作品が選ばれた時代背景や銓衡委員の銓評の辞を読むのが楽しみでならない。今回は１９７１年（昭和４６年）上半期で石川淳氏とともに「小説がわからなくなった」という言葉とともに銓衡委員を辞任した石川達三氏の銓評「目標喪失の文学」と回想録「芥川賞の内外」の一部を紹介したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;目標喪失の文学&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小説が変わって行くという事については、賛成である。変わらなくてはいけないと思う。しかし変わり方に問題がある。現在、たしかに変わって来たと思うが、この変わり方に私は賛成できない。（中略）&lt;br /&gt;　是はどういう事だろうかと隣席の中村光夫に訊いたら、彼は「流行だよ」と言った。大岡君も大体その説のようであった。流行だとすれば、嫌な流行である。舟橋君はノイローゼ小説という言葉を使った。小説がノイローゼによって書かれる傾向、そういう作品が読者から歓迎されるらしい傾向を見聞するにつけて、もはや私が芥川賞の選に当たるべき時期は過ぎたと思った。（後略）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;芥川賞の内外&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　（前略）この事は逆に、小説というものが色彩にも音響にも立体性にも一切拘束されることなしに、活字を間にして、作者と読者が一対一になれる･･････ということである。映画やテレビはすべてを見なくてはならず、ラジオはすべてを音にしてしまわなくてはならない。文学はそのような拘束を受けていない。作者はその事を最大の強味とし、その事の特色を発揮すべきではないかと私は思う。&lt;br /&gt;　私の一つの理想を言えば、映画や演劇やテレビなどに原作を提供する。そういう（原作的）な小説ではなく、映画でも劇でもテレビでも表現できない、読者が机の前で独りきりで味わい楽しむよりほかないという、そういう意味での純粋な小説が多く書かれることを望んでいる。そういう小説だけが今後は小説としての命脈を残して行けるものであって、それ以外のものはみんな（原作）にされてしまうのではないかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（参考文献：『芥川賞の研究』（日本ジャーナリスト専門学校部：みき書房）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6124729386629101212?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6124729386629101212/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6124729386629101212' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6124729386629101212'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6124729386629101212'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/09/blog-post.html' title='『回想の芥川・直木賞』（永井龍男著：文藝春秋社）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-8628454338624445770</id><published>2010-08-17T17:35:00.006+09:00</published><updated>2010-10-25T22:26:47.198+09:00</updated><title type='text'>『働くことと生きること』（水上勉著：東京書籍）</title><content type='html'>　皆さんは、少年青年期に、どうも社会になじめそうにないのでいっそ出家してお坊さんになろう、あるいは社会で悩みに悩み、その悩みを肉親や弁護士さんでなく、お坊さんに悩みを打ち明けたいと思ったことはないでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私も三十近くに悩みに悩んで、人生の先輩のところにぶらりと足を運び話をしたところ「会社を人生の修業の場と考えてやればいいじゃないか」といさめられたことがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;   最近の文学者のなかでは、新進作家の京極夏彦氏が仏教に興味を持ちお寺の跡取りに嘱望されたいた、あるいは玄侑宗久氏がお寺の跡取りは嫌だと新興宗教をわたりあるいた等、文学者と日本文化の根底に横たわる仏教のかかわりは切っても切り離せないものがあると思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　本書の紹介に戻りますと水上勉氏というと初めに記憶違いがあり、『金閣炎上』という作品を書かれたということで、新聞の文藝欄に書かれた三島由紀夫氏の『金閣寺』の主人公である寺僧が服役後自らの心境を綴った手記と思い違いをしたせいか、「寺で働きながら苦学して大学を出た人」というイメージからか、何か暗く見てはいけない世界をのぞき込むようで、後輩にもすすめられたことがありましたが避けていた作家の一人です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　本作品は水上氏の自伝的随筆で、葬儀用のお棺を造ることを家業とする実家の話から始まり、「むぎわら膏薬」というわずかな分量のもぐさを叩いて粉にして京都のあらゆる薬局に売り歩く行商の話に続きます。水上氏はその後、立命館大学を出て京都職業安定所に勤め、学校の先生になったりしてどんどん大家になられていくという水上氏にしては珍しく明るい内容です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その中に商人の心得として忘れられない言葉が「当世職業談」にあります。その言葉を読んで、何となく仏教もキリスト教も似ているではなないかと想いました。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-8628454338624445770?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/8628454338624445770/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=8628454338624445770' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8628454338624445770'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8628454338624445770'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/08/blog-post_17.html' title='『働くことと生きること』（水上勉著：東京書籍）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-3209458679792066331</id><published>2010-08-03T08:48:00.008+09:00</published><updated>2010-10-25T22:39:27.745+09:00</updated><title type='text'>『自然学の展開』（今西錦司著：講談社学術文庫）</title><content type='html'>　エッセイストのムツゴロウ先生こと畑正憲氏が、１９７８年に日本の自然開発の在り方に対する不満を「純情日暮れ」という随筆で述べています。また、今西錦司氏の『自然学の展開』は私が唯一専攻以外で深い感銘を受けた本で非常に懐かしく思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;====================================================================&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　車は右に折れた。折れると同時に草原の名残が消え失せ、白樺の老樹が並ぶ登りであった。すでに羅臼の山麓。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なめらかなエンジンの音に、ときどき、タイヤが砂を噛む音が混じる。行き交う車は一切ない。宇登呂から羅臼をめざすこの道は、ちょうど半ばの尾根に達したばかりで、一般の通行を許していないからだ。（中略）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし私は突然、&lt;br /&gt;「行こう。あそこへ行こう」&lt;br /&gt;叫ぶように言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あそこーとは羅臼岳を目指す新道。ブルドーザが頻繁に通っていた頃、何度か行ってみた道。Ｍよ。&lt;br /&gt;私は言いたかった。何故、あそこに大きな道がつけられねばならないのかと。たまさか人が歩く、けもの道程度のものがあるので何故いけないかと。（中略）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いま、夕日は大地に平行な光を送りつつあった。もし原野に一本だけ木があれば、その影が東へと無限に伸びる刻だ。&lt;br /&gt;道をはさんだ林の底にはすでに夜がある。青さが澱み始めていて、それが、波頭が崩れる感じで道の上に落ち込んでくる。車の中はぼうっと暗い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だが、左側の白樺の幹はその半分から上の部分が、しゃっきりと白い。いや、白と言ってはいけないのかもしれない。夕日に染まっている。&lt;br /&gt;朱。&lt;br /&gt;けれども朱くはない。朱く染まっているからいっそう、私に白さを感じさせる。そんな大気の澄み方だった。むろん車の窓は開けてあり、そこから知床十一月の寒気がまともに吹き込んでくる。痛いほど、その痛さは、街の空気にはない清潔なものだ。（中略）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「羅臼の新道の、掘削した道の両側に、雑草の根を機械で吹きつけているじゃないか。あれはなんとかならないかな。雑草の種をもちこめば、そこにある草が犯されてゆく」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「林には体温があるというじゃないか。その林のどまん中に道をつくれば、そこから体温が失われてゆく。これをどうすればよいのだろう」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　再び元へは戻るまい。この観光道路の新設が罪悪であることは、誰も否めない。それでいて、反対するには遅すぎる。自然への関心が薄い時代に決定し、観光地として脚光を浴びる夢を託して開かれ始めたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この後、京都大学教授であった今西錦司氏が、宮崎大学の上野昭氏の「照葉樹林文化を考える会」の協力依頼に賛同し、自分なりの照葉樹林に関する考え方を綴ったのが本書である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その冒頭にある「混合樹林考」は、以下の通りである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;====================================================================&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　照葉樹林というのは西日本一円にひろがった植物社会で、クス、タブ、シイ、それに数種類のカシを含んだ濃密な常緑広葉樹林であり、これが西日本の極相林であるということになる。太古の西日本はどこもかしこの鬱蒼とした照葉樹林におおわれていたと考えられる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　極相林に対置されるものとして、二次林という言葉がある。言葉の意味は極相林を伐採したあとに生えてくる林だから、二次林といったのであろう。二次林といえども自然にまかせておいたら、時間がかかってもやがてもとの極相林にもどるというのが、単極相論者の主張だから、そう信じていてもやむえない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ところが事実はそうでないのである。自然の中には、いつまでたってもいわゆる極相林にならない部分が、かなり大幅に存在する。私は十九三二年にいま住んでいる土地に家を建てた。そこは京都市を貫流している加茂川の氾濫原の一角で、私が家を建てる前は空地であり、カジノキ、エノキ、ムクノキなどという野生の樹木が生えていた。私はその後、家の周辺に、クスノキ、シラカシ、アラガシなどを植えた。これらの樹木の中で、カジノキは寿命がきて枯れたけれども半世紀のあいだに亭々たる大木になった。二次林向きのエノキの稚樹なんて理に合わないことかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　今、科学の方でカタスロフ理論というのがありますね。これがまあそういう役を扱うものらしい。なだれのおこるのんが、あれがそうですがなちゅうたら、なだれなら僕も何べんも見ているから「ああそうか」と、それでまあ分かったような気がしたと、返事をしときましたがね。カストロフィ－・セオリーいうものがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　個人的なことをいえば、私は５年前に円山川の氾濫に遭遇した。私のいた社員寮は木造でしたが、安全山という粘土質の塊のおおきな山が東側にそびえ、寮の外には防風林がたくさん立っていたため、偶然助かりました。私は阪神大震災のおりも何もせず、実に気まずい思いをしました。ようやく自分の身に危険がふりかかってきて、その重要性に気付いた次第です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（引用抜粋：『ムツゴロウの純情詩集』（畑正憲著：中公文庫）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-3209458679792066331?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3209458679792066331/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3209458679792066331' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3209458679792066331'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3209458679792066331'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/08/blog-post.html' title='『自然学の展開』（今西錦司著：講談社学術文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-1345722850908932077</id><published>2010-07-17T17:03:00.011+09:00</published><updated>2010-07-29T08:05:58.282+09:00</updated><title type='text'>『山頭火』（石寒太著：文春文庫）</title><content type='html'>或る識者の本に、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 「これはあくまで平均の話であるが、大学卒業年代でいうと昭和４３、４４年頃を境にして、学生の体質に目立った変化があったように思う。理工系の学生でいうと、この時期以降は問題の処理能力が平均的に向上し、知的好奇心は反対に低下した」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; とあり、その要因として「感性」の問題があり、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 「研究室で若い人達をみていると、科学者の最も重要な資質は、自然の不思議さ、美しさ、それをみつけた喜び、そういうものに戦慄する能力なのではないかと思われてくる。この知的感受性とでもいうべきものを多量に持っている人が結局はよい仕事をするからである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;  問題はこの要素だけは教師が学生に与えてやれないという事実である」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その「話してもわからない部分」として次のような俳句を挙げている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　とんぼ釣り今日はどこまで行ったやら&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; この俳句は作者の加賀の千代女の「幼い子供に先立たれた慟哭の句である」がこの句を実感として受け取ることのできる若い母親は今いるだろうか、と疑問を投げかけている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; われわれの世代が、漂泊流転のジプシーのような旅にあこがれるのは、「低エントロピー生活」、秩序や年長者が造り出した生活環境が盤石たる礎（いしずえ）の歯車でしかあり得ない「高エントロピー生活者」が予定調和の世界に対する反感と破壊衝動を抱く。それとともに、昔の人は「ネゲエントロピー生活」にしたいという欲望を抱く。すると昔の人に比べて本質的に自然に対する理解と適応能力が欠如していることに気が付いた、われわれは脱走し結局「低エントロピー生活者」となって帰還する。山頭火は地方の有力な政治家のタニマチの長男として生まれ「家」は生涯の重荷となり、また父譲りの溢れんばかりの情念が災いし破滅に向ってゆく破滅的な性格の遺伝子を自ら律しきれずに出奔したと考えられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; ゆえに、山頭火のように睡眠薬を大量に飲んで昏睡状態に陥ったあと蘇生したり、虚名を売り物にして俳句の宗匠として地方を放浪したり、絶食状態で倒れていて犬から餅をもらうといった僥倖にめぐりあったりする、森羅万象や自然の神秘と合一するよろこびを体験したいのではないか。山頭火の一生は、何かのひょうしに自戒の念にかられ、自戒の言葉を吐き、酒を飲み騒ぎを起こし、再び反省して孤独な旅に出て、人里恋しくなり庵を結び、これではイカンと再び旅に出る。そんな一生だったといいます。私は三十半ばにしてようやくこの俳句を噛みしめるように読めるようになりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（引用抜粋：『柘植の「反秀才論』を読み説く（上巻）』（井口和基著：太陽書房）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1345722850908932077?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1345722850908932077/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1345722850908932077' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1345722850908932077'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1345722850908932077'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/07/blog-post.html' title='『山頭火』（石寒太著：文春文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-5522025320511584937</id><published>2010-05-16T02:27:00.007+09:00</published><updated>2010-06-05T06:37:31.345+09:00</updated><title type='text'>『物語の森へ』（五木寛之著：東京書籍）</title><content type='html'>　トルストイに「幸福な家はみな一様に似通ったものだが、不幸な家はいずれもとりどりに不幸なのである」という言葉があるそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　安岡章太郎氏はこの言葉を受けて「つまり、幸福という“みな一様に似通ったもの”を僕らは共有することは出来ず、家によって個人によって“いずれもとりどり”であるところの不幸によって、僕らは共通の体験―歴史というもの―に、参画することになるわけであるわけだ。ここに個人史による現代史というもののムツかしさがある」と述べています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　作家と読者の関係もこれと似たところがあるのではないでしょうか。私と五木寛之氏との出会いは、１９９６年（平成八年）「文藝春秋」で石原慎太郎氏との「自力と他力か」という対談を読んでから始まります。それまで、私は五木寛之氏というと『青春の門』からくる印象がが強く「軟弱にして意志薄弱な党派」である私が入り込む余地のない作家だと思っていたからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この作品集は五木氏が作家になるまでの紆余曲折がしのばれる短篇が集まっています。学費未納で六十まで「中退」ではなく「除籍」処分となっていた早稲田大学での日々を綴った「黄金時代」。都会での仕事がうまくいかず齢三十三にして早稲田の同級生の妻と（奥さんはその後、東邦医大に編入し医者をしていた）故郷金沢に隠遁した時の「小立野刑務所裏」、金沢の名士の義父の了解を得て自費でお金を工面しようやく渡航できたロシア、東欧旅行の体験を小説化した「さらばモスクワ愚連隊」、「蒼ざめた馬を見よ」等が掲載されています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は五木寛之氏の小説のよさは物語の構成ではなく、言葉や情景から描写から醸し出される「青年期に喪失した筈の幼年期の純粋さが、作品中にふっとあらわれる」ところ、あるいは「人生のどん底で噛みしめる密やかな愛」であると思います。時代々々の空気をよみいち早く作品化してしまう衰えない感性に頭がさがります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-5522025320511584937?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/5522025320511584937/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=5522025320511584937' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5522025320511584937'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5522025320511584937'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/05/blog-post.html' title='『物語の森へ』（五木寛之著：東京書籍）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-3280290519071930426</id><published>2010-04-28T22:45:00.002+09:00</published><updated>2010-05-01T16:45:30.355+09:00</updated><title type='text'>『佃島ふたり書房』（出久根達郎著：講談社文庫）</title><content type='html'>　第１０８回、１９９２年上半期（平成４年）直木賞受賞作。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　直木賞は菊池寛氏によって昭和十年制定され、大正十二年に創刊された雑誌「文藝春秋」に亡くなる昭和九年まで同誌に精力的に執筆された直木三十五氏をしのんで、大衆作家の登竜門として年二回もうけられました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は文学とは、純文学が「その時代の人々の息吹や情操を適切にとらえたもの」ならば、大衆文学は「近代化にともない滅びゆく風情や人情をとらえて写実した」ものにも与えられてしかるものではないかと思っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;出久根氏は既に「文藝春秋」のコラム欄の常連ということで「知ってる人は知ってるよ」という反応がかえってきそうなのでご紹介しなかったのですが、この作品は東京築地の魚市場を描いた森田誠吾氏の「魚河岸ものがたり」や、大阪九条の商店街を描いた宮本輝氏の「夢見通りの人々」を彷彿とさせる「庶民派の下町文学」としてながく私のこころに残りそうなので紹介させていただきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところは東京佃島。豊臣方の侍ながら徳川家康につき従い、その功により埋め立てた島と自由な漁業権を獲得した三百年の歴史をもつ漁師町。佃新橋開橋と市町村合併をひきかえに消えゆく佃島の古本屋を継ぐ決意をした高校をでたばかりの少女澄子。古本屋の仲介業をいとなむ梶田郡司が駿河台の古書会館でのセリ市につれて行きながら四十五年にわたる古本屋人生を回想します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;生年月日が同じ六司とともに「ふたり書房」を営むうちに、書店の小僧たちがだれにも相手にしようともしない鼻梁が溶けた遊女で社会主義の本の編集責任者である女にひかれた郡司。損得ぬきで「大逆事件」であげられる女の心意気にひかれ社会主義の本を買い漁る郡司。やがて郡司は六司に店をまかせ満州に。明治末期から昭和三十六年まで、ふるきよき下町の風情をしのぶことのできる傑作。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;　このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-3280290519071930426?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3280290519071930426/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3280290519071930426' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3280290519071930426'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3280290519071930426'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/04/blog-post.html' title='『佃島ふたり書房』（出久根達郎著：講談社文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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/&gt;　発作ととともに自分の幼少期の鮮やかな記憶がよみがえる。破産とともに「バイバイー！」と私たち兄弟を捨てた母。生家の前の道路を自分の世界と思っていた犬のボビー。学童疎開で行つた山梨での梅干を食べて蕁麻疹ができた記憶。紙で力士をつくり独りで相撲の星取表をとつて興じていた頃。全額貯金して飾職人仲間でケチと呼ばれていたとき。弟との国鉄政治デモ。「僕のはじめての家族―！」園子との結婚生活。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　神経細胞の襞（ひだ）の生物的なうねりが、社会から遠ざけられてなにもできない男のことばにできない悲哀と哀愁の情感が、あたらしい生活を始める准健常者とりとめのない対話として圭子や弟の正吾に向かって投げかけられています。「病院の方が、休めるね。それだけさ」「休める方がいいんだろう。兄貴の場合」これらの対話は、時代のエア・ポケツトに入つて昏迷するわれわれに、安らぎやわずらわしい肉親の温かさを再確認させてくれるのではないでしようか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;　このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6552269880579823803?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6552269880579823803/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6552269880579823803' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6552269880579823803'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6552269880579823803'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/03/blog-post.html' title='『狂人日記』（色川武大著：講談社文芸文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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/&gt;　登場人物は個人で児童画塾を開く主人公、小学校の教師で画家の山口、絵具会社社長の大田、後妻の大田夫人、先妻の子太郎である。話は画を描かせることによって、子供の抑圧されたこころの開放と画の背後にある子供の個性を導きだそうとする塾を経営する主人公のもとに、実母が死んだ後こころを開こうとしない太郎が預けられることから始まります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　主人公は個人的にデンマークのコペンハーゲンにあるアンデルセン振興会の事務局と手紙のやりとりを通じて信任を得、アンデルセン童話という共通のテーマで子供に空想画を描かせて交換し、風土や慣習の相違がもたらす認識の違いを比較検討する約束をとりつけます。しかしながら、この話の進捗具合を知っていたかのように大田が経営する絵具会社の横槍が入り、この個人的な慈善活動だった筈のアンデルセン振興会との画の交換の約束は、全国的な美術家や教育評論家を巻き込んだ公募の児童画コンクールとなってしまいます。太郎もじょじょに絵画塾の仲間と遊んだり絵を描きだすようになって他人にこころを開きだします。そして「裸の王様」の物語から太郎が想起した画を鑑た主人公は、主人公密かに怖れていたある事態が進行していることを太郎までも知っていることに気が付きます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; コンクールの会場には主人公が嫌悪していた、教師が気に入るように描かれた、出来合いの絵本をそのまま描いた画が山積みされてしまいます。現代の物質主義の前に敗れ去った主人公は、コンクールを発案した見返りに、如才なく実社会と理想のあいだを立ちまわって生きていた友人の山口の実社会への入口までも遮断してしまいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（参照：『日本型うつ病社会』（加藤諦三著：ＰＨＰ文庫）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-7663951010451719449?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/7663951010451719449/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=7663951010451719449' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7663951010451719449'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7663951010451719449'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/02/blog-post.html' title='『裸の王様』（開高健著：文藝春秋社）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-4603262978570744865</id><published>2010-01-09T20:00:00.001+09:00</published><updated>2010-06-02T15:38:43.843+09:00</updated><title type='text'>『風媒花』（武田泰淳著：新潮文庫）</title><content type='html'>　或る識者の随筆に「現代の勇気」と題されたものがあり、ある兵士が憶病であったがため一言も上官の命に反抗せず、好まない仕事も憶病のためとうてい否とはいえず引き受けてしまい、その職責を全うして勇敢なる兵士として死んでいった。彼の勇気は憶病の別名であった、というくだりがありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さらにこの識者は、「戦後の日本を支配した価値体系は、平和、寛容、協調、社会性であり、勇気は、ほとんど徳の中の主要な徳にはいることができなくなってしまいました。」と述べています。たしかに、私が会社に入ってから身に付けたのは「社内での議論はイケナイ」、「議論を白熱させて喧嘩をおこすような人材は論外である」、「上司の命令に少しでも批判めいた言葉をはさむと、そんなことは言わないでくれといわれる」等、理性とはいいませんが自分なりの価値観をさしはさむと、社内で生きにくくなる、という体験にもとづく処世術でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この武田泰淳氏の『風媒花』は、戦後日本　－　戦後処理が未決の占領下、日本の国体さだまらぬなか、社会主義のソヴィエト連邦、共産主義の中華人民共和国、自由民主主義のアメリカ、戦前の国体を維持しようとする少数の日本人が、４つの異なるイデオロギーの脅威のもと、どの理念が覇権をにぎり、戦後日本の国是となるかという不安定な政情のなか、生死をかけてうごめく群像の姿を当時の風俗を交えながら描いた作品です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　日中戦争に従軍し日本に帰国した峯三郎。官憲の眼をくぐり「中国研究会」に所属し大衆小説を書き妻の蜜枝を養う。そこに妻の弟でロシアの覇権を信じる守、峯の元情婦桃江、富豪で中国人の母を持つ蜜枝の元夫三田村が、この研究会を自らのイデオローグのおき場所として生活しています。中心は帝大に籍をおいていた支那研究の老大家鎌原智雄、父の名声に押されて政治活動にかりだされようとする文雄。陸軍刑務所で兵士生活の大半を過ごしアジテーションが得意な評論家軍地。新聞社の西と高校教師の原、大学講師の梅村、失業者の中井、会社員の黒田などが雑居します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　話は老大家鎌原智雄の死とその長男文雄の墜落死から急展開します。老大家鎌原や峯の知らないうちに会員の誰かが秘密裏にどんどん膨らませていった新中国反対に対する攻撃的な「中国研究会」の示威活動。その一環とも思えるＰＤ工場における青酸カリ混入未遂事件。軍地が画策する台湾上陸作戦。日本の中ロアの占領下にあった日本において生きる峯とその妻たちは一市民として如何に行動しこの事態をくぐりぬけてゆくか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それぞれの人々がさまざまな予兆に基づいて独善的でとんでもない行動をするのだけれども、最後にはその脈絡のないめいめいの行動が、ある一人の人物の良心によって収束して未然に事件が処理される。おおきな騒動と紙一重のところで生きている会員相互のこころがどこかでつながっていた、というような感動を最後に呼び起こしてくれるような作品です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-4603262978570744865?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/4603262978570744865/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=4603262978570744865' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4603262978570744865'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4603262978570744865'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2010/01/blog-post.html' title='『風媒花』（武田泰淳著：新潮文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6302175557549381519</id><published>2009-11-24T17:53:00.006+09:00</published><updated>2010-01-04T17:22:16.904+09:00</updated><title type='text'>『「新しい人」の方へ』（大江健三郎著：朝日新聞社）</title><content type='html'>　とかく文学少年というと厄介な存在である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私のイメージのなかでの文学少年は、普段は憶病でおとなしくしており、眼の前で起こっていることに対して関心をしめしているのかいないのか判じかねるところがあります。しかしながら、文章を書かかせてしまうときちんとした論理で克明とはいえないまでも事態を一つの話題として形成する能力をもっており、その上地域のなかで処理したい禁忌めいたはなしも自己の哲学であきらかにしてしまう。いわば油断ならない厄介ものとみられがちである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そんな“厄介な変わり者”だった大江氏が作家になり、家族関係からも解放された後に回顧する随筆めいた小説十五篇。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「電池ぐれで」は、戦後占領軍に占拠された寒村の村の小学校で起こった「理科室ボヤ騒ぎ」というエッセイをめぐる“となり村にすむ年上の理科系の少年”からの抗議の手紙からはじまる半世紀ぶりの対話、当時の記憶の修正、その時代の回顧。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「意地悪のエネルギー」は、いわゆる年上の女性徒による“いじめ”。中学生だった筆者の雑誌に掲載された「詩」をめぐる、二歳離れた姉の友人たちからうけた青少時に特有なカラカイ。ああいった意地悪さって所謂「怨望」じゃないのかなあ、という筆者の回想。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「知識人になる夢」は、高校時代にフランス文学者の渡辺一夫先生の本を読んで“知識人”になる覚悟をした筆者にあびせられる家族からの“一般的な知識人になる”ことを想定しての反対の声、その時自分なりに思い描いた“知識人”の像、そして今現在「読書人」として生きている自分が“経験を文章で共有できている”という歓び。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この作品は、誰もが青年期にもちそうな感情を、大江氏固有の感傷や時代背景をただよわせながら非時系列的に、さまざまな利害関係者を傷つけないように綴っておられます。このうねりにうねった文章を読者がたどってゆくと後は、煙のような心地よさだけが残ります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6302175557549381519?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6302175557549381519/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6302175557549381519' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6302175557549381519'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6302175557549381519'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/11/blog-post_24.html' title='『「新しい人」の方へ』（大江健三郎著：朝日新聞社）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6676295355857494961</id><published>2009-09-19T20:30:00.008+09:00</published><updated>2009-09-20T07:52:56.440+09:00</updated><title type='text'>「雁と胡椒」（埴谷雄高著：未来社）</title><content type='html'>　戦後の焼け跡のなかから、本多秋五氏、荒正人氏、平野謙氏らとともに「近代文学」を創設した埴谷雄高氏の透明感あふれる随筆集。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　武田泰淳氏の作品に対する論評が素晴らしいのですが、戦時中に陸軍参謀本部跡にある情報局検閲官としていかがわしい学生同人誌に対しても紳士的かつ人道的な姿勢を保つつづけたというエピソード（安岡章太郎氏談）のある平野謙氏にまつわる随筆を引用してみました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;敏感な直覚者&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; この一年半ばかりのあいだに、武田泰淳、竹内好、そして、平野謙と最も親しい友達をつづけて永劫の国へ送り出すことになって、遠からずひきつづいて夜明けもないそこを訪れることになる私達は、その何処かに永劫に話しあえる場所でもあらかじめつくっておいてもらうより仕方がないのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　嘗て、『「近代文学」創刊まで』という文章で、私はこう書いたことがある。&lt;br /&gt;「『近代文学』の発足後半年ほどたったとき、皆で熱海へ旅行したことがあるが、そのとき、宮本百合子に触れた平野謙の文章がきっかけになって、各人の性格を時代別に規定したことがある。各人の特徴はお互い解っているので、論議もなく忽ち決定したのが、次のようであった。古代人―本多秋五、中世人―平野謙、現代人―荒正人、未来人―埴谷雄高。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; これなお注釈すると、古代人には動かざること山のごとき男性的要素が含まれていて、しかもその男性的態度は古武士的、家父長的である。中世人はこれに対照的で、女々しく、優柔不断で、絶えず動揺しながら末世からの離脱を希求している。現代人は極めて合理的でスピードを愛し、未来人はそのビックリ箱から何が現出してくるかとうてい解らぬといった具合である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;  それはよくこれほど異えられたといえるような組合せで、しかも、それが、全体としてうまく作用していた。つまり、私達の車輪の輪廻は、本多秋五の決して磨滅することもなく狂いもせぬ堅実無比の軸と、荒正人のあれよあれよとはたものが吹き倒れるような突風と爆音をともなったジェット・エンジン的推進力と、平野謙の絶えず往きつ戻りするペシミスティクなブレーキとの組合せによって、ちょうど適当と思われる経済速度と均衡と方向をもち得たのであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;  この最後の平野謙のペシミスティクなブレーキが運営に役立つというのは、一見、奇妙なことに思われる。女性のようにこまかなことに気がつき、予見し、悶え、そして力及ばすと観念し･････そして、そして、ついに消極的な物自体として化して何もしなくなってしまう平野謙が、全体としてみて、前進に役立っているということは、たしかに奇怪なことのように思われる。だが、絶えず足踏みしてブレーキをかけ、面倒なことを彼ひとりで起こしているように見えるすべてが、想いかえしてみると、誰も感じないときに、いち早く鳴りはじめるベルの信号の敏感さをもっているのであって、殊に『近代文学』の初期には彼の動揺性そのものが却ってある種の清潔な時代への先行性をもたらしめたのである･･････。」（中略）その「ものぐさ」同人の彼がつねにいち早く困難な事態を、いわばトロイのカッサンドラのごとく、予見したのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;回想の平野謙&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;  埴谷雄高です。（中略）平野君は、明治・大正・昭和と自分の生身で実感できる時代の文学だけを扱いました。分際をわきまえる、とか、柄にもないことはしない、と彼はつねにいいました。自分にわからない世界には決して深くは入らない、それが平野謙の一貫した姿勢でありました。もちろん明治以降は、ヨーロッパ文化の輸入の時代でありますから、吾国のなかには、西欧的な多くのものがいわばひしめきあって入っております。けれども、平野君は、西欧的な観念も、イデオロギーも、そのままでは決して受けいれも信じもしなかったのでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　日本人の心と身体のなかに入ってきたところのヒューマニズムとかマルクシズムにせよ、日本で取った形、取らざるを得なかった形、日本人の心と身体のなかにおける独特の受け取り方、そういう屈折と陰翳なしには、平野君はそれらに触れ、それらを表現するということは、はじめからおわりまでしませんでした。そうした平野君の精神の姿勢からすると、後年問題になりました、外国文学を勉強している若い助教授達の直輸入的文学理論が、気にいらぬことろの表現、「若い批評家ばら」という言葉が出てくることにも必然さがあります。できあいの観念で人間を裁けない、これが平野君の終生の信念でありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　中世、古代の文学にも関わりをもたない、これも一貫しておりました。自分がこの生身の実感としてわかることだけをひたすら追求しつづけたのでした。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（引用抜粋：「雁と胡椒」　埴谷雄高著著：未来社）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6676295355857494961?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6676295355857494961/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6676295355857494961' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6676295355857494961'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6676295355857494961'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/09/blog-post_19.html' title='「雁と胡椒」（埴谷雄高著：未来社）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-9222419037127858385</id><published>2009-08-03T19:46:00.000+09:00</published><updated>2009-08-03T19:47:21.060+09:00</updated><title type='text'>「明治草創啓蒙と反乱」（植手通有著：社会評論社）　啓蒙の精神　第一部　明六社の人々　</title><content type='html'>■ 福沢諭吉&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　試しにその実証を挙げて云わん。方今、世の洋学者流は、おおむね皆官途に就き、私に事をなす者はわずかに指を屈するに足らず。けだしその官にあるは、だた利を貪るのためにあらず、生来の教育に先入して、ひたすら政府に眼を着し、政府にあらざれば決して事をなすべからざるものと思い、これに依頼して、宿昔青雲の志を遂げんと欲するのみ。あるいは世に名望ある大家先生といえども、この範囲を脱するを得ず。その職業、あるいは賤しむべきに似たるも、その意は深く咎むるに足らず。けだし意の悪しきにあらず、ただ世間の気風に酔いて、みずから知らざるなり。名望を得たる士君子にしてかくのごとし。天下の人、豈にその風に佼わざるを得んや。青年の書生、わずかに数巻の書を読めば、すなわち官途に志し、有志の町人、わずかに数百の元金あれば、すなわち官の名を仮りて商売を行わんと、学校も官許なり、牧牛も官許、養蚕も官許、およそ民間の事業、十に七、八は官の関せざるものなし。ここをもって、世の人心ますますその風に靡き、官を慕い官を頼み、官を恐れ官に諂い、毫も独立の丹心を発露する者なくして、その醜体、見るに忍びざることなり。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;丹心：まごころ、赤心&lt;br /&gt;忌諱：忌み嫌うこと&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■　中村正直&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　余この書を訳すや、客の過ぎりて問う者あり。いわく、子なんぞ兵書を訳さざるやと。余いわく、子、兵強ければ、すなわち国頼以て治安なりと謂うか。かつ西国の強さは兵に由ると謂うか。これ大いに然らず。それ西国の強さは、人民の篤く天道を信ずるに由る。人民に自主の権あるに由る。政寛やかに法公けなるに由る。ナポレオン、戦を論じていわく、徳行の力は、身体の力に十倍すと。スマイルズいわく、国の強弱は、人民の品行に関かると。またいわく、真実良善は品行の本なりと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　独り怪しむ、教法に至りてはすなわち頑然としてなお二百年前の陳腐の国禁を株守し、目するに邪教をもってし、冥然として覚らず、牢として破るべからざるものは、そも何のゆえぞや。陛下すなわちまさに曰わんとす。ただそれ邪なり、故に禁ぜざるをえずと。しからばすなわち陛下何に由ってそのはたして邪なるを知るや。およそ物試みざればこれを知ることあたわず。貴国かつて西国を目して夷狄ならざるを知り、しこうして膺懲の論息む。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;膺懲：外敵を討伐する&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■　加藤弘之&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　仏国のモンテスキウと云える大学者の語に、「自由はドイツの森林中より芽生えせり（ビーデルマンの説に、「自由は実にドイツの森林中より芽生えしかども、その始めて実を結びしは実に英国なりと云えり」）と云いしがごとく、自由の権はまったくドイツの未だ開化に向かわざりし世に起りしものなり。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　自由権の種類許多なりといえども、前段挙ぐるところの諸権のごときはもと天賦にして、この権なければ絶えて安寧幸福を求むるあたわざるものなれば、この権はあえて他より奪うものにあらず。もし他よりこれを奪うときは、すなわちその安寧幸福をも併せてこれを奪うものと云うべし。これゆえに人民あれば必ずこの自由権あるはもとより当然のことなり。しかるに開化未全の国においては君主政府ややもすれば暴権をもって天賦の自由権すらなおこれを奪い、もって君主政府の臣僕・奴隷となす。人民の不幸まことに歎ずべきなり。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■　津田真道、福沢諭吉、森有礼、加藤弘之&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　道の未だ明らかならざるや、強は弱を圧し智は愚を欺き、そのはなはだしきはこれをもって業としこれをもって快としかつ楽を楽しむ者あるに至る。これすなわち蛮俗の常にしてことにその見るに忍びざるものは夫たる者のその妻を虐使するの状なり。&lt;br /&gt;　我が邦俗いやしくも夫婦の交義その間に行わるあるにあらずして、その実その夫たる者はほとんど奴隷もちの主人にて、その妻たる者はあたかも売身の奴隷に異ならず。夫の令するところはあえてその理非を問うことをえず、だた命これ従うもって妻の職分とす。&lt;br /&gt;ゆえに旦暮奔走従事心両らがら夫の使役に供しほとんど生霊なき者のごとくす。しかるに夫の意に充たざるがごとき、すなわち叱咤欧撃、漫罵蹴蹈、その所為実に言うに忍びざるもの間々多し。女子は忍耐を性とするにより、悖逆かくのごときも未だもって深く怨を懐くに至らず。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　噫女子の職分それかくのごとく難しくしてその責任またそれかくのごとし重し。しかるに世俗女子をもって男子の遊具となし、酒に色に国紘に歌に放逸不省もって快楽を得ることなし、もしこれを共にせざれば相歯せざるの情勢あり。外国人の我が国を目して地球上の一大淫乱国となすも虚謗にあらざるなり。（中略）三.双方の年齢婚姻に適したること、ただし男二十五歳未満、女二十歳未満なる時はその父母もしくは後見人の許状あるべし。（「妻妾論」森有礼）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　およそ弱き者を扶助する、豈に独り男子の婦人におけるのみならんや。政府の人民における父母の子女におけるまた弱きをもって扶助するなり。（政府の人民におけると父母の子女におけるとはその理もとより異なりといえども、しかるに人民各々みずから保護するの理と大異あることなし。）もし弱き者を扶助するにはやむをえず尊敬に類することもなさざるべからずとせば、政府は人民に上位を与えてみずから賤位を取り、父母は子女を上座につかしめて着かしめて己れ次座を占めざるべからず。しかるに西洋といえども決してこれらのことあらずして、（人民は主にして政府は人民のために存在する者なれば、本来の理においては人民上にありて政府下にあるべきがごとくなれども、政府は人民を保護するの大権を掌握せざるべからざるをもって必ず上位を占むるを要するなり。ゆえに共和政治の国といえども政府は必ず人民の上に位するなり。）（「夫婦同権の流幣論」加藤弘之）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;旦暮：朝夕&lt;br /&gt;叱咤欧撃：叱咤はしかりつけること、欧撃は殴る、打つ&lt;br /&gt;漫罵蹴蹈：馬鹿にして罵る、蹴蹈は踏みつける&lt;br /&gt;悖逆：道理や法度にたがいもとること&lt;br /&gt;虚謗：あやまった非難&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（要約抜粋：「明治草創啓蒙と反乱」（植手通有著：社会評論社）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-9222419037127858385?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/9222419037127858385/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=9222419037127858385' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/9222419037127858385'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/9222419037127858385'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/08/blog-post.html' title='「明治草創啓蒙と反乱」（植手通有著：社会評論社）　啓蒙の精神　第一部　明六社の人々　'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-8048828277394363606</id><published>2009-06-12T09:24:00.001+09:00</published><updated>2009-06-12T13:15:14.037+09:00</updated><title type='text'>ノスタルジー大学生活（図書館篇）</title><content type='html'>　一九九ニ年（平成四年）、大学の図書館に入って驚いたのはその蔵書が未整備なことと、所謂（いわゆる）「第三の新人」の遠藤周作氏の評論集までもが既に発刊されていたことである。漠然と、この世代は亜流として評論家から無視されているものとひとり決め込んでいたので私にとっては驚きだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　恩師が「大学というところは、専攻は関係がない。自分の好きな事をやりなさい」と助言してくれ、かつ大学の講師が商学部を卒業してから文学部英文学科に再び学士入学したという奇妙な符合に喜んでいた時であったので、出鼻を挫かれたような不快な気分になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　当時の私の気分は加藤周一氏の随筆集等は、所詮（しょせん）私達の手の届かぬもの、せめてブルジョアと大衆の狭間にある作家の全集を読み込んで、何らかの評論が書けたら、という思いがあったので無念だった。当時の流行作家の村上春樹氏の作品は私の感覚では中間小説、現代新感覚派ともいうべきもので、こんなものを評価するのは亜流のなかの亜流、それこそ文学部の笑いの種になる題材であるので、私は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド（上）』以降、一切読まなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そこで海外の小説をということになったが、いきなり「２０世紀の世界文学」（新潮社）という本が出回り、第二外国語で真剣に文法を覚え単位を取ろうとする。しかしががら、二年間文法の勉強をしたがモノにならない。教養科目は至極つまらないので、専門分野に的をしぼり専門学校に通う。四回生時、「社会関連会計」という「原価計算論」履修済で既存の固定概念で固まった頭では、本当に学問になるにならぬかわからない分野を生涯かけて追及しようか、とも思いましたが、諸先輩方あまりにも鋭い方が多いので馬鹿馬鹿しくなり諦めて社会に出ました。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-8048828277394363606?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/8048828277394363606/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=8048828277394363606' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8048828277394363606'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8048828277394363606'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/06/blog-post.html' title='ノスタルジー大学生活（図書館篇）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-7619238212069370254</id><published>2009-05-28T23:10:00.002+09:00</published><updated>2009-05-30T05:15:43.466+09:00</updated><title type='text'>鬱病ニツポン　　　―　引きこもり１２０万人の闇　―（続）</title><content type='html'>一九九七年にガス会社を辞めたハルオは、その後三年間自分の部屋にこもり続けた。「雨戸を閉めて音楽を聴いていた」と、彼は言う。「昼か夜かもわからなかった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一人の男性は、話し好きの二九歳。彼も社会とのかかわりを避けてきた。バスの運転免許を取得したが、バス会社の面接試験を受けに行く勇気がどうしても出ない。「履歴書にある五年間の空白を、どう説明すればいいかわからない」ためだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;東京近郊の精神病院に通院するこの二人は「引きこもり」と呼ばれる日本特有の病に冒されている。まだ明確な定義はないが、一ニ〇万人の若者が苦しんでいるという推定もある。その七割は男性だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１０年以上のケースが８％&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼らは人前に出るのを怖がり、妄想に悩まされる。太陽の光を嫌い、強い不安に襲われる。そして社会との間に壁をつくり、ひたすら部屋に閉じこもる。&lt;br /&gt;「彼らは自分が醜く、臭いと思っている」と語るのは、千葉県船橋市の佐々木病院で引きこもりんの支援プログラムを主宰する斎藤環。「近所の人に見られていると思い込み、カーテンや黒い紙で窓を覆うようになる」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　急増しているとみられる引きこもりは、若者の病的な犯罪と結びつけられがちだ。孤独な若者による殺人事件が九〇年代半ばから相次いでいるため、そういう印象が生まれている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だが、こうした見方は社会不安をあおり、引きこもりの本質を覆い隠すだけだ。この症状は今に始まったわけではなく、専門家の間では七〇年代に認識されていた。以来、引きこもり者はほとんど治療を講じられないまま増えてきた。多くの研究家が考えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;青少年健康センターがニ〇〇一年五月に発表した調査によると、引きこもりを続けているケースが八％近くに及んでいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;専門家の間にさまざまな見方があるにせよ、一致する点がい一つある。それは、事態が確実に悪化しているということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本の若者に最初に異変が見られたのは、七〇年代の学校だった。専門家はこぞって、急増する「登校拒否」に意味づけを与えようとした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その一人が、著名な精神科医の稲村博（故人）。稲村は登校拒否を精神疾患ととらえ「アパシー（無気力）症候群」を提唱した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;支援プログラムで社会復帰&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;稲村の教え子だった斎藤は、今も稲村の研究を参考にしている。斎藤によれば、幼少時に心的外傷を負うと「大人になるのをやめ」、それが引きこもりにつながるという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方、引きこもり者を対象とした雑誌を発行する松田武己は、引きこもりは精神現象ではなく社会現象だと考えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;引きこもりを生む元凶だと松田がみているのは、能率ばかりを重んじる日本のシステムだ。企業は若い社員に順応を求め、学校では目立つ子供（肥満、できる子、動作がのろい子など）がいじめにあう。「日本のさまざまな問題を一つの山に例えれば、引きこもりはその頂上にある」と、松田は言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;斎藤が主宰する外来の支援プログラムでは、コミュニケーション能力の回復をめざすセッションを週二回行っている。家族向けのカウンセリングや、心理療法も実施。これまでの参加者の約３０％が社会復帰を果たしたという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;経験の共有が最初の一歩に&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;プログラム参加者の多くは、不機嫌で無口、暴力を振るうことさえある。最近参加しはじめたニ〇前半の男性は「家中の壁を、こぶしでたたいて穴を開けた」様子を説明して、こう言った。「表を歩くときは、ポケットに手を突っ込むようにしていた。人を殺さないために」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;別の男性は自分のことを「典型的なオタク」と称する。友達はプログラム参加者だけだしガールフレンンドは一生できないと思っている。インターネットに引きこもりをテーマにしたチャットルームが登場し、松田の雑誌にはたくさんの投書が届く。東京に住むニ九歳の男性は最近の投書で、「引きこもるようになって丸一年。絶望から逃れられない」と書いた。「借金の担保に、家が取られてしまうかもしれない。そのときは廃人になるだろう」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;同じ思いの人とコミュニケーションをもつことが大切だと、松田は言う。「経験を共有できる場があり、彼らがお互いに話ができれば、それが最初の一歩になる。でも友人をつくるための薬は、この世には存在しない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;薬に代わるものはただ一つ、彼らが部屋から外へ踏み出すことかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：“Ｎｅｗｓｗｅｅｋ（ニューズ・ウイーク日本版）“（２００１年９月5日号）：ジョージ・ウェアフリッツ、高山秀子、デボラ・ホジソン：ＴＢＳブリタニカから抜粋）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-7619238212069370254?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/7619238212069370254/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=7619238212069370254' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7619238212069370254'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7619238212069370254'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/05/blog-post_28.html' title='鬱病ニツポン　　　―　引きこもり１２０万人の闇　―（続）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-3906005595437172844</id><published>2009-05-25T20:07:00.001+09:00</published><updated>2009-05-25T20:07:55.113+09:00</updated><title type='text'>鬱病ニツポン　　　―　引きこもり１２０万人の闇　―（正）</title><content type='html'>日本経済はこの十二年の間に循環し再び不況や雇用情勢の悪化が叫ばれるようになりました。幸い以前のように、新卒採用にともなう「就職超氷河期」と言われる事態は未だ聞こえてきませんが、一昔言われた所謂「五月病」の時期です。今回は８年前の話ですが、社会的病理として認知されだした「引きこもり」「ニート」に対する社会的認識を高めるために、当該記事を再掲いたします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　東京の夕暮れどき。帝国ホテルのラウンジは、スーツ姿のサラリーマンで一杯だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼はその群れに、違和感なく溶け込んでいた。それもそのはず。三年前までは彼自身も自信にあふれ、誇らかに仕事に打ち込む企業戦士だったのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だが日本経済の衰退は、彼の勤める会社を直撃した。十九九八年の秋ごろから、得体のしれない不安で「精神的に参り」はじめる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最初は眠れなくなった。そのうちに電車が最寄り駅に近づくと、激しい疲労感に襲われるようになった。終点まで乗り過ごし、体調が悪いから休むと会社に電話を入れたことも一度ではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大手企業に勤める五〇代のこの男性は、匿名を条件に本誌に語った。「ロープを買いに行き、車のトランクに入れておいた。首をつりたくなった日のために」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸い、その日はこなかった。勤務先の診療所の医師が、救いの言葉を投げかけてくれたからだ。「鬱病は治る」と。それから一年間、カウンセリングと抗鬱薬の治療を続けた。「ある朝、もうロープはいらないと気づいた。だから近所の池に投げ捨てた」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だが日本では、実際にロープを木にかける人も多い。あるいは傷ついた心をスーツの下に隠したまま勤務電車に身を投げるかだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;八月初めに警視庁が発表した統計によると、昨年の自殺者は全国で三万十九五七人。三年連続で三万人を超えた。交通事故による死者の三倍にあたり、人口一〇万人当たりの自殺率はアメリカの約二倍にのぼる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このうち男性が七一％。九〇年代後半から自殺が急増している背景には、不況の直撃を受けたサラリーマンがいる。昨年残された遺書のうち、三分の一近くが経済的苦境に触れていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お粗末な精神医学の現場&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;他の先進国なら、こうした状況に警鐘が鳴らされてもおかしくない。だが日本では、鬱病は弱さの証明とみなされる。なにしろ、自ら命を絶つことが侍の流儀とされた国だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;訓練を受けた心理療法士も少なく、医師の大半は精神疾患を治癒できないか、したくないかのどちらかだ。患者も「まさか自分が」という思いも強く、初めから助けを求めようとはしない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;鬱病の実態調査さえ行われていない。心理学者の小田晋・筑波大学名誉教授が言うには、日本は「精神衛生問題の危機に直面している」。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とくに危機的状況にあるのが、鬱病に悩むサラリーマンだ。サラリーマンのストレスに詳しい関谷神経科クリニック（東京）の関谷透通院長は言う。「彼らは必死に働くうちに中年になり、リストラやレイオフにあう。すると、ほとんどの人は助けを求めず、侍と同じく自殺を考える」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;助けを求めても、たいていは社内の診療所で初歩的なケアを受けるくらい。その診療所があるのも、ひと握りの大企業だけだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;仕事も社会生活も失って&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;会社に必要とされなくなった人は「恋人に裏切られたかのように落ち込む」と、東京管理職ユニオンの山崎洋道副委員長は言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;リストラされた人の大半は会社中心の生活を送っていたから、ほかの世界を知らない。会社人間の彼らにとって、仕事を失うのは社会生活を奪われるのも同然だ。家族と向き合おうにも、どう接すればいいかわからない。失業者を見る世間の冷たい眼がそれに追い打ちをかける。こうして行き場を失った人々だ。悩み相談を受ける「東京いのちの電話」では、働く男性からの電話が、この一年で二倍に増えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;京都府立医科大学の反町吉秀は法医学者の立場から、鬱病と自殺の関連性を目の当たりにしていた。反町によれば、中年男性の自殺者の多くは失業からまもなく命を絶っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;反町は現在、日本とスウェーデンを比較し、自殺と失業の関係を研究している。高所得・低失業者率を誇っていた両国は、ともに九〇年代後半に景気が後退した。しかし日本は逆に、スウェーデンの自殺率は減少している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜ日本は自殺が多いのか、その理由として反町は、労働倫理が厳格なこと、社会保障制度がスウェーデンより劣っていること、そして鬱病に悩む労働者に対する治療体制が不十分なことを指摘する。「精神の病気は体の病気ほど深刻とみなされていないため、心理学の専門家の地位も高くない」と、同協会の大塚義孝専務理事は言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;医師にこそ偏見がある&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本の平均的な医療施設が行っている精神医学のケアをＡ～Ｆの六段階で評価してほしいと、ある著名な精神科医に尋ねたところ、「Ｅ」という答えが返ってきた。だが、実際はもっとひどいかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ＷＨＯ（世界保健機関）が九〇年半ばに実施した調査によると、日本の医師は精神病の八一％を見落とすか誤診していた。鬱病の症状が見られるのに、軽い精神安定剤を処方するだけのことも多いという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある鬱病患者は、医師からどんな本を読んでいるかと質問されて村上春樹と答えたら、なんの説明もなく、こう言われたという。「そんな本を読んでいるようじゃ治らない」（村上の小説「ノルウェイの森」の主人公の恋人は精神を病んで施設に入っている）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず問題を認識すること&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世界でも高齢化のペースが速い日本では、高齢者の自殺も年々深刻化している。自殺者数が六年連続で全国トップとなった秋田県は、全国四〇％上回っている。自殺者の多くは高齢者で、山がちな豪雪地帯での暮らしに寂しさを感じさせるせいかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自殺を防ぐための第一歩は、国全体が問題を認識することかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫を一昨年自殺で失った妻は、神戸郊外の自宅で仏壇に手を合わせて涙ぐんだ。夫が二九年勤めた会社から、子会社である九州の工場に出向を命じられたのは、一昨年の夏。あわただしい異動だったため、やむなく単身赴任した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;表向きは課長に栄転という形だつたが、二四時間稼働の工場で部下はいなかった。出向から四ヵ月後の十二月半ばに、娘の一九歳の誕生日に、彼は工場で自殺した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;妻によれば、自殺直前の数週間の労働時間は一日一四～一六時間。休日もなく、会社のサポートもなかった。一ニ月一一日、夫は「疲れたから寝る」と言って電話を切った。それが夫婦の最後の会話になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;社長は「ホームシックだよ」と一蹴し、酒を勧めながら「頑張れ」と励ました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは、追い込まれた彼が、何よりも聞きたくない言葉だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：“Ｎｅｗｓｗｅｅｋ（ニューズ・ウイーク日本版）“（２００１年９月5日号）：ジョージ・ウェアフリッツ、高山秀子、デボラ・ホジソン：ＴＢＳブリタニカ）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-3906005595437172844?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3906005595437172844/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3906005595437172844' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3906005595437172844'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3906005595437172844'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/05/blog-post.html' title='鬱病ニツポン　　　―　引きこもり１２０万人の闇　―（正）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-7783446436903943650</id><published>2009-04-17T09:12:00.002+09:00</published><updated>2009-04-17T09:43:04.039+09:00</updated><title type='text'>「時は過ぎる」（唄孝一著：有斐閣）</title><content type='html'>唄先生とその御母堂の闘病記録。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先生は御母堂が入院されるまで医療に関してはまったくの素人であったといいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その先生と医師との対立軸として、&lt;br /&gt;１．まったく根も葉もないものと、無理からぬもの、２．説明さえきけば納得のゆくものと、素人にとつてはどうしても理解できないもの、３．当該ケース特有のものと、どこにでもあこりがちのもの、４．個人の努力で解決できる可能性のあるものと、社会的な解決を必要とするもの、があったとおっしゃつています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、本書にはこうあります。“「かたきうち」を考える前に、事実の究明と、その原因の検討とに捧げねばならないでしょう。”唄先生の御母堂は「丹毒」（連鎖球菌が真皮内に侵入して、化膿性炎症を起こすもので、皮膚の小外傷、虫さされなどが細菌侵入の入り口となります）という奇病に侵され、高熱、顔や手足に境界の明瞭な赤いはれがあらわれ入院されました。八十五歳になられた御母堂はその後合併症を起こし「心臓の衰弱から肺に水腫ができる」という状態に陥る。酸素吸入におよぶも死亡。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後の「御遺体の解剖」を巡るご家族と医師団の見解の相違。兄弟で病院を経営するＭ内科とＮ外科。御母堂とのやりとりを医療の守秘義務として開示を拒むＮ外科に対して御母堂の遺体解剖に立ち会うことを条件に開示を求める唄先生。その熱意に敗け、当時、医師の絶対機密事項であつたプロトコール（医師同士の御母堂の診断の経過に対する情報のやり取り）を一部開示した。その間にこのようなやり取りがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;イ． プロトコールの記載事項は機密事項であり、医師は理由なくして患者から知り得た事実を他人にももらしてはいけないこと。ロ.病理診断と臨床診断の病名が違うからといって、専門外の人が主治医の考え方を云々することは危険であること。ハ．質問に答える義務がないこと。ニ．専門外の人が納得するよう説明することは困難であること。以　上&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これを切つ掛けに「法医学」という新しい分野を切り開いていつた御齢六十歳の唄先生。私は両親が四十の時の子供であり、幼少のころから「死」は“忌まわしいもの”“日常、言及することを避けるべきもの”として、こういった終末医療にまつわる話を生理的に忌避していたのですが、先生の医療界の機密事項に立ち入る事の禁忌（タブー）とその反動をもろともせずズカズカと入っていかれたその姿勢に感じるものがあり、これからも少しずつ「死」について考えてゆこうと思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：「時は過ぎる」（唄孝一著：有斐閣）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-7783446436903943650?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/7783446436903943650/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=7783446436903943650' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7783446436903943650'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7783446436903943650'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/04/blog-post.html' title='「時は過ぎる」（唄孝一著：有斐閣）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-4078453166569665831</id><published>2009-02-02T06:18:00.001+09:00</published><updated>2009-02-02T06:21:53.442+09:00</updated><title type='text'>『古書彷徨』（出久根達郎著：中公文庫）</title><content type='html'>妻と二人で気息奄々、長年五坪ほどの古本屋を営んできた著者が綴る古本にまつわる珠玉的掌編集。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;殿さまの上屋敷の土蔵にいた紙魚（しみ）という銀白色に光る虫に自らの人生を重ね合わす「紙魚たりし」、学者まがいの膨大な蔵書を売り払った後に家もろとも焼死した老人。死ぬまで女房をだまして古本を買いつづけた或る亭主。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「探求書承り候。必ず納品仕り候」との貼り紙に、子供の頃みたシンデレラの絵本を求める良家のお嬢様、数年経つと子供が三人世帯じみてくる。同じ古書店で験を担いで老人がシメで飾ってある全集。少女が歴史物を頼んだとみるや彼女と知り合うために必死に探しだしたるところ相手は少女にあらず警察官。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「志のためなら身代を売らねえ」という気風の良さで長年古本業界にたずさわってきた、直木賞受賞作家、出久根達郎氏の古書にまつわる死の薫りただよう神話的な話。とにかく奇妙で面白く不思議な作品です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：『古書彷徨』（出久根達郎著：中公文庫）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-4078453166569665831?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/4078453166569665831/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=4078453166569665831' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4078453166569665831'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4078453166569665831'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/02/blog-post.html' title='『古書彷徨』（出久根達郎著：中公文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6324877294063904582</id><published>2009-01-01T00:10:00.002+09:00</published><updated>2009-01-01T12:23:19.786+09:00</updated><title type='text'>『菜根譚』（洪自誠著、神子侃・吉田豊訳：徳間書店）</title><content type='html'>（菜根譚の思想より）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間は社会を離れては存在しえない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どれほど現実の人間関係に絶望しても、やはりわれわれは人間のなかで生活しなければならないのだ。&lt;br /&gt;このような状況に追いこまれたとき、人間は観念の世界に逃れて平安を守るか、志を同じくする人々と結んで社会の変革のためにたたかうか、そのいずれかを選ばなくなる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（「無」の効用）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;水流れて境に声なし、喧に処して寂を見るの趣を得ん。山高くして雲碍えず、有を出で無に入るの機を悟らん。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;満々たる水が、音もたてずに流れてゆくのを見れば、さわがしいなかに身を置いても心の静けさを保つ心境を悟ることができよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（心と外界）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;時、喧雑に当たれば、平日記憶するところのものも、みな漫然として忘れ去る。境、清寧にあれば、夙昔遺忘するところのものも、また恍爾として前に現わる。見るべし、静躁やや分るれば、昏迷とみ異なるを。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ざわざわとした騒がしいなかでは、日ごろ記憶していたことさえ、うっかりと忘れてしまう。静かで安楽なときには、とうの昔に忘れていたことまで、まざまざと思い出す。&lt;br /&gt;環境の静けさ、さわがしさは、やはり心に影響して、意識をはっきりとさせたり、くもらせたりするものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（和光同塵）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;出世の道は、すなわち世を渉るなかにあり。必ずしも人を絶ちてもって世を逃れず。了心の功は、すなわち心を尽くすうちにあり。必ずしも欲を絶ちてもって心を灰にせず。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;俗世間を離れる道は、この社会でくらしていくなかにある。人とのつきあいを絶って、社会から逃避しなければならないわけではない。&lt;br /&gt;悟りをひらくための努力は、自分の心の働きを十分に生かすなかにある。しいて欲望を殺し、心を冷えきらせることではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（迷いは欲から）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;われ栄を希わずんば、なんぞ利禄の香餌を憂えん。われ進むを競わずんば、なんぞ仕官の危機を畏れん。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;立身出世の欲がなければ、高禄の誘惑にも迷わない。人を出しぬく気持ちがなければ、左遷やクビの心配もいらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（妙味を知る者）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一字識らずして、而も詩意あるは、詩家の真趣を得。一偈参せずして、而も禅味あるは、禅教の玄機を悟る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;文字は一字も知らなくとも、心に詩情があれば、真に詩の精神を理解することになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：「菜根譚」（洪自誠著、神子侃・吉田豊訳：徳間書店）&lt;br /&gt;&lt;p&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;（免責事項）このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;br /&gt; &lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6324877294063904582?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6324877294063904582/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6324877294063904582' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6324877294063904582'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6324877294063904582'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2009/01/blog-post.html' title='『菜根譚』（洪自誠著、神子侃・吉田豊訳：徳間書店）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3723547004609327031/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3723547004609327031' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3723547004609327031'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3723547004609327031'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/11/2008.html' title='２００８年（平成二十年）年末のご挨拶'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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一方、シュルレアリズムの大岡信は「石猟が終わったあとの夜の宴会の席で、二人がふざけて、即興で披露したざれ歌である」と「宴と孤心」説を唱える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やがて八世紀末に入り、「万葉集」から御霊信仰という鎮魂のため呪法として印度から中国に伝わった空海の密教の時代に。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;密教で両部と呼ばれる大日経と金剛頂教。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大日教が形而上的なのに対して、金剛頂教は「自分が風について説明するのではなくて、自ら風になってしまう」というような認識論。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大仏開眼、中国が仏教を退治している頃に、空海は「十往心論」を記し、大日・金剛の両部を統一する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「院政期の乱倫とサロン文化」は、日本が豊かになり文化的に成熟してくると、貴族社会のなかでも不倫が公認されるようになる。政治（まつりごと）は藤原氏などの摂関家にゆだね、天皇は祭祀の王として君臨する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして祭祀の王である天皇は、「諸国から女を召すことで国々の魂を身につけ、それによって日本を統治する」（折口信夫説）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やがて藤原道長が言ったように「男は妻から」と、妻の家柄で価値が決まると言った母性原理主義の貴族社会が出現する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「異形の王とトリックスター」は、網野善彦氏の著書「異形の王権」によって暴かれた、法服を着て密教の法具を手にして奇妙な帽子を被っている後醍醐天皇の＜権威と権力＞を手中に収めようとする「建武の中興」。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後醍醐天皇は、農村と都市をつなぐ商業を重視し、運送業を家業としていた千早赤坂の土豪楠木正成、海上運送業をおこない海産物を販売していた隠岐の豪族名和長年を重用し、別世界であった叡山、高野山といった「山」の世界と連携をとり、武家の利権を代表する足利尊氏と戦った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やがてこの争いは北朝（＝足利尊氏が擁立する光明天皇）と南朝（＝後醍醐天皇）の争いは一三九七年まで六十年間続きます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：「日本史を読む」（丸谷才一、山崎正和著：中央公論社）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-775343129211545710?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/775343129211545710/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=775343129211545710' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/775343129211545710'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/775343129211545710'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/11/blog-post_12.html' title='「日本史を読む」（丸谷才一、山崎正和著：中央公論社）（後）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-380155976742193077</id><published>2008-11-08T23:18:00.017+09:00</published><updated>2009-06-08T12:16:02.589+09:00</updated><title type='text'>「日本史を読む」（丸谷才一、山崎正和著：中央公論社）（前）</title><content type='html'>つらつらと自分の受けてきた中学、高校の歴史教育について考えてみますと、歴史科目として教えられてきた日本史、世界史の骨の部分については教わりましたが、その豊穣なる歴史の想像力の源となる肉の部分については教わってこなかったような気がします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は1990年に高等教育を受けました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1985年から1990年代の世界情勢は東西冷戦、東欧の動乱に起因するベルリンの壁崩壊および東西冷戦崩壊、中国の天安門事件、湾岸戦争など、世界史の近現代史を語る上で最も重要な事項が生じ、社会科の先生にとっては腕の見せどころだったのでしょうが、教育界の要請があるためか、公立の世界史教育は中盤を長―く長―く語り、三学期には残念ながら時間切れで近現代史の説明はできません、というパターンであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;辛うじて、予備校で世界史の近現代史を教えてもらったものの、余りにも対象が広すぎる故か、小難しい世界史の人物名、戦争名、条約名、年号を大量におぼえただけで、大学から入学許可証をいただいても、とても体系的に世界史を語ることなどできない状態。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この状態を作家塩野七生女史はこう語ります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ちなみに、一年間で世界中の歴史を教えなくてはならないという制約があるのはわかるが、日本で使われている高校生によれば、私がこの巻すべて（「ローマ人の物語」全16巻）を費やして書く内容は、次の五行でしかない」（「ローマ人の物語」「ハンニバル戦記（上）（塩野七生著）より抜粋引用）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「イタリア半島を統一した後、さらに海外進出をくわだてたローマは、地中海の制海権と商権をにぎっていたフェニキア人の植民地カルタゴと死活の闘争を演じた。これをポエニ戦役という。カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権をにぎったローマは、東方では、マケドニアやギリシア諸都市をつぎつぎに征服し、さらにシリア王国を破って小アジアを支配下に収めた。こうして地中海はローマの内海となった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういった意味で私は、自己の人生を通して得た知識を自由自在に駆使する戦中、団塊の世代以前の戦後派との大いなるクレバスとコンプレックスを感じざるを得ません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、この本を読むと、この本を軸に他の文献を読みあされば戦後、全共闘以前の世代の方とも＜文化的な日本史＞を語ることができるのではないか、と思わせてくれるくらいエロティシズム（＝知識への誘惑）にみちあふれた本です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（本の内容の紹介は次回にさせていただきます）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-380155976742193077?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/380155976742193077/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=380155976742193077' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/380155976742193077'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/380155976742193077'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/11/blog-post.html' title='「日本史を読む」（丸谷才一、山崎正和著：中央公論社）（前）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-3829567240142143726</id><published>2008-09-21T08:43:00.006+09:00</published><updated>2009-01-02T04:20:46.712+09:00</updated><title type='text'>「私のマルクス」（佐藤優著：文藝春秋）</title><content type='html'>二〇〇一年に発生した９.１１.同時多発テロ。その翌年の三月、アメリカ主導による対イラク戦争が開始される。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃、国民のテロへの報復戦争に関心が集中する中、その注意を逸らすため、いわば煙幕として国内で勃発した「田中真紀子騒動と鈴木宗男バッシング」。国民のスケープ・ゴートとされた鈴木宗男代議士を孤軍奮闘護る佐藤優。ノンキャリアながら鋭い視点と深遠な知識によって「外務省のラスプーチン」と呼ばれ、外務省の一隅に隠然たる存在感をしめしていた異色官僚。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結局、二〇〇一年五月、背任容疑及び偽計業務妨害容疑で逮捕され東京拘置所に収監されるのが、獄中、その逮捕されるまでの外務省の経緯を告発した「国家の罠」を上梓し一億総国民の鈴木宗男バッシングに一矢報いた投じたラスプーチン。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その官僚としてはやや異例の経歴の人物が語る自己形成史。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一九六〇年、富士銀行の電気技師の父と、沖縄の久米島で生まれその戦争体験から反戦平和の社会党の熱心な支持者であった母の間に生まれた佐藤優氏。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一九七五年、米ソ冷戦のいわゆる東西冷戦の緊張高まる中、東欧諸国及びソ連を一人旅し社会主義ないしは共産主義諸国のイデオロギーに関心を持つ。浦和高校で受験一辺倒の教育になじむことが出来ず、倫理社会の堀江六郎氏との出会いによって、マルクス主義とキリスト教の相克を読み解くために＜無神論研究とマルクス主義＞というテーマを大学で勉強しようとする。それならば、と自由な研究を許可する同志社大学神学部を紹介され京都で勉強することを決意する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;聖書神学、歴史神学、組織神学、実践神学を学びながら、神学部自治会のリーダー的な存在となり学友会自治会と連携しながら、学外の民青同盟や統一教会と血みどろの学生闘争を繰り広げ、さまざまな民族問題、人権問題を肌で感じとる。また学問の世界では、神の秩序によって支配される「神の王国」とエゴイズムによって形成される「この世の王国」を歴史的に検証し＜信仰とは何か＞＜救済とは何か＞ということについての各人の言説を読み比べることに生きる歓びを見出す 。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ポスト全共闘世代と言われる世代の群像を浮かび上がらせながら、最後まで張りつめた筆調が弛緩することがない。私は「どこの大学にはるか」よりも「大学で何を学ぶか」が大切だと教えられてきましたので、佐藤優氏の一途な学生生活には感じ入るものがありました。「「大学生かくあるべし」という事を綴った読み応えのある一冊。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：「私のマルクス」（佐藤優著：文藝春秋））&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-3829567240142143726?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3829567240142143726/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3829567240142143726' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3829567240142143726'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3829567240142143726'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/09/blog-post_21.html' title='「私のマルクス」（佐藤優著：文藝春秋）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-7365563220225215804</id><published>2008-07-19T16:37:00.004+09:00</published><updated>2008-08-28T12:09:17.198+09:00</updated><title type='text'>大坂城夢幻</title><content type='html'>一&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大坂の市は海の香りに満ちている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;山間に生まれ育った左衛門之尉幸村はそう思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;信州の曇よりとした空気をそのまま持ち越したような上田城の城下町の静寂さとは異なる、大坂城下の喧騒を左衛門之尉は海のせいだと考えた。城下の市の姦しい商人の声から逃れるように、馬上の左衛門之尉は中天を仰いで雲を見た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;紅白の梅が咲き乱れる中、澄みわたる空はぬけるように青かった。生暖かい微風が吹くと潮の薫りが一瞬漂うように思えるのは気のせいではあるまい、と左衛門之尉は後ろの家臣をかえりみて思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;紅白の花びらが散乱する天満橋を越えると、大坂城の壮麗な石垣が左衛門之尉の眼を圧倒した。灰色の瓦屋根がつらなる遥か彼方に、五層の黒い屋根瓦の天守閣が雲ひとつない快晴の青い空と一体となり、それでいて自らの存在を誇示するかのように厳然と佇立していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（いやはや、なんと人の多いこと）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;太閤自慢の本丸の千畳敷にとおされた左衛門之尉は、その畳敷の広大なことは言うにおよばす、そこに集う日本全国から集まった雑多な武士の群に戸惑いをおぼえた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこには円座を組み左衛門之尉などが到底理解できぬ方言で語らう集団がいるかと思えば、主（あるじ）が帰るのを待っているのであろう庭のみえる座敷の縁にジッと正座している小姓もいた。一瞥してこの国の者でないとわかる漆黒の衣装を身にまとった異国の者もいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;左衛門之尉はどこに視線を落としてよいかわからず、ただ中庭の砂浜に点々とはえている松の木々といやに巨大な池をみていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（諸国の大名とはこんなにいるものか）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;果たして自分の眼通りの沙汰は本当なのだろうか、とふとした不安が左衛門之尉の頭をよぎった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「真田源ニ郎殿」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分を呼びとめる声で左衛門之尉はわれにかえって視線を上げた。そこには常々自分に好意を寄せたびたび文を交している大谷刑部吉継と、日焼けした赤ら顔に鉢のような頭をもった人物が微笑みを浮べながら立っていた。大谷刑部は左衛門之尉の前に座ると、傍らの人物に、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「こちらは信州の真田弾正殿のご二男、源ニ郎幸村殿」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と紹介すると、こちらに向きなおり、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「こちらは小西摂津守行長殿で御座る」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;左衛門之尉は一瞬、驚ろいた視線をその人物にあてると、この方が朝鮮の役で先鋒をつとめられた五奉行のひとり小西摂津守行長殿か、とあわてて平服しようとした左衛門之尉を摂津守行長は手で制し、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いやいや真田殿、このような場所で堅苦しい挨拶はぬきじゃ。して、この千畳敷の居心地は如何で御座るか」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と、問うた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ははあ。あまりの雄壮さに眼の眩む思いで、先刻より松の生えた砂浜ばかりをみておりました」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;摂津守行長は左衛門之尉は正直さを快く思ったか、大谷刑部と顔を見合せるとあっはっはっはと、愉快そうに笑った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「なるほど。この千畳敷は海千山千の者がうろうろしておるからのう。さながら虎を野放図に飼い放しにしているようなものだ。見てみよ、あの鬱然としたを向いて首を扇子で叩いておるのが長束大輔正家。あの円座の中で大声で語らっている長髯の男がわしの仇敵加藤主計頭清正じゃ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;行長は再び呵々大笑しながらもつぶさに、動く左衛門之尉の表情を観察していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ニ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「真田弾正殿のご二男、源ニ郎幸村。面を上げい」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;室（へや）に秀吉の側近で五奉行のひとりである増田右衛門之尉長盛の凛とした声が響きわたった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;わずかに左衛門之尉が頭を起こすと、畳の遥か遠くに美々しい太刀持ちの小姓をしたがえ、黒い烏帽子に白装束の太閤秀吉の姿がみえた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（おおきい）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;左衛門之尉は思った。巷間つたえ聞く太閤は猿ににた小男であったが、左衛門之尉にはそうは見えなかった。太閤にはいいのしれない巨大なものが取り付いているかのように、その体から周囲を威圧するかのような何かがほとばしっていた。大坂の開放的な雰囲気も、明朗な文化も、かしましい海の市も、全て太閤の肉体から派生して出てきたのではないか、と左衛門之尉は思った。が、残念ながら太閤が発した大声が何事か左衛門之尉には理解できなかった。その雰囲気を察した右衛門之尉長盛が、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「真田源ニ郎幸村殿。朝鮮出兵の際の名護屋城での働き見事であった、と仰せでご座います」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;太閤の声は大きい。ピンと張りつめた一座の空気を太閤の一語一語がゆれ動かした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「真田源ニ郎幸村殿。従五位下左衛門佐ならびに豊臣の姓を名乗ることを許す、との仰せでご座います」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;雉の鳴き声がした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;左衛門之尉はあまりの光栄に呪縛にかかったように、しばらく動くことができなかった。太閤がまた何事か大声で叫んだ。すると一座の空気が和んだ。右衛門之尉長盛がすこし弛緩した声で、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「真田殿。従五位下左衛門佐では不足か、との仰せでご座います」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;空気が和んだのを見計らうと、太閤は艶やかな扇子を開くと立ち上がり、ズカズカと大股で左衛門之尉の方へ近づいていった。後を右衛門之尉長盛が追った。太閤は平服する左衛門之尉の肩をつかむと何事か呂律のまわらない声で話かけてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「こなたの父は稀代の横着者と呼ばれておるが、そなたは兄と一緒にこの太閤のために働いてくれよ、と仰せで御座います」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;太閤の声は鳥のようにすばしっこく雲間を流れて雲海に没した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;三&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（やれやれ、いつの間にやら寝てしもうた）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸村はだらしなく寝入っていた自分に呆れつつ、朝夕の畑仕事と堆肥のせいで日焼けして赤茶け節くれだった手の甲を見て、今さらのようにもう若くない自分の年齢に気付かされるのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;時はもう夕刻にちかいらしく、烏の物悲しい鳴き声が聞こえ、障子も赤く色付くと、現在の九度山での境遇の寂しさを一層際立たせた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（「未」　新入生歓迎　創刊10周年記念号　1997年4月発行一部改訂　同志社文学研究会）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-7365563220225215804?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/7365563220225215804/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=7365563220225215804' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7365563220225215804'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7365563220225215804'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/07/blog-post_19.html' title='大坂城夢幻'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-8265659967607408600</id><published>2008-07-14T14:26:00.003+09:00</published><updated>2008-07-14T18:35:24.533+09:00</updated><title type='text'>The Right Way to Beat Chinese Inflation</title><content type='html'>The Right Way to Beat Chinese Inflation&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中国の物価高を叩く正しい方法&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;JULY 02, 2008 — High inflation is threatening social stability in China, soaring from 3.3% in March 2007 to 8.3% in March 2008. As a result, the People’s Bank of China has raised interest rates substantially and increased banks’ reserve requirements. The trick for the Chinese government will be to quell inflation in a way that does not compromise its long-term goal of continued strong economic growth. The risks are high.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;高率の物価高が中国社会の安定性を脅かしている。2007年3月には3.3％であった上昇率が2008年3月に8.3％までになっている。その結果、中国人民銀行は利子率を大幅に上昇させ、銀行準備金を積み増した。中国政府の物価高を制圧する策略は、かの国の長期的で力強い経済成長目標とあい入れることはない。危険度は高い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;China’s accelerating inflation reflects a similar climb in its GDP growth rate, from the already high 11% in 2006 to 11.5 % in 2007. The proximate cause of price growth since mid-2007 is the appearance of production bottlenecks as domestic demand exceeds supply in an increasing number of sectors, such as power generation, transportation, and intermediate-goods industries. Sustained robust growth and rising aggregate demand have also caused production bottlenecks outside of China, most notably in the agricultural commodity and mining sectors, which have helped lift oil prices to more than $100 per barrel. Adding to these woes are two other inflationary factors: first, Porcine Reproductive and Respiratory Syndrome (PRRS, or “blue-ear disease”) has been killing pigs – China’s main meat source – nationwide, and, second, terrible storms in January reduced the supply of grain and vegetables.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中国の加速度的な物価高は国内総生産の上昇率を表したものであり、2006年には既に11％の高さであったものが2007年には11.5％になっている。2007年半期からの価格上昇のおおよその原因は、電力、輸送、中間商品産業などの、いくつかの部門において国内における需要が供給を上回ったことに起因する。活発な成長の維持や総需要の上昇は、また中国国外の生産障害の要因ともなった。特に農業生産や炭鉱部門が原因となり、1バレル100ドルを超える石油価格の上昇となってあらわれた。これらの悩みの種に加えて他に二つのインフレーションになる要因がある。一つは「豚の多産および無呼吸症候群」（ＰＲＲＳ、青耳疾患）という疫病が中国全土に蔓延し、中国の主要な食肉の供給源であった豚を死亡させてきたこと。二つは1月の台風が穀物や野菜の供給量を減らしたことが起因する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;In these circumstances, continuing to raise borrowing costs would be a mistake. To be sure, the prolonged rapid increase in Chinese aggregate demand has been fueled by an investment boom, as well as a growing trade surplus. Thus, lowering inflation would require reducing the growth rate (if not the level) of these two demand components. But Chinese policymakers should focus more on reducing the trade surplus and less on reducing investment spending – that is, they should emphasize renminbi (RMB) appreciation over higher interest rates to cool the economy.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このような状況下において、借入コストを上昇させ続けることは誤りである。確かなのは、増え続ける貿易余剰と同じ程度に、長く急速な中国全土の総需要を維持するため投資を増やし刺激し続けることである。これら二つの需要構成要因の成長率を減速させるによって、物価高を低くすることができる。しかし、中国の政策決定者は貿易余剰を減らすことに重点を置き、さらに投資支出を減らそうとしている。そのことは、人民元の騰貴させることによる利子率の上昇によって経済を冷却させることを目的としている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;A sizeable reduction in aggregate demand through RMB appreciation is achievable without being imprudent, because the current-account surplus in 2007 was 9.5 % of GDP. Investment (especially in infrastructure in backward areas and social investments) should not bear the brunt of the expenditure squeeze, because today’s investment is also tomorrow’s growth in production capacity; and the production of more goods tomorrow would reduce inflation.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、2007年には経常黒字が国内総生産の9.5％を占めているので、人民元の騰貴を通ことによるかなりの総需要減少が達しうるということは、かならずしも慎重を欠いた行為ではない。投資（特に整備の遅れた地域の社会資本および社会投資）は国家の支出のなかでも引き締められている。何故なら今日の投資はまた明日の生産能力を増やし、製品の生産は明日の物価高を減少させるからである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Using RMB appreciation as the primary tool to fight inflation implies accepting a temporarily higher unemployment rate now in exchange for a permanently lower unemployment rate in the future. This is because manufactured exports are typically more labor-intensive than investment projects. As a result, a RMB1 billion reduction in exports would create more unemployment than a RMB1 billion reduction in investment spending. But tomorrow’s capacity expansion from today’s investment would mean a permanent increase in the number of jobs created from tomorrow onward.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人民元の騰貴という物価高に対抗する初歩的な手段を用いることは、将来における失業率を長期的に引き下げることと引き換えに、現在の一時的失業率を高めることになる。このことは、工業輸出品が、投資計画よりも主として労働集約的であることに起因する。その結果、輸出における10億人民元の減少は、投資支出における10億人民元の減少以上の失業をつくりだすことになる。しかしながら、今日の投資にもとづく明日の生産能力の拡大は、さまざまな明日以降の職業の長期的な増加を意味することとなる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Nevertheless, China must be careful when implementing RMB appreciation. Policy makers should closely monitor potential changes in the economic conditions in the G-7. A deep recession in the United States resulting from the sub-prime crisis would significantly lower Chinese exports and cut the prices of oil and other primary commodities. In that case, a large RMB appreciation undertaken now would be overkill.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それにも関かわらず、中国は人民元の騰貴を実行することに深い注意を払っている。政策決定者はＧ７におけり経済状況を綿密に監視している。アメリカ合衆国における深刻な景気後退はサブ・ブライム危機に起因しており、中国の輸出を著しく低下させ、石油およびその他主要製品の価格を値引きさせている。このような場合、大規模な人民元の騰貴は過剰に物価を引き下げることになってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Moreover, the authorities should recognize that RMB appreciation is unlikely to reduce US-China trade tensions. Consider the experience of Japan-bashing in the 1980’s, when the Yen-Dollar end-year exchange rate plunged from 248 in 1984 to 162 in 1986, and then to 123 in 1988. While Japan’s overall current-account surplus declined significantly, from 3.7% of GDP in 1985 to 2.7% in 1988, the overall US current-account deficit only fell from 2.8% of GDP to 2.4%, because Japanese companies started investing in production facilities in Southeast Asia for export to the US. So Japan-bashing continued under a new guise: the additional demand that Japan must remove its “structural impediments” to import.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その上、当局は人民元の騰貴は米中貿易の緊張状態を減ずることはないと認識している。1980年代の「日本叩き」の経験を考えてみてください。円ドル相場が1984年に1ドル248円だったものが1986年には162円に、1988年には123円まで急落しました。日本の経常黒字は1985年に国内総生産の3.7％に、1988年には2.7％と大幅に低下し、アメリカの経常赤字は国内総生産の2.8％から2.4％に回復した。これは日本の会社が、東南アジアの米国向けに輸出するための生産設備に対して投資し始めたことに起因する。つまりあたらしいみせかけものと「日本叩き」は続けられたのです。増加する需要に対して日本は輸入における「構造的障害」を取り除かねばなりませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;In short, substantial RMB appreciation would reduce the bilateral US-China trade deficit and China’s overall trade surplus significantly, but it would do little to reduce the overall US trade deficit. In the absence of a generalized appreciation of all Asian currencies and unchanged American policies, possibly only a deep recession could reduce the overall US current-account deficit. A stronger RMB can help only the overheated Chinese economy. And it has the virtue of doing so without hurting China’s future production capacity.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;簡潔に言えば、十分な人民元の騰貴は、米国と中国の二国間の貿易赤字と中国の全体的な貿易余剰を減少させました。しかしながら、全体的な米国の貿易赤字を減少させるには至りませんでした。全アジア諸国の通貨の騰貴および米国の政策の変化なしには、景気後退だけではとても米国の経常赤字の減少にはつながらないでしょう。強くなった人民元は中国経済を加熱させることに資することにとどまった。そして、そのことが中国の将来の生産能力を傷つけることなしに出来得たところによさがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：“The Right Way to Beat Chinese Inflation”Brooking Institute July,13 2008 ）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;(&lt;a href="http://www.brookings.edu/opinions/2008/0702_china_economy_woo.aspx?emc=lm&amp;amp;m=216685&amp;amp;l=46&amp;amp;v=998449"&gt;http://www.brookings.edu/opinions/2008/0702_china_economy_woo.aspx?emc=lm&amp;amp;m=216685&amp;amp;l=46&amp;amp;v=998449&lt;/a&gt;）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-8265659967607408600?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/8265659967607408600/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=8265659967607408600' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8265659967607408600'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8265659967607408600'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/07/right-way-to-beat-chinese-inflation.html' title='The Right Way to Beat Chinese Inflation'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-3175189888044214179</id><published>2008-06-09T18:20:00.005+09:00</published><updated>2008-06-10T19:10:25.705+09:00</updated><title type='text'>「明治人の教養」（竹田篤司著：文春文庫）</title><content type='html'>小島政二郎氏の随筆「明治の人間」より、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;《「明治の人達は、今の人のように遊んではいなかった。みんな勤勉だった。体の工合が悪くて一日仕事を休むと、「ああ、今日（こんにち）さまに済まないことをした」と口に出して後悔した。気に染まぬものを売ったりすると、「今日さまに済まない」と言って悔やんだものだ。みんな欲張らず、質素で倹約だった」》&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;《「私の父などは、私が紅茶を嗜むのを見て、「紳士の飲むものを、お前のような書生ッポまで飲んでいては先が思いやられる」そう言って、苦々しい顔をした。分を知れということを明治の大人達はやかましく言った。》&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;《思えば、私は仕合せな時代に育った。／（中略）／俗な言い方をすれば、お手本にしたくなるような人が、方々にいた。出入りの大工からも、私は私なりに教わることが多かった。そういうことは、楽しいことであった》&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;朧げながら、明治教養人山脈の背骨を見わたせる書。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学生にお勧めの本。 小島政次郎、柳田国男、西田幾多郎、狩野直喜、河上肇、森外三郎、今西錦司、桑原武夫、狩野亨吉、ケーベル、夏目漱石、安倍能成、九鬼周造、天野貞祐、辰野隆、福原麟太郎の姿が垣間見えます。 　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;噛みしめて読んでみればみるほど、実に味わい深い文章が多々散りばめてあります。大学生・高校生にお勧めの書。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-3175189888044214179?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3175189888044214179/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3175189888044214179' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3175189888044214179'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3175189888044214179'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/06/blog-post_4252.html' title='「明治人の教養」（竹田篤司著：文春文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-1922588909360170573</id><published>2008-05-14T11:50:00.005+09:00</published><updated>2008-07-28T08:40:53.385+09:00</updated><title type='text'>芥川龍之介（吉田精一著）</title><content type='html'>　「芥川龍之介」（吉田精一著）。一週間かかってようやく読了。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;芥川が神経衰弱に陥るところから猛然と読書の速度があがって読み終ったら夜が明けて、鴉がガアーガアー鳴いていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「世界の故事名文句コンサイス」（自由国民社）の「臨終のことば」の頁に、イギリスの作家Ｈ・Ｇ・ウエルズの&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「（友人たちを遠ざけるように）死ぬのに忙しいんでね」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という言葉がのっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;芥川龍之介の死に方はまさにこの通り。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は古典では中学校の頃読んだ「藤十郎の恋・恩讐の彼方に」に最高の評価を与え、少年時代に読んだ「身投げ救助人」が忘れられず、その作者、菊池寛が好きだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、生き方は芥川龍之介のようでありたい、と思った。何者かにおわれているかのように貪欲にあらゆる世界の知識をむさぼり食い、その知識を自分なりに咀嚼して自らの世界を再構築する。自らのその作業がとまった時、あるいはそのような自らが再構築した世界がある種の法則性を持ち出して腐臭がただよい出した時、即座に自らもこの地上から消滅することを願いこふ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（以下、引用）&lt;br /&gt;「恐るべきものは停滞だ。いや藝術の境に停滞ということはない。進歩しなければ必ず退歩だ。藝術家が退歩する時、常に一種の自動作用が始まる。という意味は、同じような作品ばかり書く事だ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「僕は精神的にマゾヒズムのような傾向があるらしい。一度人から思い切ったことを云われて見度いと思ふんだが。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;志賀直哉と芥川龍之介の差異は「肉体的力量の感じの有無」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;谷崎潤一郎と龍之介の論戦。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;龍之介は「通俗的興味がないと云う点から見れば最も純粋な小説である」。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;潤一郎は「要するに芸術の問題は材料を生かす詩的精神を活かす如何もしくは深浅にある。（中略）構造的美観をもってもっとも多量にもち得る形式は、戯曲であろうと疑い、特に潤一郎は卓越していると駁した。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;岡本かの子は昭和ニ年の早春、五年ぶりで汽車の中であった龍之介の印象を、「今は額が細長く丸く&lt;br /&gt;禿げ上り、老婆のように皺んだ顔を硬ばらせた、奇貌を浮かして、それでも服装だけは昔のままの身だしなみで、竹骨に張つた凧紙のやうにしやんと上衣を肩に張りつけた様子は、車内の人々の注目をさへひいている。（略）「あ、オバケ」不意の声を立てたのは反対側の車窓から氏を見た子供であつた（略）」と書いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　むしあつくふけわたりたるさ夜なかのねむりにつぎし死をおもはむ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　たましひのたとえば秋のほたるかな&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1922588909360170573?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1922588909360170573/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1922588909360170573' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1922588909360170573'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1922588909360170573'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/05/blog-post_14.html' title='芥川龍之介（吉田精一著）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-1447747151611586094</id><published>2008-04-18T16:54:00.006+09:00</published><updated>2009-10-05T11:59:38.872+09:00</updated><title type='text'>郷党にいれられるまで</title><content type='html'>あさぼらけのなか、アクセルを踏み自宅を出る。ゆたかな田園地帯をぬけて丘陵地帯を登る。しばらくすると黒く塗られた木造の民家と、うねを作った畑が一面にみえてくる。右手に農協の緑の看板がみえてくる。ここまでくるとひと安心する。あとは、おきまりの高速道路を一直線にゆけば、定刻三十分前に会社の社員寮に車をいれることができる。横断歩道の信号機のまえで停止する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;高速道路に入ると、こつぶの雨が降ってくる。視界がまったくきかなくなり、雨はさらにはげしさを増す。ワイパーを強にしてみてもまったく前の視界がきかなくなる。集中豪雨のなか、なぜ私の進行を豪雨が妨げるのか、理不尽で凄まじい怒りがこみあげてくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;休憩所のあるコンビニエンス・ストアまでまだ60ｋｍもある。あまりの集中豪雨に一時退避をしようと、サイド・ミラーで後方確認しながら左のウインカーを出し、左側の高速道路の側道から雨を逃れるように車のブレーキを強く踏みゆっくりゆっくりと滑らせて車を地上におろした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　木造の講堂のようなプラットフォームの連結部をひとり歩くと、あの頃のいらだちが嘘のように消え去り、呆けた気持ちで、疎林の空気を吸いこむ。すると村人ひとり、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お前さんがたが、郷里に帰ってくるのを待っていたよ。一体、都会で何があったんだい。辛いかもしれないが、しばらく話でもどうかね」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「畑の肥しが不足していてねえ。ありがてい時期に帰ってきてくれたもんだ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆がわさわさ話ながら、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いい、肥しが出来たようだよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「何か、オレたちの意図を勘違いしたんじゃねえかい。土産の西瓜をよこすから今日話すのやめた、いっていうんだよ。不思議なお人だねえ。おらたちゃたんに新聞で知ったことが本当かなあ、と思ってあの人に聞こうと思ったんだが」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「なんか都会じゃ複雑なことがたくさん起こっとるのか、わしゃあその話が本当かどうかきこうと思っただけだよ。あの人、銀行、郵便局、その後は何だかよくわかんねえ人生をわたりあるいてきたようだよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あの裏にある木造のボロ屋でもいいかと思って、あてがおうとしたんだが。坊主がいやだって、きかねえんだってよ。親父がエラク怒って木造小屋に一目散だ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「もうちっとよく話がききたいねえ。何かおもしろい話がないか、と今夜は野良作業を止めて酒を酌み交わそうと思ったのだが」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いかんねえ。あの態度。これからどうするつもりなんだか。ニ年か三年、監視しねえと本当に村に居つく気があるのかわからんよ。芦部さんの隣ん家、あいてたっていうだろう。あれをあてがってもいいと思ったんだが､､､､､本当に帰ってきたのかよくわからんよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あの子、中学の頃、よく勉強がでたそうだ。東京で高いマンションを買ったつていって随分羽振りがいいって言ったんだが。もうよそう。こちらの苦しい話もする訳にもいかんし、かといってあいつの苦しい心境を語ってもらう訳にはいかん。とりあえずお稲荷さんの火を入れる当番でもまかせようか、と思ったのだが」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いいや、無理するな。あの様子じゃ、しばらくほおっておいた方がイイ。子供をいいきかせるだけでもニ週間はかかりそうだ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「西瓜、どう配分するか」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「南瓜の方が気がきくのに、ほんに気のきかねえこった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ブツブツいいながら、村人去る。（終わり）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1447747151611586094?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1447747151611586094/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1447747151611586094' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1447747151611586094'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1447747151611586094'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/04/blog-post_18.html' title='郷党にいれられるまで'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-2691672917175327851</id><published>2008-02-24T03:02:00.003+09:00</published><updated>2009-06-07T10:35:34.925+09:00</updated><title type='text'>パロアルト随想</title><content type='html'>はじめてカリフォリニア州サンフランシスコに足を踏みいれたのは、初秋ワシントン州シアトルで所定の用事を済ませた後だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シアトルに滞在している時、弁護士資格をとるためにサンフランシスコ大学の大学院に留学している大学時代の友人が意外にも「会えるようになった」と連絡をくれたので急遽予定を変更して、約束の時間に遅くれてはならんと早めにサンフランシスコ空港から、指定されたヒルトン・ホテルのロビーに空港から強引にイエローキャブをひきとめてかけつけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;サンフランシスコより緯度が低いせいか、黄色のイチョウと赤いカエデの紅葉が真っ盛りだったシアトルと比べて、昼間のサンフランシスコ市街はまだ夏のような気候だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ホテルのロビーにつったっていると、中国人らしい複数のボーイがしきりと私をみて「ベガ、ベガ」と言ってきたので「俺はそんなにみすぼらしい恰好をしているかな」とトイレに入って何度も顔を洗ったり、鏡を見直すことしきりだった。何人かの西欧人がトイレにはいって来て、私に対して不審げな様子をみせなかったので、同じアジア人種間での何かの嫌がらせだろうと思って再び友人を待った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（後で考えても何故彼らが私に向って「ベガ、ベガ」と言ってきたのかわからない。おそらくよく空港などで「ジャップ」と、ののしられたような気がするのと同様、私の被害者意識が過剰なのであろうか）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;友人は、はじめてのアメリカ一人旅にもかかわらず待合わせ場所に約束通りあらわれた私の姿が意外だったらしく「あなた、本当にシアトルにいってきたの？」と笑われる始末だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;半年ぶりの再会とはいっても正直いって友人とは夏期休暇に京都でふと顔をあわせて話をしただけなので、お互い漠然としたイメージしか持ち合わせていなかった。ロビーで顔を合わせても一呼吸あって「久しぶり」といった風情だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ホテルのロビーで食事するのもなんだか場違いな感じがしたので、坂をくだって百貨店のメイシーズで食事をとった。ひとしきり話をして、サンフランシスコで安く泊れて最低限の安全がたもてる宿を教えてもらって、再会を約して分れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;友人の紹介してくれた安宿は紅い古いカーペットがしかれ、歩くと廊下がきしみ黒い手摺をつかむと木の裂け目から出ている細かい木片で手を痛めそうな古びたものだった。経営は白人の老夫婦がしているとのことだったが、その時は中国人の華僑に交代していた。チェック・インすると翌日シリコンバレーでコンサルタントをしている飯田さんと合流すべく電話をとった。（つづく）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-2691672917175327851?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/2691672917175327851/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=2691672917175327851' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2691672917175327851'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2691672917175327851'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/02/25000.html' title='パロアルト随想'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-2714769872327077013</id><published>2008-01-17T20:09:00.002+09:00</published><updated>2009-06-07T14:48:12.909+09:00</updated><title type='text'>疲弊する三十代</title><content type='html'>バブル経済が破綻し平成不況で成果主義、能力主義、目標管理主義というシステムがはびこりだしてから、日本の労働社会に働きながら心の病にかかるという人が着実に増えているという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本書から引用すると、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「この数年、離職者が増加している。就職氷河期である２００１年入社組や２００２年入社組の若者たちを追いかけるようにして辞めてゆく勢いに歯止めがかからない。（中略）今年になって２００１年入社組の離職率は４０％を超え、いまいる社員たちも病気欠勤者も多い」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２００６年に社会経済生産性本部が行った「メンタルヘルスの取組みに関する調査」によれば仕事に伴う心の病を抱える社員は増加しており、年代別割合で三十代が６１％と突出しており、２年前が４９％、４年前が４２％でしたからその伸びは異様といえる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのような平成能力主義の不協和音を簡単にならべてみました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・都市銀行で５年間働いた為替ディーラー、外資系金融機関に４０００万円でスカウトされ転職したが、その後９．１１事件が勃発。社内アナウンスで転職先の金融機関の日本市場撤退をしらされその場で解雇&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・外資系証券会社。誰も自分のノウハウを教えない。「どうやったら契約できるか教えてください」と新入社員が訊きにくるが「そんなものがあったらぼくも知りたい」と答えてお茶を濁す。部長は顧客のニーズを喚起しアプローチを工夫すればいくらでも契約はとれる、と言うが「自分のアタマで考えろ」といってヒントさえ示さない&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・ディナー・サービスを提供している女性ばかりの会社。５人のうち４人は３５歳から５２歳の年長者。２９歳の若手社員があたらしい社員に対して、さまざまなアドバイスをすると「年長者をさしおいて勝手な判断をしてもらっては困る」という事業部長からのクレーム。あたらしい社員は続々と離職。挙句のはては４人が同時に夏休みを取得。２９歳の社員は１０日間のあいだ徹夜を含めて毎日残業。体力の限界を感じ退職。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・都市銀行。支店長が副支店長に対して新人の教育を命じる。「ウチには余分な人員がずいぶんいる」と辛辣な言葉を受ける。副支店長は、そのはけ口として入社まもない総合職の女子社員に教育と称して強迫し性的関係におよぶ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・大手電機メーカー。２８歳のシステムエンジニア。経理事務のソフトウェアの取り扱いマニュアルを作成。完成させれば高い評価が得られるため１８０時間を超える時間外労働をおこなう。自殺する３日前に急性ストレス反応が出ていた。&lt;br /&gt;後からの調査によると、頼まれたら断れない性格で昼間は他人の仕事を自分の仕事は夜やっていたという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・ある分野を開拓して業績を上げた者が異動。業務引き継ぎ自体を拒み、折衝方法や技術を後輩に教えない。自分の業績向上とは無縁であるし、プラス評価を受ける者が増えては困るため、自分のした苦労を後輩にも強いる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・電話のオペレーター。携帯電話の「お客さま相談室」を担当。派遣社員から正社員になったが異端視される。女性の多い職場で、なにかといえば学歴が話題になったり、同門同士での集まりの知らせが露骨にあって退社。派遣社員の方がいごこちがよいので再び派遣社員に戻る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・ある会社をクビになった技術者、派遣社員になる。すると派遣会社が提示した仕事はその技術者が前いた会社で提案したもの。請け負って派遣先の会社にいって、自分の提案した仕事を自分をクビにした上司に伝授する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・ある会社をクビになった技術者が派遣社員となりグループをつくる。ある研究所が有望視されているが製品化できない仕事を請負い、研究所のチームリーダーができなかった製品化を可能にしてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このような事例から著者はこう結論づけます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;成果主義に代表されるように人事考課制度をみる限り弊害だけが目立つのです。どんな弊害かといえば、なにより倒れる人の増加でしょうし、それに伴う組織体の危うさです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に、「読売新聞」に載った自死した教職者の配偶者の手記を引用させていただきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２００３年７月３日の夜十一時ごろ、電話で話したままあなたが帰って来なくなってから一年がたとうとしています。この間、私は何もわからずに、その時その時を必死でたくさんのことを行動してきました。でも家の中は一年前そのままで、あなたがいつ戻ってきても仕事に出かけられますよ。&lt;br /&gt;（中略）あなたの最期の地は、冬は花も水も凍てつく地で、行く度に寂しい思いをしましたが、春はスミレ、山桜、藤・・・・・・と野の花が次々と咲いて、あなたはそっと見守ってくれています。自然だけが、私達の慰みです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：『職場はなぜ壊れるのか』（荒井千暁著：ちくま新書）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-2714769872327077013?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/2714769872327077013/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=2714769872327077013' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2714769872327077013'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2714769872327077013'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2008/01/24000.html' title='疲弊する三十代'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-2649083489168129635</id><published>2007-11-21T00:43:00.002+09:00</published><updated>2008-06-07T13:10:33.615+09:00</updated><title type='text'>『弥縫（びほう）録－中国名言録』（陳舜臣：中公文庫）</title><content type='html'>■弥縫（びほう）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;鎧をつけた平清盛は、息子の重盛がやってきたので、あわてて法衣をそのうえから着こんでごまかそうとした。かきあわせた襟元から、鎧の端がちらりとのぞく。―そんなのが弥縫の一例である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（中略）&lt;br /&gt;左氏とは左丘明という人物のことで、『史記』の作者司馬遷の文章によれば、失明したことで発奮して、著作活動をしたという。目が見えないのである。左氏本人は、自分の目が縫い合わされているとかんじたのであろうか。そのために、「弥縫」ということばを愛用したのかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;==============================================================&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「一字（いちじ）の師」（99頁）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現在の文壇には師弟関係といったものはもう存在しないようだ。秘書を使っている人はいるが、「お弟子さん」ということばをきいたことがないから、それに類する人を抱えている作家はいないのであろう。画壇や劇壇の世界では、いまでもちゃんと師弟関係があるらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;某展覧会へ行ってびっくりした。会場で羽織袴白足袋の老人は、そばにいた婦人に、最敬礼をしていた。彼らは老人を「先生」と呼び、先生と呼ばれた老人は、そばにいた婦人に、「うちの弟子たちでしてな」などと言っていた。これは敬老精神といった上等のものではなく、封建思想を絵にしイヤらしいシーンであった。いまの文壇にそんな恥ずかしい雰囲気がないのは、まったく幸いといわねばならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;絵画の世界では、「先生」が「弟子」の絵を直すことがよくある。さすがは先生で、さっと一筆くわえただけで、その絵が見ちがえるほどよくなる。そんな実例をみれば、最敬礼をしてもよいから、先生が欲しくなってくる。詩文では一字を直しただけで、ぜんたいがぐっとよくなることがあり、むかしの人はそれを「一字の師」と呼んでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;晩唐の鄭谷という詩人は、僧斉己（せいき）の「早梅詩」の一字を直して、それをみちがえるほど良くしたというので、一字の師といわれるようになったそうだ。どんなところを直したのか、そういわれると興味がわいてくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前村、深雪の裏（うら）&lt;br /&gt;昨夜　数枝開く&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;の句のなかに「数」を「一」にしただけである。早咲きの梅をよんだ詩だが、早咲きであるから、数枝より一枝のほうがたしかにしまったかんじがする。種明かしをすれば、なぁんだ、そんなことか、と思えるのがこのテのエピソードの特徴であろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「一字の師」については、どんな小さなことでも教えてくれた人はみな自分の師である、という解釈もある。&lt;br /&gt;旧時代の中国では、児童の教師は「千字文」といって、基本的な千個の文字をおしえることになっていた。千字を教えてくれた人も先生なら、一字を教えてくれた人もおなじく先生であるはずだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある大学者が一字読みまちがえ、小役人にそれを指摘され、相手を「一字の師」と呼んだ故事がある。吉川英治はよく、「我以外みな我が師」といったことばを色紙にかいたが、それに似たことであろう。謙虚であれ、という意味がこめられているようだ。日本のコトワザにも、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;―負うた子に教えられて浅瀬を渡る&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;というのがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;われわれは、いつ、どこで、誰に、どんなことを教えられるかわからない。いつでもそれをうけいれる態勢をもたねばならない。そのためには謙虚であるべきだ。一筆で全体もよみがえらせるようなすぐれた師匠、と解するよりは、負うた子も師匠、とするほうがおもしろいように思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;清末の詩人龔自珍（きようじちん）の詩に、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;― 本無一字是吾師（もと一字として是れ吾が師は無し）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という句がある。ほかの解釈もあるが、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「私は一字として先人の文章を師として借用したりしない。すべて独創である」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と読みたい。誇高き文人の自負に、こころよいめまいをかんじるではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：『弥縫（びほう）録－中国名言録』（陳舜臣：中公文庫））&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（後日譚）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;平清盛と重盛の親子の関係について触れた文章を発見したので付け加えておきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　忠ならんと欲すれば則ち孝ならず。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　孝ならんと欲すれば則ち忠ならず。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　重盛の進退ここに窮（きわま）る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：頼山陽の『日本外史』（上）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-2649083489168129635?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/2649083489168129635/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=2649083489168129635' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2649083489168129635'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2649083489168129635'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/11/blog-post_21.html' title='『弥縫（びほう）録－中国名言録』（陳舜臣：中公文庫）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-1270980095215580595</id><published>2007-11-15T13:05:00.000+09:00</published><updated>2007-11-15T13:06:36.872+09:00</updated><title type='text'>『サラリーマン　タブー集』（三鬼陽之助著：カッパビジネス）（家庭編）</title><content type='html'>3. 家庭　―なぜ結婚をするのか&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;161. 早婚をためらうな&lt;br /&gt;162. 社内結婚をするな　&lt;br /&gt;163. 上役の娘をもらうな&lt;br /&gt;164. 美人を妻にするな&lt;br /&gt;165. 大学出の女と結婚するな&lt;br /&gt;166. 結婚相手の年齢を気にするな&lt;br /&gt;167. 婿養子には行くな&lt;br /&gt;168. 上役に仲人をたのむな&lt;br /&gt;169. 結婚式に上役をよぶな&lt;br /&gt;170. はでな結婚式を挙げるな&lt;br /&gt;171. 離婚をためらうな&lt;br /&gt;172. 三十までは子どもをつくるな&lt;br /&gt;173. 女房・子どもと遊ぶな&lt;br /&gt;174. 女房・子どもの病気を欠勤理由にするな&lt;br /&gt;175. 家事を手伝うな&lt;br /&gt;176. 家で仕事のことを帰るな&lt;br /&gt;177. 「晩酌亭主」になるな&lt;br /&gt;178. 家にはまっすぐ帰るな&lt;br /&gt;179. ワイフに帰宅時間を約束するな&lt;br /&gt;180. 睡眠時間をケチるな&lt;br /&gt;181. 教育パパになるな&lt;br /&gt;182. 浮気を自慢にするな&lt;br /&gt;183. 故郷には帰るな&lt;br /&gt;184. 父親の「七光り」を自慢するな&lt;br /&gt;185. 父親のまねをするな&lt;br /&gt;186. 親兄弟の犠牲になるな&lt;br /&gt;187. 母親の絆にしばられるな&lt;br /&gt;188. 女房の実家にたよるな&lt;br /&gt;189. 身内の人間を会社に来させるな&lt;br /&gt;190. 貯金をするな&lt;br /&gt;191. ボーナスはそっくり女房に渡すな&lt;br /&gt;192. 共稼ぎはするな&lt;br /&gt;193. スネかじりを恥じるな　&lt;br /&gt;194. 「二百五十円亭主」を恥じるな&lt;br /&gt;195. 月賦で買い物をするな&lt;br /&gt;196. 会社の近くに住むな&lt;br /&gt;197. マイホーム作りを急ぐな&lt;br /&gt;198. 社宅に住むな&lt;br /&gt;199. 親との同居にあまんじるな&lt;br /&gt;200. タブーにとらわれるな　　（終わり）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1270980095215580595?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1270980095215580595/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1270980095215580595' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1270980095215580595'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1270980095215580595'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/11/blog-post_5438.html' title='『サラリーマン　タブー集』（三鬼陽之助著：カッパビジネス）（家庭編）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-8567183287577666636</id><published>2007-11-15T08:58:00.001+09:00</published><updated>2009-08-03T19:59:49.394+09:00</updated><title type='text'>『サラリーマン　タブー集』（三鬼陽之助著：カッパビジネス）（対人関係編）</title><content type='html'>2. 対人関係編&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;101. 無能な上役の顔を立てるな&lt;br /&gt;102. 上役の「恥部」にふれるな&lt;br /&gt;103. 上役に私事を相談するな&lt;br /&gt;104. 同僚の私生活は、上役に話すな&lt;br /&gt;105. 上役の太鼓持ちになるな&lt;br /&gt;106. 上役の盆暮れのつけとどけをするな&lt;br /&gt;107. 上役の病気見舞いはするな&lt;br /&gt;108. 上役の自宅は訪問するな&lt;br /&gt;109. 上役の私用を引き受けるな&lt;br /&gt;110. 仕事以外では上役と付き合うな&lt;br /&gt;111. 「会社のために」を、口に出すな&lt;br /&gt;112. 弱者に同情するな&lt;br /&gt;113. 同学の同僚に気を許すな&lt;br /&gt;114. 同僚の学歴を問題に気を許すな&lt;br /&gt;115. 二部卒社員を軽視するな&lt;br /&gt;116. 万年平社員に遠慮するな&lt;br /&gt;117. 「若年寄り」になるな&lt;br /&gt;118. けんかを避けるな&lt;br /&gt;119. 徒党を組むな&lt;br /&gt;120. 社内の同窓生にはいるな&lt;br /&gt;121. 友情と心中するな&lt;br /&gt;122. 義理人情にしばられるな&lt;br /&gt;123. 虚礼にしばられるな&lt;br /&gt;124. 社内の「人気者」になるな&lt;br /&gt;125. 「いい子」になるな&lt;br /&gt;126. 聖人君子ぶるな&lt;br /&gt;127. 自己宣伝をためらうな&lt;br /&gt;128. 孤立を恐れるな&lt;br /&gt;129. 「猛烈」を売り物にするな&lt;br /&gt;130. 喜怒哀楽を表面にするな&lt;br /&gt;131. 喜怒哀楽を表面に出すな&lt;br /&gt;132. しゃべりすぎるな&lt;br /&gt;133. ウーマン・パワーを軽視するな&lt;br /&gt;134. ハイ・ミスをバカにするな&lt;br /&gt;135. 社長秘書を敬遠するな&lt;br /&gt;136. 受付嬢を軽視するな&lt;br /&gt;137. 女子社員にお茶くみをさせるな&lt;br /&gt;138. 社内の女に手を出すな&lt;br /&gt;139. 金がなくてもない顔をするな&lt;br /&gt;140. 金があってもある顔をするな&lt;br /&gt;141. 上役におごらせるな&lt;br /&gt;142. 同僚におごるな&lt;br /&gt;143. 同僚に金を貸すな&lt;br /&gt;144. 賭け金の支払いをケチるな&lt;br /&gt;145. 借金の保証人になるな&lt;br /&gt;146. 守銭奴になるな&lt;br /&gt;147. 金を過信するな&lt;br /&gt;148. なじみのバーに上役を案内するな&lt;br /&gt;149. 酒席での席順を気にするな&lt;br /&gt;150. 酒席で、上役に酌をするな&lt;br /&gt;151. 宴会で隠す芸をするな&lt;br /&gt;152. 宴会で母校の寮歌を歌うな&lt;br /&gt;153. 忘年会の二次会には付き合うな&lt;br /&gt;154. 二級酒は飲むな&lt;br /&gt;155. 酒席で、上役に酌をするな&lt;br /&gt;156. 酒を人間関係の潤滑油にするな&lt;br /&gt;157. 下戸を恥じるな&lt;br /&gt;158. 酒豪を自慢にするな&lt;br /&gt;159. ヤケ酒を飲むな&lt;br /&gt;160. 人間関係の過敏症にかかるな　　（つづく）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-8567183287577666636?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/8567183287577666636/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=8567183287577666636' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8567183287577666636'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8567183287577666636'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/11/blog-post_15.html' title='『サラリーマン　タブー集』（三鬼陽之助著：カッパビジネス）（対人関係編）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-1767493291157417659</id><published>2007-11-14T20:58:00.000+09:00</published><updated>2008-01-19T19:49:40.368+09:00</updated><title type='text'>『サラリーマン　タブー集』（三鬼陽之助著：カッパビジネス）（仕事編）</title><content type='html'>1.仕事&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1.         会社と心中するな&lt;br /&gt;2.         組織の奴隷になるな&lt;br /&gt;3.          辞表を肌身から離すな&lt;br /&gt;4.          十年以上同じ会社にいられると思うな&lt;br /&gt;5.          定年制にあまんじるな&lt;br /&gt;6.          社風に染まるな&lt;br /&gt;7.          社則にとらわれるな&lt;br /&gt;8.          社則を破って得意がるな&lt;br /&gt;9.          会社のバッジをつけるな&lt;br /&gt;10.        自社の株価を気にするな&lt;br /&gt;11. 「会社のために」を、口に出すな&lt;br /&gt;12. ゲバ棒精神を忘れるな&lt;br /&gt;13. 「日和見」社員になるな&lt;br /&gt;14. 「他律反応型」社員になるな&lt;br /&gt;15. スペシャリストになるな&lt;br /&gt;16. 「タレント」になるな&lt;br /&gt;17. 「評論家」になるな&lt;br /&gt;18. 趣味で名を売るな&lt;br /&gt;19. 能ある鷹は爪をかくすな&lt;br /&gt;20. スタンドプレーをするな&lt;br /&gt;21. 言い逃れをするな&lt;br /&gt;22. マイペースをくずすな&lt;br /&gt;23. 虚栄心を失うな&lt;br /&gt;24. 常識を軽視するな&lt;br /&gt;25. 人まねを恥じるな&lt;br /&gt;26. 「食わずぎらい」になるな&lt;br /&gt;27. 弱音をはくな&lt;br /&gt;28. 強がりを言うな&lt;br /&gt;29. 本職を内職の犠牲にするな&lt;br /&gt;30. 重役になろうと思うな&lt;br /&gt;31. 「長」の肩書きをほしがるな&lt;br /&gt;32. 上司の人事異動を気にするな&lt;br /&gt;33. 左遷に動じるな&lt;br /&gt;34. 地方転勤でくさるな&lt;br /&gt;35. 「出世主義者」を軽蔑するな&lt;br /&gt;36. 「エリート社員」を手本にするな&lt;br /&gt;37. 社長に惚れるな&lt;br /&gt;38. 社長の訓辞を鵜のみにするな&lt;br /&gt;39. 社長に遠慮するな&lt;br /&gt;40. 下克上をためらうな&lt;br /&gt;41. 上役の顔色をうかがうな&lt;br /&gt;42. イエスマンになるな&lt;br /&gt;43. 上役の責任をかぶるな&lt;br /&gt;44. 上役に対して敬語を乱発するな&lt;br /&gt;45. 勤務中に上役に対して敬語を乱発するな&lt;br /&gt;46. 「義理居残り」をするな&lt;br /&gt;47. 「ほされる」ことを恐れるな&lt;br /&gt;48. やたらにあやまるな&lt;br /&gt;49. 上役の道具になるな&lt;br /&gt;50. 他人の仕事にちょっかいをだすな&lt;br /&gt;51. 他人の職場の悪口を言うな&lt;br /&gt;52. 知ったかぶりをするな&lt;br /&gt;53. 名刺で仕事をするな&lt;br /&gt;54. 仕事をしているふりをするな&lt;br /&gt;55. 忙しがるな&lt;br /&gt;56. 酒を飲みながら、仕事の話はするな&lt;br /&gt;57. タクシーの中で仕事の話はするな&lt;br /&gt;58. 小さな声でしゃべるな&lt;br /&gt;59. 小さな仕事を軽蔑するな&lt;br /&gt;60. 仕事で借りをつくるな&lt;br /&gt;61. 有給休暇を残すな&lt;br /&gt;62. 日曜・祭日には仕事をするな&lt;br /&gt;63. 休み時間には仕事をするな&lt;br /&gt;64. 残業をするな&lt;br /&gt;65. 仕事がすんだら会社にいるな&lt;br /&gt;66. 同僚の遊んだ翌日は遅刻するな&lt;br /&gt;67. 二日酔いの日は出勤するな&lt;br /&gt;68. 朝食ぬきで出勤するな&lt;br /&gt;69. マイカーで通勤するな&lt;br /&gt;70. 恋人に会社へ電話させるな&lt;br /&gt;71. 遊びの服を着て出勤するな&lt;br /&gt;72. 長髪・無精髭を売り物にするな&lt;br /&gt;73. カフスボタンで出勤するな&lt;br /&gt;74. 自分の金で社用をたすな&lt;br /&gt;75. 会社から金を借りるな&lt;br /&gt;76. 安月給にあまんじるな&lt;br /&gt;77. 月給で人を判断するな&lt;br /&gt;78. 接待マージャンで負けるな&lt;br /&gt;79. 取引先のもてなしに溺れるな&lt;br /&gt;80. 安いリベートで身売りするな&lt;br /&gt;81. 適の「使い」になるな&lt;br /&gt;82. ライバル会社の社員を敬遠するな&lt;br /&gt;83. 業界紙の記者をけむたがるな&lt;br /&gt;84. 取引先に自宅の住宅・電話を教しえるな&lt;br /&gt;85. コネで仕事をするな&lt;br /&gt;86. 社用族になるな&lt;br /&gt;87. 組合幹部になることを辞するな&lt;br /&gt;88. 御用組合にはいるな&lt;br /&gt;89. スト破りをやるな&lt;br /&gt;90. 「組合片輪」になるな&lt;br /&gt;91. 組合を出世の手段にするな&lt;br /&gt;92. 組合にたよるな&lt;br /&gt;93. ノンポリ組合員になるな&lt;br /&gt;94. 経営用語をむやみに使うな&lt;br /&gt;95. 「英語屋」になるな&lt;br /&gt;96. 三面記事をばかにするな&lt;br /&gt;97. 経営学の本を読むな&lt;br /&gt;98. 立志伝に惚れるな&lt;br /&gt;99. ハウ・ツウ書一辺倒になるな&lt;br /&gt;100.       修養書を読むな　　（つづく）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1767493291157417659?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1767493291157417659/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1767493291157417659' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1767493291157417659'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1767493291157417659'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/11/blog-post_8431.html' title='『サラリーマン　タブー集』（三鬼陽之助著：カッパビジネス）（仕事編）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6516961023833080752</id><published>2007-11-12T06:59:00.000+09:00</published><updated>2007-11-12T14:53:31.631+09:00</updated><title type='text'>『身投げ救助業』（菊池寛著：偕成社）</title><content type='html'>ものの本によると京都もむかしから、自殺者はかなりおおかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;都はいつの時代でもいなかよりも生存競争がはげしい。生活にたえきれぬ不幸がおそってくると、思いきって死ぬものがおおかった。洛中洛外にはげしい飢饉などがあって、親兄弟にはなれ、かわいい妻子を失ったものは世をはかなんで自殺した。除目にもれた腹立ちまぎれや、義理にせまっての死や、恋のかなわぬ絶望からの死、かぞえてみればさいげんがない。まして徳川時代には相対死などいうて、一時にふたりずつ死ぬことさえあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自殺をするにもっとも簡便な方法はまず身を投げることであるらしい。これは統計学者の自殺者表などを見ないでも、すこし自殺ということをまじめに考えたものに気のつくことである。ところが京都にはよい身投げ場所がなかった。むろん鴨川では死ねない、深いところでも三尺ぐらいしかない。だからおしゅん伝兵衛は鳥辺山で死んでいる。たいていは縊れて死ぬ。汽車はひかれるなどということはむろんなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかしどうしても身を投げたいものは清水の舞台から身を投げた。『清水の舞台から飛んだ気で』という文句があるのだから、この事実にあやまりはない。しかし下の谷間の岩にあたってくだけている死体を見たりまたそのうわさをきくと、模倣づきな人間もニの足をふむ。どうしても水死をしたいものはお半長右衛門のように桂川までたどっていくか、逢坂山をこえ琵琶湖へでるか、嵯峨の広沢の池へいくよりほかにしかたがなかった。しかし死ぬまえのしばらくを、じゅうぶんに享楽しようという心中者などには、この長い道程もあまり苦にはならなかったのだろうが、一時も早く世の中をのがれたい人たちには、二里も三里も、歩くよゆうはなかった。それでたいていは首をくくった。聖護院の森だとか、糺の森などにはしいの実をひろう子どもが、宙にぶらさがっている死体を見て、おどろくことがおおかった。&lt;br /&gt;それでも京の人間はたくさん自殺をしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すべての自由をうばわれたものにも、自殺の自由だけはのこされている。牢屋にいる人間でも自殺だけはできる。両手両足をしばられていても極度の克己をもって息をしていないことによって、自殺だけはできる。&lt;br /&gt;ともかく、京都によき身投げ場所のなかったことは事実である。しかし人びとはこの不便をしのんで自殺をしてきたのである。適当な身投げ場所のないために、自殺者の比例が江戸や大阪などにくらべて小であったとは思われない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;明治になって、槇村京都府知事が疎水工事をおこして、琵琶湖の水を京にひいてきた。この工事は京都の市民によき水運をそなえ、よき水道をそなえるとともに、またよき身投げ場所をあたえることであった。&lt;br /&gt;疎水は幅十間ぐらいではあるが、自殺の場所としてはかなりよいところである。どんな人でも、深い海の底などでフワフワして、さかななどにつつかれている自分の死体のことを考えてみると、あまりいい気持ちはしない。たとえ死んでも、適当な時間に見つけだされて、葬いをしてもらいたい心がある。それには疎水は絶好な場所である。蹴上から二条をとおって鴨川のへりをつたい、伏見へ流れおちるのであるが、どこでも一丈ぐらい深さがあり、水がきれいなのである。それに両岸に柳が植えられて、夜は青いガスの光がけむっている、先斗町あたりの弦歌の声が鴨川をわたってきこえてくる。うしろには東山がしずかに横たわっている。雨のふった晩などは両岸の青や赤の灯が水にうつる。自殺者の心にこの美しい夜の掘り割りのけしきが、一種のＲｏｍａｎｃｅをひき起こして、死ぬのがあまりにおそろしいと思われぬようになり、フラフラと飛びこんでしまうことがおおかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、からだの重さを自分でひきうけて水面に飛びおりるせつなには、どんな覚悟をした自殺者でも悲鳴をあげる。これは本能的に生をしたい死をおそれるうめきでもある。しかしもうどうともすることができない。水けむりをたてて沈んでみな一度は浮きあがる、そのときは助かろうとする本能の心よりもほか何もない。手あたりしだいに水をつかむ。水を打つ、あえぐ、うめく、もがく。そのうちに弱って意識を失うて死んでいくが、もしこのとき救助者がなわでも投げこむとたいていはそれをつかむ。これをつかむときには投身するまえの覚悟も助けられたあとの後悔も心にはうかばれない。ただ生きようとする強き本能があるだけである。自殺者が救助をもとめたり、なわをつかんだりする矛盾を笑うてはいけない。&lt;br /&gt;ともかく、京都にいい身投げ場所ができてから、自殺するものはたいてい疎水に身を投げた。疎水の一年の変死の数は、多いときには百名をこしたことさえある。疎水の流域のうちで、もっともよき死に場所は、武徳殿のつい近くにあるさびしい木造の橋である。インクラインのそばを走りくだった水勢は、なお余勢を保って岡崎公園をまわって流れる。そして公園とわかれようとするところに、この橋がある。右手には平安神宮の森にさびしくガスがかがやいている。左手にはさびしい戸をしめた家がならんでいる。したがって人通りがあまりない。そこでこの橋の欄干から飛びこむ投身者がおおい。岸から飛びこむよりも橋からのほうが投身者の心に潜在している芝居気を、満足せしむるものとみえる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、この橋から、四、五間ぐらいの下流に、疎水にそうて一軒の小屋がある。そして橋からだれかが身を投げると、かならずこの家からきまって背の低い老婆が飛びだしてくる。橋からの投身が、十二時よりまえの場合はたいていかわりがない。老婆はかならず長いさおを持っている。そしてそのさおをうめ声を目当てに突きだすのである。おおくは手ごたえがある。もしない場合には水音とうめき声を追いかけながら、いくどもいくども突きだすのである。それでもつい手ごたえなしに流れくだってしまうこともあるが、たいていはさおに手ごたえがある。それでもつい手ごたえなしに流れくだってしまうこともあるが、たいていはさおに手ごたえがある。それをたぐりよせるころには、三里ばかりの交番へ使いにいくぐらい厚意のある男が、きっとやじうまのなかにまじっている。冬であれば火をたくが夏は割合に手軽で、水をはかせてからだをふいてやると、たいていは元気を回復し警察へいく場合がおおい。巡査が二言三言不心得をさとすと、口ごもりながら、わび言をいうのをつねとした。&lt;br /&gt;こうして人命を助けた場合には、ひと月ぐらいたって政府から褒状（賞状）にそえて一円五十銭ぐらいの賞金がくだった。老婆はこれを受けとると、まず神だなにそなえて手を二、三度たたいたのち郵便局へあずけにいく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;老婆は第四回内国博覧会が岡崎公園にひらかれたときいまの場所に小さい茶店をひらいた。駄菓子やみかんを売るささやかな店であったが、相当に実いり（収入）もあったので、博覧会が岡崎公園にひらかれたときいまの場所に小さい茶店をひらいた。駄菓子やみかんを売るささやかな店であったが、相当に実いり（収入）もあったので、博覧会の建物がだんだん取はらわれたのちもそのままで商売をつづけた。これが第四回博覧会の唯一の記念物だといえばいえる。老婆は死んだ夫ののこした娘と、いえばいえる。老婆は死んだ夫のこした娘と、ふたりでくらしてきた。小金がたまるにしたがって、小屋がいまのような小ぎれいな住まいにすすんでいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最初に橋から投身者があったとき、老婆はどうすることもできなくなった。大声をあげて呼んでも、めったにくる人がなかった。運よく人のくるときには、投身者は疎水のかなりはげしい水にまきこまれて、ゆくえ不明になっていた。こんな場合には老婆は暗い水面を見つめながら、かすかに念仏をとなえた。しかし、こうして老婆の見聞きする自殺者は、ひとりやふたりではなかった。ふた月に一度、おおいときにはひと月に二度も老婆は自殺者の悲鳴をきいた。それが地獄にいる亡者のうめきのようで、気の弱い老婆にはどうしてもたえられなかった。とうとう老婆は自分で助けてみる気になった。よほどの勇気とくふうとで、老婆が物干しのさおを使って助けたのは、二十三になる男であった。主家（主人の家）の金を五十円ばかり使いこんだ申しわけなさに死のうとした、小心者であった。巡査に不心得をさとされると、この男は改心をして働くといった。それからひと月ばかりたって、彼女は府庁から呼びだされて、ほうびの金をもらったのである。そのときの一円五十銭は老婆には大金であった。彼女はよくよく考えたすえ、そのころややさかんになりなりかけた郵便貯金にあずけ入れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それからのちというものは、老婆はけんめいに人を救った。そして救い方がだんだんうまくなった。水音と悲鳴ときくと老婆はきゅうに身を起こして裏へかけだした。そこに立てかけてあるさおを取りあげて、漁夫が鉾でこいでも突くようなかまえで、水面をにらんで立ってあがいている自殺者の前にさおをたくみにさしだした。さおが目の前にきたときに取りつかない投身者はひとりもないといってよかった。それを老婆はけんめいに引きあげた。通りがかりの男が手伝ったりするときには、老婆は不興（ふきげん）であった。自分の特権を侵害されたような心持ちがしたからである。老婆はこのようにして、四十三の年から五十八のいままでに、五十八のいままでに、五十いくつかの人命を救うている。だから褒賞の場合の手続きなどすこぶる簡単になって、一週で金がおりるようになった。府庁の役人は、「おばあさんまたやったなあ。」とわらいながら、金をわたした。老婆もはじめのように感激もしないで、茶店の客からだいふく代を、もらうように「大きに。」といいながら受けとった。世間の景気がよくてふた月も、三月も、投身者のないときには、老婆はなんだか物たらなかった。娘に浴衣地をせびられたときなどにも、老婆は今度一円五十銭もろうたらというていた。&lt;br /&gt;そのときは六月のすえで例年ならば投身者のおおいときであるのに、どうしたのか飛びこむ人がいなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;老婆は毎晩娘とまくらを並べながらきき耳をたてていた。老婆は毎晩娘とまくらを並べながらきき耳をたてていた。それで十二時ごろにもなって、いよいよだめだと思うと「今夜もあかん。」というて目をとじることなどもあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;老婆は投身者を助けることをひじょうにいいことだと思っている。だから、よく店の客などと話しているときにも「私でもこれで、人さんの命をよっぽど助けているさかえ、極楽へいかれますわ。」というていた。むろんそのことをだれも打ち消しはしなかった。&lt;br /&gt;しかし老婆が不満に思うことが、だた一つあった。それは助けてやった人たちがあまり老婆に礼をいわないことである。巡査のまえでは頭をさげているが、老婆にあらためて礼をいうものはほとんどなかった。まして後日あらためて礼をいうものはほとんどなかった。&lt;br /&gt;まして後日あらためて礼をいうものはほとんどなかった。まして後日あらためて礼をいいにくるものなどはひとりもない。「せっかく命を助けてやったのに薄情な人だなあ。」と老婆は腹のうちで思っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある夜、老婆は十八になる娘を救うたことがある。娘は正気がついて自分が救われたことを知ると身も世もないように、泣きしきった。やっと巡査のすきを見てふたたび水中に身をおどらせた。しかし娘はふしぎにもまた、老婆のさしだすなおに取りすがって救われた。&lt;br /&gt;老婆は再度巡査に連れられていく娘のうしろ姿を、見ながら、「なんべん飛びこんでもやっぱり助かりたいものだなあ。」というた。&lt;br /&gt;老婆は六十に近くなっても、水音と悲鳴とをきくとかならずさおをさしだした。そしてまたそのさおをさしだした。そしてまたそのさおに取りすがることを拒んだ自殺者はひとりもなかった。助かりたいから取りつくのだと老婆は思っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ことしの春になって、老婆の十数年来らいの平静な生活を、一つの危機がおそった。それは二十一になる娘の身の上からである。娘はやや下品な顔だちではあったが、色白であいきょうがあった。老婆の遠縁の親類の二男が、徴兵から帰ったら、養子にもらって貯金の三百幾円を資本として店を大きくするはずであった。これが老婆の望みであり楽しみであった。&lt;br /&gt;ところが、娘は母の望みをみごとにうらぎってしまった。彼女は熊野通りニ条下るにある熊野座という小さい劇場に、ことしの二月から打ちつづけている嵐扇太郎という旅役者とありふれた関係におちていた。扇太郎はたくみに娘をそそのかし、母の貯金の通帳を持ちださせて、郵便局から金を引きだし、娘を連れたままどこともなく逃げてしまったのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;老婆には驚愕と絶望とのほか、何ものこっていなかった。ただ店にある五円にもたりない商品と、すこしの衣類としかなかった。それでもいままでの茶店をつづけていれば、生きていかれないことはなかった。しかし彼女には何の望みもなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ふた月ものあいだ、娘の消息を待ったが徒労（むだな骨折り）であった。彼女にはもう生きてゆく力がなくなっていた。彼女は死を考えた。いく晩もいく晩も考えたすえに、身を投げようと決心した。そしてたえたい絶望の思いをのがれ、一つには娘へのみせしめにしようと思った。身投げの場所は住みなれた家のちかくの橋をえらんだ。あそこから投身すれば、もうだれもじゃまする人はなかろうと、老婆は考えたのである。&lt;br /&gt;老婆はある晩、例の橋の上に立った。自分がすくった自殺者の顔がそれからそれからと頭に浮かんでしかもすべてが一種みょうな、皮肉なわらいをたたえているように思われた。しかしおおくの自殺者を見ていたおかげには、自殺をすることが家常茶飯のように思われて、たいした恐怖をも感じなかった。老婆はフラフラとしたまま欄干から、ずり落ちるように身を投げた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女がふと、正気づいたときには、彼女の周囲には巡査とやじうまとが立っている。これはいつも彼女がつくる集団とおなじであるが、ただ彼女のとる位置がかわっているだけである。やじうまのなかには巡査のそばに、いつもの老婆がいないのをふしぎに思うのさえあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;老婆は恥ずかしいくらいのような憤ろしいような、名状しがたき不愉快さをもって周囲を見た。ところが巡査のそばのいつも自分が立つべき位置に、色の黒い四十男がいた。老婆は、その男が自分を助けたのだと気のついたとき、彼女はつかみつきたいほど、その男をうらんだ。いい気持ちに寝入ろうとするのを、たたき起こされたようなむしゃくしゃした、はげしい怒りが、老婆の胸のうちにみちていた。&lt;br /&gt;男はそんなことを少しも気づかないように「もう一足おそかったら、死なしてしまうところでした。」と巡査に話している。それは老婆がいくども、巡査に話している。それは老婆がいくども、巡査に話している。それが老婆がいくども、巡査にいうおぼえあることばであった。そのうちには人の命をすくった自慢が、ありありとあふれていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;老婆は老いた膚が見物にあらわに、見えていたのに気がつくと、あわてて前をかきあわせたが、胸のうちは怒りと恥とで燃えているようであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;見知りごしの巡査は、「助ける側のおまえが自分でやったらこまるなあ。」というた。&lt;br /&gt;老婆はそれをききながして逃げるように自分の家へかけこんだ。巡査はあとからはいってきて、老婆の不心得さをさとしたが、それはもう幾十ぺんもききあきたことばであった。そのときふと気がつくと、あけたままの表戸から例の四十男をはじめ、おおくのやじうまがものめずらしくのぞいていた。老婆は狂気のようにかけよって、はげしい勢いで戸をしめた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;老婆はそれいらいさびしく、力なく暮らしている。彼女には自殺する力さえなくなってしまった。娘は帰えりそうにもない。泥のように重苦しい日がつづいていく。&lt;br /&gt;老婆の家の背戸（うら口）には、まだあの長い物干しざをが立てかけてある。しかしあの橋から飛び込む自殺者が助かったうわさはもうきかなくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：『ジュニア版日本文学名作選』25『恩讐の彼方に』偕成社出版）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6516961023833080752?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6516961023833080752/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6516961023833080752' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6516961023833080752'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6516961023833080752'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/11/blog-post_12.html' title='『身投げ救助業』（菊池寛著：偕成社）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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But every few months she leaves her caravan and travels round Europe, staying in international hotels and eating in famous restaurants. Why is she leading this double life?&lt;br /&gt;How does a nun who has devoted her life to solitude and prayer become a visitor to the Ritz?&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Sister Wendy has a remarkable other life. She writes and presents an arts programme for BBC television called ‘Sister Wendy’s Grand Tour’. In it, she visits European art capitals and gives her personal opinions on some of the world’s most famous works of art. She begins each programme with with these works of art. She begins each programme with these words: ‘For over 20 years I lived in solitude. Now I’m seeing Europe for the first time. I’m visiting the world’s most famous art treasures’.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;She speaks cleary and plainly, with none of the academic verbosity of art historians. TV viewers love her common-sense wisdom, and are fascinated to watch a kind, elderly, bespectacled, nun who is so obviously delighted by all she sees.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;They are infected by her enthusiasm. Sister Wendy believes that although God wants her to have a life of prayer and solitary contemplation, He has also given her a mission to explain art in a simple.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;‘ I think God has been very good to me. Really I am a disaster as a person. Solitude is right for me because I’m not good at being with other people. But of course I enjoy going on tour. I have comfortable bed , a luxurious bath and good meals, but the joy is mild compared with the joy of solitude and silent and good meals, but the joy is mild compared with the joy of solitude and silent prayer. I always rush back to my caravan. People find this hard to understand. I have never wanted anything else; I am a blissfully happy woman.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Sister Wendy’s love of God and art is matched only by her love of good food and wine. She takes delight in porting over menus, choosing a good wine and wondering whether the steak is tender enough for her to eat because she has no back teeth. However, she is not delighted by her performance on television.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;‘ I can’t bear to watch myself on television. I feel that I look so silly― a ridiculous blackclothed figure. Thank God we don’t have a television at the monastery. I suppose I am famous in a way, but as 95% of my time is spent alone in my caravan, it really doesn’t affect me. I’m unimportant.’&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Sister Wendy earned ￡1,200 for the first series. The success of this resulted in an increase for the second series. The money is being used to provide new shower rooms for the Carmelite monastery.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;(”Intermediate Student's Book”　Titled：Liz&amp;John Soars、Publisher：Oxford university press)&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-3640988387324444006?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3640988387324444006/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3640988387324444006' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3640988387324444006'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3640988387324444006'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/11/blog-post_10.html' title='こんな生きかたもあります'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-839299944626295249</id><published>2007-11-07T22:13:00.002+09:00</published><updated>2009-06-07T15:14:27.256+09:00</updated><title type='text'>真面目な文学部唯野教授 「第5講 解釈学」(前)</title><content type='html'>哲学の巨人、ハイデガー（ドイツ哲学者）が登場します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;哲学者木田元氏は氏を賞してこのように述べています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「『存在と時間』という本は、異様な魅力をもった本である。現代の哲学思想に通じている研究者たちに、ニ十世紀前半を代表する哲学書を一冊だけ選べと言えば、大半の人が『存在と時間』を挙げるのではないだろうか。（中略）サルトルの『存在と無』などは及んだ影響の広がりから言えばもっと大きいかもしれないが、学問的評価という点では比較にもならない」&lt;br /&gt;（出典：『現象学』（木田元著：岩波新書）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マルティン・ハイデガーがはじめて哲学に目醒めたのは十八歳の時フッサールの先生、ブレンターノ（＊1）の本を読んだ時です。二十歳で南ドイツのフライブルク大学へ入学。二十三歳で卒業。普通の人ならそれから何年もかかるところを、翌年に、教授になるための論文を仕あげて合格。さらに、教授の資格をとるために、講義資格を得るための試験講義というものをやるのですが、これも同年に講義し合格。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1916年フライブルグ大学に教授としてフッサール（＊2）がやってきました。フッサールはハイデガーをたちまち気に入ってしまい弟子として、そして後継者として育てようと７年間現象学を叩き込みました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ところが1923年ハイデガーがマールブルグ大学の教授として招聘されると、ハイデガーはディルタイ（ドイツ哲学者）の『世界観の哲学』や『生の哲学』に関心を向けはじめました。その頃、マールスブルグ大学でハイデガーから教わっていた三木清（日本哲学者＊３）が羽仁五郎（日本哲学者＊４）に以下のような手紙を送っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ハイデッカーはフッサールのフェノメノロギーに残っている自然主義の傾向を離れて精神科学のフェノメノロギーをたてようとしているが、彼がこの方面でどれほど深く行っているかは別として、とにかく目論見は面白い。フッサールの『イデーン』よりも『論理学研究』の方を重く視る彼の考えも面白い。ハイデッガーはディルタイを尊敬し、私にもディルタイを根本的に勉強するように勧めている」（大正12年12月9日付）&lt;br /&gt;（出典：『現象学』（木田元著：岩波新書）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後継者ともくしていたフッサールはハイデッガーが離れていってしまうことに危惧を抱き、1927年の夏フッサールはハイデッガーをフライブルグへ呼び寄せ『大英百科事典』に光栄にも『現象学』という項目があらたにできるようなのでこの項目を共同執筆しようとしました。しかしながら師の温かいこの試みも、両人の意見の相違により頓挫する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フッサールは『超越論的現象学』を唱えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「フッサールは理念の衣（数学および数学的自然科学）こそが近代的意識にとってはもっとも根深い先入見であるが、超越論的現象学はこの先入見を排除することによって根源的な生活世界に立ち還り、そこから逆にこの理念の生成を開明しようというのである」（＊５）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方、ハイデッガーは『現存在』を唱えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人間的現存在に即して存在の真の意味を問おうとするには、なにはさておきまずこの現存在の実存、つまり「その存在をおのれの存在として存在しなくてはならない」という固有の在り方を分析し、しかも、浄化的反省とでもいうべきものによってそのもっとも本来的な在り方を浮かび上がらせなくてはならない。言いかえれば、われわれが「さしあたりたいていのばあい」そこで生きている「自然的態度」―ハイデガーはこれを「日常性」とよぶ（＊６）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまりハイデガーに言わせれば、『不安』という体験はフッサールの対象としては扱えない。&lt;br /&gt;つまり「世界があってこそ人間が存在しえる」のではなくて「人間という存在があってこそ世界がある」のではないかと唱えたのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フッサールのいう「世界を構成する主観を持った人間までが存在者でない」（*注1）とは言えないのではないか、むしろハイデガーは「他の存在と、人間的現存在のありかたがまったく異なっているということではないか」（*注2）と主張し『現存在』ということばを造りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結局、この師弟関係は噛み合わないままでしたが、ハイデガーは『存在と時間』を書き上げ、その本の冒頭にフッサールは献辞を捧げました。フッサールはフライブルク大学を停年で退職し後継者としてハイデガーを就任させました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、その２・３年後『存在と時間』を熟読したフッサールは現象学を歪めたものだと主張しハイデガーを批判しました（つづく）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（『文学部唯野教授』（筒井康隆著：岩波書店）より要約抜粋、一部改悪）&lt;br /&gt;（参考文献：『現象学』（木田元著：岩波新書）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（＊１）ブレンターノ&lt;br /&gt;「真面目な文学部唯野教授　第４講 現象学」（http://blog.so-net.ne.jp/soshu/2007-10-05）&lt;br /&gt;（＊２）フッサール&lt;br /&gt;「真面目な文学部唯野教授　第４講 現象学」（http://blog.so-net.ne.jp/soshu/2007-10-05）&lt;br /&gt;（＊３）三木清&lt;br /&gt;哲学者・評論家。京都大学哲学科で西田幾多郎に学んだ後、1912年ドイツに留学。1924年からハイデッガーのもとで研究した。『唯物史観と現代の意識』『構想力の論理』等。治安維持法違反の容疑で拘束され獄死。&lt;br /&gt;（＊４）羽仁五郎&lt;br /&gt;歴史家・評論家。ハイデルベルグ大学に入学。リッケルトンのもとで歴史学を学んだ。主著に、軍部の弾圧に抗して発表された『明治維新』『白石・諭吉』『ミケランジェロ』『都市の論理』&lt;br /&gt;（＊５）『現象学』（木田元著：岩波新書）61頁&lt;br /&gt;（＊６）『現象学』（木田元著：岩波新書）89頁&lt;br /&gt;（*注1）「ヨーロッパでの絶対ということは、Godがそうであるように、如何なるものにも依存しないものをいう。 その上、Godは哲学的絶対者であるだけでなく、きわめて能動的で、まず自分に似せて人間をつくっただけでなく、この世のすべてを創造した」という西欧の絶対の価値観（『文藝春秋』2006年1月号「司馬さんの予言」『この国のかたち』　二　「45　GとF」）&lt;br /&gt;（*注2）筆者の勝手な解釈なのだが、「如来」はすでに存在している世界をみとめた、という存在である」という観念に近いのではないかと解する（『文藝春秋刊』2006年1月号「司馬さんの予言」『この国のかたち』　二　「45　GとF」）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次回は「第５講　解釈学（後）」を割愛させていただきます。ご興味のある方は『文学部唯野教授』（筒井康隆著：岩波書店）（Ｐ159～Ｐ168）をお読み下さい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-839299944626295249?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/839299944626295249/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=839299944626295249' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/839299944626295249'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/839299944626295249'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/11/20000-5.html' title='真面目な文学部唯野教授 「第5講 解釈学」(前)'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-3946078074089356275</id><published>2007-11-01T11:00:00.000+09:00</published><updated>2007-12-21T04:10:54.797+09:00</updated><title type='text'>遠いアメリカ</title><content type='html'>８年前の記憶です。くだらない記憶ですがよろしければご覧ください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;===================================================================================&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;初春、日本から太平洋を横断してサンフランシスコに至るまで都立大学高専講師のＨ氏とその同僚某氏と同席した。何でもアラスカで開催される学会に出席されるとのことで父と同じ系列の学校の方だったので非常に話が弾んだ。延々と海がつづくなか十七時間後、雲間から整然と箱庭のようにつくられたサンフランシスコの街がようやく時折顔をみせた。何と美しい街か、と思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　霧で私がフライトを予定していた便が欠航するとのことだったので、前の便の空席に慌てて申し込んで荷物のカウンター・マンにその旨をつたえた。果たして荷物が届くのか不安だった。サンフランシスコ空港からセスナ機でシアトルに向かうと通路沿いの外国人が熱心に小説を読んでいた。私はといえばセスナ機が雲海に入っていくなかでいっそこのままセスナ機ごと爆発したらいい、というような心境だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　シアトル空港に着くと入国審査官（だと思う）のお姉さんが、いきなり子供をあやすように “　Ｗｅｌｃｏｍｅ　ｔｏ　Ｓｅａｔｔｌｅ” と言いながら笑顔をつくって私に向かって手を振ってきたのに驚かされた。その女性とはほぼ同じくらいの身長だったのだが、子供と間違われているのではないかと思いパスポートを出すと、案の定“Ｏｈ，Ｓｏｒｒｙ　Ｍｒ．”と言っていそいそとスタンプを押してくれた。とても２７歳には見えなかったのでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、空港の中でお婆さんに物を尋ねたとき、ついつい９０（ｎｉｎｅｔｙ）と１９（ｎｉｎｅｔｅｅｎ）をいい間違えてしまった。するとお婆さんは何度も、“ｎｉｎｅｔｅｅｎ、ｎｉｎｅｔｅｅｎ”と繰り返し私に練習をするように迫ってきた。その様子を見た黒人の警備員が「この人は外国人なんだから、そんなことさせなくてもいいんだよ」とお婆さんに言うと、お婆さんは「何言っているの若いうちからこういう訓練をしなければ云々」と口論を始めてしまった。&lt;br /&gt;すると、たちまち人だかりが出来てしまい私は“Ｔｈａｎｋ　ｙｏｕ　Ｍｒｓ．ｇｒａｎｄｍｏｔｈｅｒ．”と言い残して人だかりの中から消えた。とても２７歳には見えなかったのでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シアトル空港からスペース・ニードルまで行くバスに乗ろうとしたら、皆チケットらしきものをポケットから出して車掌に渡している。チケットなどあるはずもなく困っていたら、列の後ろの女の子が自分のチケットをちぎって私に渡すとそそくさとバスに乗り込んだ。&lt;br /&gt;バスのチケットをタダでもらったとあらば日本人としての沽券に関わると、くだんの少女を探し出しチケット代を払うと言ったら，“Ｎｏ．　Ｉ　ｇａｖｅ　ｙｏｕ　ｔｈｉｓ　ｔｉｃｋｅｔ．　Ｎｏ ｍｏｎｅｙ．”と言われた。アメリカというと犯罪と殺人の多発地帯と思い込んでいただけに、意外とアメリカ人ってのは優しくていい人が多いんだなぁと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後にシアトル郊外のスペース・ニードルを歩いていると、オバさん３人組が、私の方を指差して“Ｌｏｏｋ　ｔｈａｔ　Ｉｎｄｉａｎ！！‘’と街中で珍獣をみつけたような凄まじい勢いで叫んでいた。顔の色は白けれどイスラム系の彫の深い顔、されど身体的には脆弱な感じ。私は非常に珍しい種族だと思われたのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;バガボンド・インというホテルに宿泊した。３０分ほどするときちんとサンフランシスコから荷物が届いた。あらためてアメリカの流通産業の正確さに驚ろいた次第である。&lt;br /&gt;そこの裏道を散歩しようとしていたら、しきりと車のなかから小指を立てて男たちが手をあげる。ヒッチ・ハイクをしている人と勘違いされているのだろうか、とそのとき思っていたのだが、後で調べてみるとその場所は男娼が拾われる場所であったそうな（ちなみにシアトルは治安が全米で２番目によい）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;バガボンド・インをチェック・アウトすると黒人の親切なカウンターレディに”I owe you. You owe me.”と言われた。後ろにはギッシリ黒人の運送業者の方々がきちんと整列して並んでいて、「黒人は危険である」という認識も変わったし非常に簡素ではあるがたのしいホテルだったと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　次回、サンフランシスコ空港からセスナ機でシアトルに向かうと通路沿いの年の頃７０歳過ぎの外国人のお婆さんがナップサックに入れたおむすびのような食べ物を凄まじい勢いで食べていて私は驚愕した。私はこのときは体力的にも心理的にもぼろぼろで初回時のような清々しさがなかった。陰鬱な思い出ばかりである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　初秋、シアトル空港に着くと入国審査官にたどりつくまで長蛇の列。入国審査官のところにたどり着くのに３０～４０分かかった。「今夜何処へ泊まるのか？」と訊ねられて「スペース・ニードル」とこたえると「あなたは公園に泊まるのか？」と尋ねられたので「いや、ちゃんとホテルに泊まります」と答えた（私はスペース・ニードルの近くに泊まるのだ、と答えた。おそらく私の顔は白い顔ながらイスラム系の顔なので不法侵入者と間違えられたのでしょう）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　立派なホテルに泊まったのだが食事が口に合わない。しかたなくホテルのピザを頼んだ。すると長身のイタリア系のボーイが何故か必要以上に肛門を引き締め爪先立ってピザを運びに入ってきたので驚愕した。ピザは夕食だけでは食べきれなかったので３～４日そのままおいて置いた。するとチェック・アウトの際、ヒスパニック系のホテルマンが「二度と来るな」という態度で私の勘定を済ませた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　スペース・ニードルから歩いて市街地まで戻ろうとしたら、中国人の軽自動車に乗った中年の女性が「チャイニーズ・タウンに行くの？乗りなさい」と言ってくれた。私が少し躊躇していると向こうも私が中国人でないことに気がついたのだろう、「あ、この人違う」といった風情ですぐに去ってしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ながいながい小山のような坂を上り下るとそこは中華街だった。中国人・朝鮮人・日本人が共存してすんでいるのだが、最終的には雑然とした中華文明に飲みこまれてしまう。私の目的は日本人が初めて開いたという「宇和島屋」と言うショッピングセンターを見にいくことであったのだが、残念ながらその宇和島屋は日本ではどこにでもある小さなショッピング・センターに過ぎなかった。１９世紀にシアトルにたどりついた日本人なんて西洋人から疎外されて中華文明に吸収されてしまう、そんな存在だったんだ、と再認識した。キング・ドームに近づくと黒い皮のジャンパーに鎖を羽織った屈強そうな黒人が二人現れた。あわてて市内列車に乗りこんだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　再びながいながい坂を上ると、整然と茶色いタイルが敷きつめられたシアトルの魚市場に出る。防波堤の上に登って湾曲した港をながめていると吐く息が白いのに気がついた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（２００５年４月１６日（土）記、一部改善）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（後日譚）&lt;br /&gt;日本人はアメリカ人から見ると非常に若く見えるといいます。当時２７歳だった私も１０歳くらい年若に見えたのでしょう。アメリカ人の人から見れば、おそらくティーン・エイジャーの若者が空港に降り立ったようにみえたのでしょう。二回目にシアトルに行ったときは「顔はこころを顕すといいます」、ぼろぼろの心理状況でおそらく私は貧しい人にみえたのでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;個人的な理由により個人的な体験を綴るのは今回で止めさせていただきます。&lt;br /&gt;私は一介の素浪人ですので、個人的な体験を一切書いてはいけないのです。ご了承ください。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-3946078074089356275?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/3946078074089356275/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=3946078074089356275' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3946078074089356275'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/3946078074089356275'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/11/blog-post.html' title='遠いアメリカ'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-789936750781351243</id><published>2007-10-17T09:48:00.007+09:00</published><updated>2009-10-05T12:28:48.646+09:00</updated><title type='text'>『構造改革とは何か』（猪瀬直樹著：小学館）</title><content type='html'>姜尚中氏曰く&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「学生のなかには「先生、ニューヨークに行ったけれど、汚らしい街で、東京の方がきれいですよ。もうアメリカを追い越しましたね」と平気で言う人もいます。そのとき日本はもしかしてパックス・ジャポニカになるのではないかと思いました。人が無重力状態にいる、というか」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;東京の摩天楼を見ているとそんな感想を抱いてしまう人もいるかもしれません。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『構造改革とはなにか』を読むとその表面的な繁栄の膨大なツケをこれから年金や税金で払っていかなくてはならない、という事実に気付かされる。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;公的部門の債務は90年以降に膨大に増えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「バブル崩壊の後なのに何故？歳入が減ったからなのか？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という疑問が生じるのだが、事実はこういうところではなかろうか？公的部門はバブル時代にさらに経済は上向くと考えて右肩上がりの予算計画を立てて大型開発計画を建てて債券を大量に発行する。お役所は採算度外視で土木建設工事を予算どうり執行しようとして継続し続けた。その債券の償還費用が莫大なものになって90年以降大きな債務として顕在化した。さらに借金を増やしながら建設工事を続けようとした省庁に、2001年の構造改革でこれ以上の建築構造物はいらないということで小泉元首相と猪瀬氏がストップをかけた。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いわゆる「行政の事業化」を完全凍結し、「一般会計の財投化」を防いだ、いうことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一つ気付かされたのは、本丸は赤字で苦しい苦しい、と訴えて予算で莫大な補助金や給付金をいただいて、じつはちゃっかり本丸を取り囲む無数の膨大な数の櫓（＝子会社、ファミリー企業）は大いに儲かっている事実である。民間との競争もないからいわば無風地帯だ。しかも悪い事に、大蔵省、通産省、運輸省、農林水産省、建設省、郵政省等自分たちの省内のお仲間で割りのいい商売をやっていると言うんだからいただけない。民業圧迫というのも頷ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;単純に言えば&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「省庁も連結決算してみなさい、そうすればそんなに救いのないような状態ではない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということである。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小泉首相が&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「すべての特殊法人は廃止か民営化か」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と一喝し大蔵省、通産省、運輸省、農林水産省、建設省、郵政省に連なる無数のまたたく星のような数の特殊法人を一気に爆破させ民営化の道筋をつけたことには拍手喝采します。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一つ気付かされたのは、本丸は赤字で苦しい苦しい、と訴えて予算で莫大な補助金や給付金をいただいて、じつはちゃっかり本丸を取り囲む無数の膨大な数の櫓（＝子会社、ファミリー企業）は大いに儲かっている事実である。民間との競争もないからいわば無風地帯だ。しかも悪い事に、大蔵省、通産省、運輸省、農林水産省、建設業、郵政省等自分たちの省内のお仲間で割りのいい商売をやっていると言うんだからいただけない。民業圧迫というのも頷ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;単純に言えば&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「省庁も連結決算してみなさい、そうすればそんなに救いのないような状態ではない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということである。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小泉首相が&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「すべての特殊法人は廃止か民営化か」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と一喝し大蔵省、通産省、運輸省、農林水産省、建設省、郵政省に連なる無数のまたたく星のような数の特殊法人を一気に爆破させ民営化の道筋をつけたことには拍手喝采します。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　従来、「財政投融資の資金の原資がどう集められ、どう運用されるかについて、国民の関心は深いとはいえないし、また現行財政制度のもとでは国会の審議の正式な対象となっていないことは、問題だといってよい」（*1）&lt;br /&gt;とされてきましたし、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、「財投計画の編成と実施には、国会の審議権もあまり及ばない。このことは、それなりに理由があってそうなったのであるが、財投編成過程やひいては財投の機能などからみて、それでいいのかどうかあらためて検討しなおす問題をひそめているといわなければならない」(*2）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という性質を持つ不透明な財政投融資について充分な審議がなされないまま破壊してしまったことに一抹の不安をおぼえます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この大規模な爆破はせめて特殊法人廃止後の二次工事にすべきではなかったか。そんな思いもします。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;西南戦争の際、熊本城の天守閣が吹っ飛んだとき民衆は、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「天守閣まで壊す奴がいるかい」と慨嘆したそうですが、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今の私は「グラットストンがつくった郵便事業を壊す奴があるかい。橋本内閣の金融ビックバンの後みたいにならなきゃいいけど、と思ったら事務処理の方は民間人が入ってきてトヨタのカンバン方式で混乱をおさめた。これには驚いた」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という心境です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それにしても、10年前にこのことに気が付き、すさまじい取材力と自ら陣頭指揮にたって国難を救った猪瀬直樹氏に敬礼。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（*1）（*2）『財政投融資』（遠藤湘吉著：岩波新書）による&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;林業に興味の或る方は、『自然学の展開』（今西錦司：講談社学術文庫）をお読みください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（後日譚）&lt;br /&gt;会計検査院の資料及よびその他の資料をめぐって、故石井紘基議員及よびその関係者がまきこまれた事件を思いだしてください。私は政治やあらゆる物事に物見遊参で立ち入るのは避けています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-789936750781351243?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/789936750781351243/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=789936750781351243' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/789936750781351243'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/789936750781351243'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/10/blog-post_17.html' title='『構造改革とは何か』（猪瀬直樹著：小学館）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-9104893393480034247</id><published>2007-10-07T06:08:00.001+09:00</published><updated>2008-09-25T13:26:16.847+09:00</updated><title type='text'>ノスタルジー一般教養</title><content type='html'>　私の学生時代は第三次べビーブームの時代で大学も暫定措置として定員枠を増やしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その結果、一般教養の必修科目になるとまさにマスプロ教育そのもので大教室に400人やら500人が収容されるという事態が起こり、まともに先生の声が聞こえない状態でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな状態だから、学生も授業中に大学の長いすで寝る奴はいるわポップコーンをむさぼり食う奴はいるは、ひどい人になるとサークルの仲間内で勝手なおしゃべりを始めたりするわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのなかで「宗教学」を担当していた森田先生という人が考え出したのは「諸君はかくかくしかじかの日に出席して試験さえ受ければ単位をやる」としたわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私も単位さえ取れればいいと思っていたので、指定された日に授業に出てみると&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「今から配布する紙に学部と学籍番号を記入して箱の中に入れなさい」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と言い、なんとその先生自ら400人から500人いる学生たちに白い切符大の紙を1枚1枚丁寧に生徒に直接手渡していったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;老教授は「君たちの期待するものに対して私のできることはこれくらいのことです」といいたかったに違いありません。つまり学問をもって対価とすることができ得ない（＝つまり、学生に学習意欲がない）から、400枚から500枚の紙片を誠意をもって配るしかない、という訳です。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-9104893393480034247?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/9104893393480034247/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=9104893393480034247' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/9104893393480034247'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/9104893393480034247'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/10/blog-post.html' title='ノスタルジー一般教養'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-1504347771100831169</id><published>2007-10-05T22:12:00.001+09:00</published><updated>2007-11-07T16:37:20.190+09:00</updated><title type='text'>真面目な文学部唯野教授 「第4講 現象学」</title><content type='html'>「アロンは自分のコップを指して＜＜ほらね、君が現象学者だったらこのカクテルについて語れるんだよ、そしてそれは哲学なんだ！＞＞&lt;br /&gt;サルトルは感動で青ざめた。ほとんど青ざめた、といってよい。それはかれが長いあいだ望んでいたこととぴったりしていた。つまり事物について語ること、彼が触れるがままの事物を、・・・・・そしてそれが哲学であることを望んでいたのである」&lt;br /&gt;サルトルがはじめて現象学と出会ったときの情景を、シモーヌ・ドゥ・ボーヴァールが『女ざかり』の中でこう描いてみせている。1932年、ベルリンのフランス学院で歴史の論文を準備しながらフッサールを研究していたレーモン・アロンがパリに帰省し、モンパルナスのとあるキャフェでサルトルやボーヴォワールと一夕を過ごした折の話である。&lt;br /&gt;（出典：『現象学』（木田元著：岩波新書）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第一次大戦中の前からイデオロギー危機だといわれていてヨーロッパではあらゆる価値が根底から揺さぶられていました。哲学は実証主義と主観主義に分裂し、若者は何を信じてよいのかわからなくなっていました。そこへ現れたのが現象学だったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現象学の主唱者、フッサール（ドイツ哲学者）とはどんな人だったのでしょうか。フッサールがゲッチンゲン大学やフライブルグ大学で講義をしたところ、最初はギッシリだった教室にだんだん空席が目立ちはじめて、最後は誰もいなくなったといいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このフッサールの講義の様子を「フライブルグ詣」に出掛けた田辺元、高橋里美、九鬼周造、三宅剛一のうち高橋里美（日本哲学者）が次のように記しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「彼の講義が諄々として説いては倦まざるの程度を遥かに通り越して、恰も回転する車輪の如くに、此の時間も、次の時間も、またその次の時間も、幾回となく同じ様な事を倦まず墝まず反覆し、一週四時間の講義が一学期もかかって、ほんの「現象学的還元」を漸くにして終わるだろうといふことは、誰が想像し得ようか」（フッセルの事）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この現象学は、ジャン＝ポール・サルトル（フランス哲学者作家）の『存在と無』に大きな影響を与え、西田幾多郎（日本哲学者）も明治四十四年にフッサールを紹介しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フッサールの弟子ハイデガー（ドイツ哲学者）は『解釈学的現象学』をあらたに始め、『存在と時間』を著しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この思想が流行したのは敗戦後、面白いことに第一世代のＳＦ作家が若い頃によく読まれています。筒井康隆氏然り、小松左京氏はフッサールの『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』を大学ノートに全部書き写したといいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それではフッサールの「現象学」とはどのようなものだったのでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フッサールは哲学とは、人を感心させる体験や知識の多さとか、ひとを感動させる心の広さや深さ、ひとを驚かせるあたらしい視点とか思考だとか、そんなものじゃないんじゃないか、と考えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんなことよりも、ものをありのままに見る能力とか、考え方の筋道をきちんとたどる能力を学ぶべきではないかと考えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;普通の人間は自分の生きているこの世界は、ちゃんとそこに存在しているし、わたしたちが見たり読んだり聞いたりしているその世界についての情報は、だいたいにおいて正しいという考え方をもっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながらフッサールはこうした『自然的な態度』というのがまず問題であると考えました。そういうものをすべてカッコの中へ入れて横に置いておけと言いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何故そんなことをするのかというと、必ずしも人間の意識するものは実在するとは限らないからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、大きな翼をつけた男が「田中です」と現れて挨拶をしてあなたの頭上を羽ばたいて去ってゆく。こんな事ありえませんよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に、あなたが会社の採用面接で応募書類を見てみると、そのなかに「原民喜」という名前を見つけたとします。文学好きなあなたは広島の原爆詩人、黒い丸眼鏡を掛けた原民喜を思い浮かべる。そして何故か、遠藤周作さんが少女との映画を見に行く約束を破ると、原民喜が現れて「キミガ、アノヒトヲオイテキボリニスルダロウトオモッタカラ、ミニキタンダ」と咎める哀しいエピソードを思い出したりもする。上司から「おい君」と言われてわれに返る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一のように実在しないものを意識したり、ニのように意識を意識できるのは、フッサールの先生、ブレンターノ（ドイツ哲学者）曰く「内部知覚」によると言われています（対義語：「外部知覚」＝ものがそこにあるのを意識すること）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フッサールの言っている意識とは何か。それは『純粋意識』だといいます。つまり主観なんてものがあると思ってはいけない。それはただそこにあると信じているだけのことであって、人間が誰でも持っている、眼に見えるものを信じようとする根本的な力、フッサールの言葉でいうと『原信憑』が働いているからである。&lt;br /&gt;だからこそすべてを、その働きの外へ置け、即ち『カッコでくくって』しまえというわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これが現象学的なものの見方をする第一歩、つまり『判断中止』です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながらそんなことをすれば、はっきりと理解できるものとか、自信をもってこれは何なにだと言って断言できるものが、何ひとつなくなってしまいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フッサールは、その通り。何かについて確かなことがわかるなんてものは、ひとつもないんだ、と言います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、たとえそうであっても、意識に直接訴えかけてくるものがあるのなら、それがどんなものかはわかる筈だとフッサールは言います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本来、意識というものはごちゃごちゃの筈です。ところがフッサールはこれは経験主義に毒された考え方だと言います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;われわれには赤い色は見えているし、今聞こえてくる音も聞こえてくる。われわれはそこでもって色と音との本質的な区別を直観的にとらえているではないか、こう主張します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その直観的にとらえたものが色や音のイデアまたは形相（エイドス）だと言います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、あるひとつの物事には時間的空間的なもの、歴史や場所といった、その物事にくっついて想像してしまうようなごちゃごちゃしたものやたらにある。それを全部とっぱらってしまえということです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうして得たものこそが純粋意識だ、先験的主観性だというわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すべての現実は、現実そのものとしてではなく、自分の意識のなかだけにある純粋な現象として扱うべきだといいます。これを『現象学的還元』といいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり現象学は、純粋現象の科学だというわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、そのごちゃごちゃしたものを除去してどうするか。今度はそのひとつひとつのものごとを想像力の中でいろいろに変化させて見て、最後にそのなかから絶対不変なものを発見するという作業をおこないます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうやって出てきたものが本質、つまりは形相（エイドス）というわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この現象学から最も影響を受けたのはジョルジェ・プーレ（フランス批評家）、ジャン・スタロビンスキイ（スイス批評家）、ジャン・ルーセ（フランス批評家）、ジャン＝ピエール・リシャーレ（フランス批評家）等のジュネーブ学派で、作品にあらわれている作者の純粋意識だけに注目するべきだといいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;テーマや文体、イメージや言語、そういった部分をばらばらに研究して、それが全体へどうつながるかに注意して、そのつなげていく本質こそが作者の精神だ、と判断しました。つまりその作家がものを体験したり認識したりするそのしかたを見つけるというのが現象学的批評のやり方となりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この現象学的批評は公正でなければならないという考えから、作品を消極的に受け入れて、（＝作家の思想、作品の歴史的視座、作品のなかに流れるある考え方まで『判断停止』（＝排除する）その作品の精神的な本質だけを純粋に記述してゆく。これが批評であると考えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまりその作家がものを体験したり認識したりするそのしかたを見つけるというのが現象学的批評のやり方となりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり現象学的批評は公正でなければならないという考えから、作品を消極的に受け入れて（＝作家の思想、作品の歴史的視座、作品のなかに流れるある考え方まで排除する）その作品の精神的な本質だけを純粋に記述してゆく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば遠藤周作の『侍』を批評する際に、遠藤周作がカトリックの作家であるとか、石田殿のお国から派遣された田中、長谷倉、西の３人がローマ法王パウルス５世陛下と本当に会うことができたのだろうかとか、そもそもベラスコというマニラやノベスパニア（メキシコ）に交易を求めるエスパニア人宣教師が存在したのか、など余計なことを考えずに作品の精神的な本質だけを純粋に読んで記述する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これが批評であると考えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（『文学部唯野教授』（筒井康隆著：岩波書店）より要約抜粋、一部改悪）&lt;br /&gt;（参考文献：『現象学』（木田元著：岩波新書）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次回は「第5講　解釈学」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（後日譚）読めもしないのに、アマゾンの古本店で『現象学』を購入しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本を開けてみると薄い鉛筆で見事な傍線、囲い、重要事項には丸がつけてありました。左利きの人なのか何故か傍線が左に引かれています。そして欄外にはその頁を読んだ日付と時刻が几帳面に書かれていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;おそらく哲学の学究の方が刻まれたものだと思いますが、その几帳面さと精密さに思わず背筋が寒くなりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ひとつ例にとってみると、Ｐ140 ‘03.4.25. 7.24AM、Ｐ141 8:58ａｍ、1ページを読まれてあれこれと思惟なさるうちに一時間半というときが流れ去っていったのでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　素晴らしい古本にめぐりあえたことに感謝します。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1504347771100831169?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1504347771100831169/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1504347771100831169' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1504347771100831169'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1504347771100831169'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/10/4.html' title='真面目な文学部唯野教授 「第4講 現象学」'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-7074605244933684218</id><published>2007-10-01T16:27:00.003+09:00</published><updated>2009-06-07T15:19:41.212+09:00</updated><title type='text'>日本の米国病からの処方箋（財政）</title><content type='html'>（1）小さな政府と所得再配分　－これ以上の行政のスリム化は必要か－&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2006年7月、ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）（＊1）は日本に対して「日本は異様な格差社会になっている」という経済審査報告書を提出しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ジニ係数（所得や資産の分配の不平等度をしめす数値）がすでにＯＥＣＤの平均以上になっているだけでなく、相対的貧困率が先進国の中で最も悪いアメリカに肉薄している」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「とくに、子どものいる家族の相対的貧困率は、アメリカをすでに抜いている。さらに独り親（母子家庭）相対的貧困率は、アメリカを大幅に抜いて突出している」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらにＯＥＣＤは、格差拡大は労働市場が二極化していることにもとづいている、と指摘しているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり労働市場が砂時計型に二つに分かれてしまっていて、この二極化している労働市場（フルタイムとパートタイム）の賃金格差があまりにもひどすぎると指摘しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このような事実を踏まえて、まず私たちが考えなければいけないのは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「政府が再配分をやめて、すべて市場にまかせればいいという方向を選ぶのか、そうでない方向を選ぶのか」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;です。つまり、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（a）小さな政府というスローガンのもとこれ以上公的部門をスリム化してゆくのが妥当か否か、という選択肢です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらに言えば、少子高齢化という緊急事態を迎えるにあたって、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（ｂ）ヨーロッパ諸国のように所得再配分機能を高めるため、大きな政府に回帰すべきではないか、という選択肢もあり得ます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もともと、日本の財政の所得再配分機能（＊2）は先進国のなかでいちばん小さいといえるほど小さいのです。国民負担率（＝国民所得に対する税金の割合）の割合でいくと、以下の通りです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;国民負担率：日本37.7、アメリカ31.8、イギリス47.1、ドイツ53.3、フランス60.9、スウェーデン71.0&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、大きな政府に回帰すれば税金の負担率が大幅に増加します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;したがって、租税負担率の低いアメリカのように「所得が少なければ、税も少なくていい。そのかわり自己責任で生きていってください」から、租税負担率の高いスウェーデンのような「貧しい人も税を負担してください。そのかわりおたがい助けあって生きていきましょう」 という社会に変わります。&lt;br /&gt;.&lt;br /&gt;ヨーロッパでは財政が所得再配分していることでは限界が生じていると考え、新しい労働市場に誰でも（＝家庭で労働してきた女性も、さまざまな障害を持っている人も）参加できるシステムをつくっています。教育によりあたらしく変わっている労働市場への参加保障を、財政による公共サービスの提供によっておこなうことを考えています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（2）貧弱な公的サービス（育児サービス・高齢者福祉サービス）拡充のためにどのような意思決定危機関が望ましいか&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本はスウェーデンやドイツ、フランスなどのヨーロッパの国々と比べて、年金や医療保険は半分以上の数値になっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「政策分野別社会支出」（対国民所得比）&lt;br /&gt;医療保険等：日本7.65、アメリカ7.39、イギリス7.3、ドイツ10.51、フランス10.06、スウェーデン9.3&lt;br /&gt;年金等：日本8.2、アメリカ6.35、イギリス13.17、ドイツ14.98、フランス14.85、スウェーデン13.14&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さらに、児童手当と高齢者福祉サービスの数値は極度に低くなっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「政策分野別社会支出」（対国民所得比）&lt;br /&gt;育児サービス等：日本0.35、アメリカ0.35、イギリス0.64、ドイツ1.08、フランス1.75、スウェーデン2.63&lt;br /&gt;高齢者福祉サービス等：日本0.42、アメリカ0.06、イギリス1.05、ドイツ1.01、フランス1.75、スウェーデン2.63&lt;br /&gt;児童手当：日本0.28、アメリカ0.28、イギリス2.24、ドイツ2.75、フランス2.15、スウェーデン2.28&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今までの日本は、中央政府が補助金や指令を出して地方自治体に仕事をやらせていました。しかし、国民レベル（＝中央政府レベル）で意思決定をすると、産業政策（＝道路網や港湾網の整備等）に結びつくことが多く、サービス産業の時代に必要とされている相互扶助的な公共サービスに結びつかないことが多いのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中央政府主導の産業政策は過去の「農業基盤整備事業」（＊３）「農道空港」（＊４）「港湾整備事業」政策などの失敗からみてわかるように、かつての土木事業による所得再配分は時代に適合していないことは明らかです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これからは、地域住民が自分たちの家族や地域社会でできないことを、地方自治体で共同の意思決定のもとにやるということが必要です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;国民はまず地域の住民として、隣人たちといっしょに政府をつくり、その隣人たちの政府の集まりとして一つの国家というものが出来上がっている、という形にしなければならない筈です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;市町村にできないことは道府県が、道府県にできないことは国がと、意思決定をする公共空間をいくつも分離させておくことが必要です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、神野先生及び鈴木武雄先生が唱導しておられる「地方共同体が共同発行できる地方金融公庫（＝地方自治体が共同出資で銀行を設立し、そのプールしたお金を担保として資金繰りが苦しい自治体が地方債を発行する）」の設立も地方分権には欠かせない要素であると考えます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：『財政のしくみがわかる本』神野直彦著：岩波ジュニア新書より要約抜粋、一部改悪）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に佐高信氏と姜尚中氏の対談「民営化イコール善はおかしい」から、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;姜　「現在アメリカでは医療保険を受けられない子どもたちが約400万人いるんです。大人も含めると4,000万人以上かな」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;佐高　「自助努力と政治家が言うのは政治家の自己否定なんですよね。自助努力で物事が成れば国家はいらない。自分たちで自分たちをいらない、と言っている矛盾に全然気付かない。一人でやれるなら国はいらない、税金を払う必要もないよ、という話なんですね」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;姜　「それが「公」が無くなるということだと思います。アメリカでは、私企業が「公」的なもので儲けられる構造になっている。刑務所も私企業化され、私企業がそこをまかなうと企業秘密になる」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（出典：『日本論』（佐高信・姜尚中著：角川文庫より要約抜粋、一部改悪）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;参考文献：&lt;br /&gt;『ＲＥ－ＢＯＯＴ』（大前研一著：ＰＨＰ研究所）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（＊１）ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）&lt;br /&gt;1961年9月発効。ヨーロッパ経済協力機構（ＯＥＥＣ）に代わって経済の安定成長と発展途上国援助の促進、貿易の拡大自由化を目的とする国際協力機関。先進国クラブともいう。&lt;br /&gt;（＊２）所得再配分&lt;br /&gt;豊かな人に重く税金をかけ、貧しい人には現金を給付して国民の所得の格差を小さく平等な社会にする。&lt;br /&gt;（＊３）農業基盤整備事業&lt;br /&gt;農水省管轄の公共事業。農道や排水路など農業設備を整備する事業。15年間で45兆円以上使われたが、新しい農地を使う人がなく失敗に終わった。&lt;br /&gt;（＊４）農道空港&lt;br /&gt;新鮮な野菜を市場に運ぶのが目的で各地に作られたが、あまり使われていない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-7074605244933684218?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/7074605244933684218/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=7074605244933684218' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7074605244933684218'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7074605244933684218'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/10/17000.html' title='日本の米国病からの処方箋（財政）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-333912630629403778</id><published>2007-09-26T02:37:00.002+09:00</published><updated>2008-05-29T22:50:41.714+09:00</updated><title type='text'>真面目な文学部唯野教授 「第3講 ロシア・フォルマリズム」</title><content type='html'>夜中になるとわたしと女は道路を眺める。&lt;br /&gt;象が通るかも知れないからだ。&lt;br /&gt;「一億年前には」と神奈川新聞に書いてあった。「ここに象がいた」&lt;br /&gt;象たちが帰ってくるとしたら、きっと人目につかない夜中にちがいないというのが女の説なのだ。&lt;br /&gt;　まだ象は現れない。やつらが通りかかったら起こして、とことづけて女はねむってしまった。&lt;br /&gt;　象は通らないが伊藤整の「日本文壇史」ならいつも歩きまわっている。ベレー帽を目深にかぶり、マスクをし、軍手をはめ、首からは双眼鏡、尻のポケットには懐中電灯。&lt;br /&gt;　わたしは一九八〇年代の深夜に伊藤整の「日本文壇史」がそんな格好でラブ・ホテルの周りを徘徊する理由を考えてみた。&lt;br /&gt;　もしかしたら、やつは死に場所をさがしているのかもしれない。&lt;br /&gt;　ビールを飲みたくなって精神病院から脱走した伊藤整の「日本文壇史」。長く生きすぎた。もう死にたいよ。ビールはまだか？　そして、何かの拍子に、自分自身のページをめくってしまった。ハンカチと自分をとり違えてしまったのだ。何だこれは？あっ、おれか。&lt;br /&gt;（『虹の彼方に』（高橋源一郎著：新潮文庫より引用抜粋）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（フォルマリズムとは何か）&lt;br /&gt;内容はよくわからない、けれどもなんとなく文学的な雰囲気を醸し出していることがわかるから不思議な気分に襲われる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こういったことばのことをロシア・フォルマリストたちは『異化』と呼んでいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;われわれが普段、なんの気なしに使っている日常のことば、つまり『みなさん、わたしの講義録はご自身のお手元に配られていますか』『わたしの予約した席はあいていますか』だとか『この新しい歯ブラシは誰のものだ』とか『風呂をわかしてくれ』『ビールを一杯くれ』『とっとと食器を片付けろ』『オラァ先に寝るよ』など、慢性的に、誰もが使って使い古されて手垢がついた言葉を表現の一つとして使うと、新鮮味に欠け、読者に対するインパクトがたいへん鈍くなります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フォリマリストはこれらの言葉を『自動化された』と呼びます。そんな日常用語を、ちょっとした、あるいは徹底した文学的な技巧でもって、異質なものに変えてしまうこと、これを『異化』といいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただことばを変えるだけでなく、その言葉をもって日常の見なれた住みなれた世界までも、突然見なれないものに変えてしまって、安心していられないものにしてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これが要するに『異化効果を持っている』ということになります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ロシア・フォルマリストの代表ローマン・ヤコブソン（ロシア・アメリカ言語学者）の言うところの『日常言語への組織的暴力行為』です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ロシア・フォルマリズムの活動は1910年代からで、いちばん華麗だったのは1920年代、スターリンに弾圧されるまで続きます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中心になったのは、既出のヤコブソンのほか、ヴィクトル・シクロフスキイ（ソヴィエト文芸批評家）、ユーリイ・トゥイニャーノフ（ソヴィエト作家批評家）、トマシェフスキー、ブリーク、エイヘンバウム、プロップ、ヴィノグラードフなどが挙げられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（フォルマリズムの主張）&lt;br /&gt;フォルマリズムは言語学を文学の研究に応用したもので、文学の内容ではなく文学の形式の面を重くみました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フォルマリズムは、文学作品を、言語の技法が組み合わさったものだと考えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この技法の例を二つ挙げると、クライマックスがやってきそうでやってこない状態をつくりだして読者を緊迫した苛立たしい状態にもってゆく『遅延』。&lt;br /&gt;あるいは、話が面白くなってきたときにその話からいったん逸れて別の話をして、改めて本編がどれだけ面白いかを再確認させてくれる技巧を『妨害』があります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このフォルマリズムの代表作とされるのがローレンス・スターン（イギリス小説家）の『トリストラム・シャンディ』という小説があります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまりフォルマリズムとは、このように日常なんの気なしに経験していることを、言語の技法でもって、現実をびっくりするほど新鮮なものに変えてしまうのが文学だ、と主張しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、文学を作っているのは言葉であって、作者が何を言おうとしているのかを読み取ろうとするのは間違っていると主張しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1930年代になって社会主義リアリズムが全盛をむかえ、マキシム・ゴーリキー（ソヴィエト作家）、ニコライ・オストロフクキイ（ソヴィエト小説家）、イリア・エレンブルグ（ソヴィエト小説家）、ミハエル・アレクサンドロヴィチ・ショーロフ（ソヴィエト小説家）などが共産党と国民を結びつけようとする文学をたくさん書いていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その中にあって小説の内容を軽視したフォルマリズムは弾圧を受けました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スターリン（＊1）から睨まれたロシア・フォルマリズムの面々は20年代の終わりからあちこちへ亡命して、アメリカへ亡命した連中が新批評（ニュークリティシズム）（＊2）に影響をあたえ、フランスに亡命した連中が構造主義（＊3）に影響をあたえ、やがて60年代後半から再評価されはじめました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（フォルマリズムの限界）&lt;br /&gt;フォルマリズムへの疑問は、それでは小説を日常言語で書いてはいけないのか、という疑問です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;耽美派の作品にも日常言語は頻繁に使われていますし、逆に古典的な作品に使われている言葉が現代人であるわれわれに異様な印象を与えたとしても、その当時の日常言語である筈です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、小説の最初から最後まで、異化された言葉で書かれた小説があれば読者は疲れてしまうでしょうし、異化効果もなくなってしまいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;異化効果を高めるのならば、むしろ日常言語の中へ異質な非慣習的な言葉（＝例えば業界用語、その業界でしか使われない隠語）を挟みこんだ方が効果は上がる訳です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、田舎の中で標準語を使っている青年がいれば、その異質性がくっきりと浮かび上がることでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最終的な結論を言えば、異化効果を持っているかどうかをわれわれに教えてくれるのは言語ではなく文脈（コンテクスト）の中でとらえられると言うことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;したがって、フォルマリズムは小説を研究するためにあるのではなく、詩を研究するために用いられるものであるといえます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（『文学部唯野教授』（筒井康隆著：岩波書店）より要約抜粋、一部改悪）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（＊1）1930年代初めからその死の53年まで独裁を続けた。その歴史的役割と評価についても、非人間的・反社会主義・反マルキシズムなどの全面否定論から、“誤りはあったが偉大な社会主義者”とする立場まである。&lt;br /&gt;（＊2）「真面目な文学部唯野教授 第2講 新批評」参照&lt;br /&gt;（http://blog.so-net.ne.jp/soshu/2007-08-27）&lt;br /&gt;（＊3）「第8講 構造主義」に譲る&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次回は第４回「現象学」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;===========================================================&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お陰さまで「爽秋の春風駘蕩ならざる日々」が100号を迎えることができました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小生は生来何事にも飽きっぽく継続することが苦手で、造っては止め造っては止める、という行為を人生において何度も繰り返してきました。しかしながら、今回は9ヶ月ものあいだ連載を続けることができ、無事100号を迎えることができました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当初は会社に缶詰状態で視野狭窄になりがちな自分を戒めるため、就寝前の3時間と土曜、日曜に読んだ新書の備忘録としてこのブログを綴りはじめました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アクセス数が増えるにつれ、次第にわたしのつたない随筆や読書感想文が、子どもや学生の知的好奇心をひきだすきっかけとなり、忙しいサラリーマンの方々の読書選択のひとつの指標となりうるのではないかと考え、回をかさね、現在に至ります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-333912630629403778?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/333912630629403778/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=333912630629403778' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/333912630629403778'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/333912630629403778'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/09/3.html' title='真面目な文学部唯野教授 「第3講 ロシア・フォルマリズム」'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-4529384356392148713</id><published>2007-09-19T15:40:00.004+09:00</published><updated>2009-10-05T12:33:57.657+09:00</updated><title type='text'>日本の米国病からの処方箋（金融）</title><content type='html'>会社のリストラには、大幅な人員削減だけでなく、残った従業員の格下げも含まれる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ホワイトカラーの労働市場は、その日の仕事を求めて日雇い労務者が集まる職業安定所の様相を呈していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ジャスト・イン・タイム」方式、つまり「必要な時に必要なだけ」という調達システムが、人間にも当てはまる時代なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（中略）キャリア志向の若者は、会社に頼らず独自の将来設計を考えた方がいい、と諭される。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;他社からの誘いがあったり、今の会社から解雇されたりしても慌てないですむよう、いろいろな経験を積んだり、外部にコネを作っておくべきだ、というのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これから就職する若者へのアドバイスは、どんな勤め口も臨時のものと思え、ということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ついこの間まで、会社は社員にとって家族のようなものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;移り変わりの激しい非情な社会にあって、確かな支えとなってくれる存在だった。よい仕事には収入よりも大切なものがあった。アイデンティティの源であり、長期的な価値のある人間関係の源でもあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（中略）ホワイーカラーの中流家庭のクレイグ・ミラーは、トランスワールド航空の板金工として働き、組合にも加入していた。時給は15ドル65セント（円相場120円と仮定すると1,878円）で年収は36,000ドル（円相場120円と仮定して4,320,000円以上）あった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ガレージには二台の車、庭にはブランコがあり、アメリカンドリームを絵に描いたような中流家庭だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしミラーは、1992年の夏に突然解雇された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今はマクドナルドのカウンター係とスクールバスの運転手をかけもちし、副業でボイラーのフィルター交換もやっている。スクールバスの仕事を終えて帰宅するのは午後五時だ。急いで夕食をすませると、妻は子どもの世話を夫に任せ、六時から深夜までトイザラスで在庫整理をする。彼女は、週に一日、夫と同じマクドナルドで働いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これらの収入を全部合わせても、18,000ドル（円相場120円と仮定して2,160,000円）にしかならない。将来の見通しは真っ暗だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ミラーと同時にトランスワールド航空から解雇された同僚の一人は、時給6ドル以上（円相場120円と仮定して720円）の仕事を見つけることができず、三十九歳で両親の家へ戻り、結婚や子どもを諦めることになった。別の同僚は管理人の仕事をしている。トランスワールド航空の組合によると、解雇された数百人のうち10人以上が自殺しているという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まるで、大恐慌時代を彷彿とさせる話だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これでも昔ながらの指標に従えば「経済は安定している」ということになっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どれだけの金を生み出したかによって成否が決まる経済システムでは、人間は非効率の主因とされて、次々と切り捨てられていく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;金を動かす機関が世界を支配すれば、人間よりも金を重視するようになるのは避けられない。私たちは今、金に生活を搾取されつつあると言っていいだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これほど徹底的に人間の営みを倒錯されるシステムを受け入れるのは、集団的自滅へ向かう狂気以外の何ものでもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（『グローバル経済という怪物』（デビット・コーテン著：西川潤監訳、桜井文訳より抜粋要約、シュプリンガーフェアクラーク東京）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;金融ビックバンにともなう新会計基準の導入（退職給付会計等）、これにともなう団塊の世代を中心とした大量失業者および失われた世代（＝就職超氷河期時代の文系の子弟）の発生。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;団塊の世代および失われた世代の救済策としての新規公開企業の乱立、その結果としてあらわれた富裕層と貧困層の大きな格差。起業公開の礼賛によって、有名企業のブランドの屋台骨をきちんと支える人間がいなくなり 林檎の芯のように有名企業のブランドが崩れた。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　株式公開で濡れ手に粟の大金を手にした会社の幹部は社員の育成をおこたり、金銭面の格差だけでなく、人材の能力格差も生んでしまいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;橋本治氏曰く「欲望を我慢することとは現在に抗する力である」。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;セイの法則（＝市場に供給した商品はすべて消化される）が機能を止めたと言いますが、現在の商品供給力を維持したまま、富裕層が昔ながらの質素な生活をおくり我慢することができれば、どれほどの多くの人々の命が救われ、世代間の格差（＝コミュニケーションおよびテクノロジー面の）を解消することが出来るかを考えてしまいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どなたか統計資料を使って現在の全世界の生産能力で、贅沢をつつしめばどれくらい日本人の生活水準が下がるかを証明していただきたいものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本は裕福な国です。これ以上の余分な需要の喚起は危険であると考えます。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-4529384356392148713?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/4529384356392148713/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=4529384356392148713' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4529384356392148713'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4529384356392148713'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/09/16000.html' title='日本の米国病からの処方箋（金融）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-2218663833690648450</id><published>2007-08-27T22:53:00.001+09:00</published><updated>2007-08-27T22:55:33.555+09:00</updated><title type='text'>真面目な文学部唯野教授 「第2講 新批評」</title><content type='html'>1920年代に貴族的な批評に反対して、ケンブリッジ大学にスクリューティニー（吟味）派という派閥が生まれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;リーダーはリーヴィス（イギリス批評家）を中心とする地方のプチ・ブルジョア、つまり中産階級の人が多く参加して文学運動を始めました。1932年には『スクルーティニー』という批評誌もできました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このスクリューティニー派は文学作品を解剖するのは人間のからだを切り刻むのと同じ行為だからというこれまでの禁忌（タブー）を破壊して、チョーサー（イギリス詩人）、シェイクスピア（イギリス劇作家・詩人）、ワーズワース（イギリス詩人）の作品を綿密に分析しはじめました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;同じケンブリッジで哲学を教えていたヴィトゲンシュタイン（オーストリア哲学）が「君ね、君のやっている文学批評ね、あれ、やめなさい。すぐ、やめなさい」と言ったという逸話があります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この派閥は美学理論中心の閉鎖的な批評に反対して、歴史や心理学や文化人類学などを交えて分析を始めました。やがてその活動は資本主義を否定し経済共産主義を肯定するなど急進的（ラディカル）なものになり、英文学が学問の中で最も至上なものである、という認識に達しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「何故、文学を読むのか」という問いに対して、リービスは「本を読むといい人間になれる」という主張をしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼らが支持した文学作品は炭鉱夫の息子であったＤ・Ｈ・ロレンス（イギリス作家詩人）の『チャタレイ夫人の恋人』等、階級意識と調和して創り出された『生（ライフ）』（＝この派閥の造語）が見えるものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、この批評は「小説のここだけ注意を向けなさい」と読者に限定を促したり、肝心な『生（ライフ）』の定義が曖昧であった、という欠点がありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結果、このリービスはケンブリッジの英文学批評とアメリカの新批評（ニュークリティシズム）の橋わたしをしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;リービスが批評を思想にしたのと対照的に、リチャーズ（イギリス批評家）は数字で計ることのできる行動心理学を持ち込んで批評を科学にしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この手法がアメリカに伝播すると南部の伝統主義者、ジョン・クロウ・ランサム（アメリカ批評家詩人）が詩こそが文学の世界をあるがままに受け入れる姿勢をわれわれにおしえてくれる、と主張しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜならば、詩は文学作品ほど長くなく詳細に分析しやすいからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「緊張」「矛盾」「両価性（アンビバレンス）」などの言葉を用いて科学的合理主義の真似事をしはじめたわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうした事によって英文学は既存の学問（アカデミズム）の体系の中に組み込むことが可能になりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、新批評（ニュークリティシズム）は詩を作者からも読者からも解き放つなどといって、現実の社会や歴史からも切り離してしまいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;文学は否応なく人間に背負わされた国家や人類や民族、いわゆる種を失うことなしには成立しません。しかるに、新批評（ニュークリティシズム）はそういったものを抜きにして科学的に普遍化してしまった、という反省があるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（『文学部唯野教授』（筒井康隆著：岩波書店）より要約抜粋、一部改悪）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次回は「第3講　ロシア・フォルマリズム」&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-2218663833690648450?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/2218663833690648450/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=2218663833690648450' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2218663833690648450'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2218663833690648450'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/2_27.html' title='真面目な文学部唯野教授 「第2講 新批評」'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-9186968061846356643</id><published>2007-08-26T13:01:00.001+09:00</published><updated>2007-09-17T13:50:55.929+09:00</updated><title type='text'>真面目な文学部唯野教授 「第１講 印象批評」</title><content type='html'>昔、文芸批評というものはありませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;詩や戯曲はありましたが小説そのものがなかったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;17世紀後半から、デフォー（イギリス）、リチャードソン（イギリス）、フィールディング（イギリス）、オースティン（イギリス）、ジェームス（アメリカ）等の作家が出てきて、それにともなって文芸批評も萌芽してきたのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、ようやく20世紀末、イギリスのケンブリッジ大学に英文学の講座が設置されることになりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それまで文学というものは、上流階級のパーティーのサロンやダイニング・ルームなどの社交場で語られるものであって、学問ではない、ととらえる雰囲気がありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところがアーノルド（イギリス批評家）が「中産階級にも教養を」と主張をしはじめて英文学が学問として陽の目をみることになったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは労働者階級の共産化を防止するため、という政治的側面もあったようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;設立当初は王立諮問委員会の答申書『文学と教育』にあるように、女性と学校教師にしかなれないような二流、三流の男子を対象にした学問であったようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのころ批評の中心となっていたのは、そもそもは詩や絵を論じるために用いられてきた美学理論で象徴（シンボル）と呼ばれ、カントやヘーゲル、シラーの流れを汲むと言われます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一つの批評の仕方は、経験主義（＝具体的事実の感性的経験こそが認識の前提であるとする哲学）から出てきた印象批評という手法です。&lt;br /&gt;その中で、エリオット（イギリス詩人・批評家）が伝統主義というものを唱え出して、一流の文学作品というものが集って自然に理想的な秩序を生みだす（つまり、この系統から外れる文学はイカンという考え方）という認識をつくりだしました。権威主義とも呼ばれます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;またエンプソン（イギリス詩人・批評家）は常識派（コモンセンス）の代表として、良識や道徳などの庶民的な感覚を土台にして、小説のニュアンスを解釈し作者がどういうつもりでこの作品を書いたかを説明する批評家もいました。しかし、批評家の常識と言うものは主観的なものに過ぎず、神様並みの常識を持っていないと印象批評は難しいとされています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近ではベイリー（イギリス批評家）が、批評は小説を切り刻んで分析せず、どっぷり詩的経験に身を浸し、味わうものだと主張しています。これは日本の本居宣長、小林秀雄にも通ずることで本居宣長流に言い換えれば『されば、緒の言は、その然云う本の意を考へんよりは、古人の用ひたりということを、よく明らめを知るを、要とすべし』（＝直接本から受けた印象や意味を解読するよりも、筆者が属する特定の歴史的、社会的状況をよく理解して読みなさい）ということを主張しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後にこういった批評に対しての大江健三郎氏の言葉&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『文学理論は必要です。銓衡委員の根拠なしの、あいまい批評にさらされているわが国の作家たちには、文学理論にたつ批評がなされるほど望ましい話はないはずです。気分次第で賞めたり叱ったりする親ほど教育的でないように、あいまい批評が若い作家を育てうるとは思いません』&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（『文学部唯野教授』（筒井康隆著：岩波書店）より要約抜粋、一部改悪）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次回は「第2講　新批評」&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-9186968061846356643?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/9186968061846356643/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=9186968061846356643' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/9186968061846356643'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/9186968061846356643'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/blog-post_26.html' title='真面目な文学部唯野教授 「第１講 印象批評」'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/331030932395367961/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=331030932395367961' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/331030932395367961'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/331030932395367961'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/blog-post_25.html' title='ゆっくりいこうよ'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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/&gt;「天下や国家のために身を挺して努めるという責任感とプライド」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「行動的禁欲」とよばれる地位や名誉、金銭に対する欲望をすべて抑えて、目標達成のために全身全霊を捧げ（デディケート）、注ぎ込むことが出来るという性質です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;精神的な貴族と言った方が早いかもしれません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シューペンターは、このような精神的な貴族がいたからこそ国を統べることができ、資本主義は健全な発展を遂げる事ができた、と言うのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　日本の幕末も同じようなものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小室先生の記述をそのままぬきだしますと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「「官僚化した中級武士や上級武士も然り。彼らは自らの立場や特権に胡坐をかき、すっかり怠け者になって仕舞っていた。欲得の権化と化し、ノブレス・オブリュージュも、向学心も、行動的禁欲も持ち合わせていなかった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「禄高百石以下の下級武士と言うが、革新の担い手となったのは下級も下級、最下級の武士達である。生活は貧しかったが、彼らにはブライドが在った。自分達が国家の柱石であるというプライド。我が事として国の行く末を案じ、いざとなれば総てを投げ打って心身を奉ずるという高い志。加えて彼らには教養が在った」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;高齢化社会にともない、人生８掛け（年齢に０．８を掛けると、人生５０年の時代の年齢に相応する）の時代と言われます（注1）「痩せ馬の先走り」」（憐れむべし痩馬の史。白首誰が為にか雄んなる)という諺もあります、ロングランの人生、あきらめずに歩んでいきたいものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;われわれは物質的に貧しくとも、ヨーロッパのジェントリーやヨーマンに負けないよう精神的な貴族になるべく傘貼り仕事をしながらでも日本人としての矜持を失わないようにしたいものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（注1.浅田次郎氏「週刊文春」コラムより&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6741256631174099427?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6741256631174099427/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6741256631174099427' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6741256631174099427'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6741256631174099427'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/2.html' title='近代資本主義に関する箴言（2）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-4494923678096064014</id><published>2007-08-24T16:43:00.000+09:00</published><updated>2007-10-18T17:32:27.364+09:00</updated><title type='text'>近代資本主義に関する箴言（1）</title><content type='html'>先日、本ブログに経済哲学についてコメントがあったため、自分の書いたコメントに誤りがないか確かめるために、急いで『経済学をめぐる巨匠』（小室直樹著：ダイヤモンド社）という本を読みました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その中に興味深い理論がありましたので紹介させていただきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シュンペーターの「資本主義はその成功故に滅びる」という言葉です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;近代資本主義は「私有財産制」と「自由契約制」という前提によって成り立ち、絶え間ない革新によって発達してゆきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、アントレプレナーが大企業の官僚的経営者に変り、巨大企業の所有者が単なる株券の所有者になってしまうことによって&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「当事者意識がどんどん希薄になってゆく」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という現象が起こるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;元来、企業家というものは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「自分の工場およびその支配のために、経済的、肉体的、あるいは政治的にたたかい、必要とあらばそれを枕に討ち死にしようとするほどの意志」（シュンペーター『資本主義・社会主義・民主主義』東洋経済新報社ニニ一頁）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;がなければ務まらない仕事なのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;官僚的経営者は、事業に対する欲求よりもステイタスにひかれて経営を受託し、自分は法律にのっとって会社の所有者から経営を委託されている代理人に過ぎない、と割り切って企業の利害と個人的な利害とを天秤にかけて行動します（＝革新性の欠如）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、官僚的経営者は、創業者が会社の財産の増減に自己の財産の増減と同じように一喜一憂するといった感覚、事業イコール自分自身の投影といったかたちでの心理的な興奮や快感をおぼえることはないでしょう（＝事業の私有財産権に対する心理的な関与の希薄化）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;会社の契約も自分がマイホームのローンを締結するように主体的かつ自主的に判断し締結することは、ありえません。会社の経営者から出される命令とそれまでの慣習にしたがって締結されます（＝契約者の主体性の欠如と制限および束縛）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;会社の所有者たる株主も、株券の価値が上がるか否かに関心があるのであって、個人の利害を超えてまで会社にコミットメントすることはあり得ないでしょう（評論家の関岡英之氏は吉川元忠氏との対談『国富消尽』の中で「会社の所有者は株主である」というのは法律上の誤謬である、とまで断じています）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、会社が公的なものになるにつれて、参加者個人の当事者意識が希薄化し、公（おほやけ）のモノという意識が、責任の所在をかえって曖昧模糊なものとし、結局、大規模な事業体のおこなったことに対して誰も責任をとらないという、構造になる訳です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小室直樹先生は以下のように嘆じられています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「このように近代資本主義の後期時代には、セイの法則（＝市場に供給した商品はすべて消化される）が機能を止め、レッセ・フェール（自由放任）が資源の最適配分を停止する事に依って、所有権に対する意識も根本的に変わる。&lt;br /&gt;それと共に、私的所有権の絶対性と抽象性も、契約絶対性の思想も意味を大きく変化する事にならざるを得ない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは、ケインズ政策（＝政府が市場に介入し需要を創出する）の台頭によって近代資本主義の前提である私有財産制度が急速に失われつつあることに注意を喚起されたものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;サッチャー政権もレーガン政権も共に「古典派」（＝アダム・スミスを始祖とする自由放任の理論）はじめとする理論に基づき経済政策をおこないましたが大失敗、結局「ケインズ政策」によって経済状況が劇的に改善しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;イギリスの首相、ロイド・ジョージに絶賛されたヒトラーのアウトバーン建設や、ルーズベルトのニューディール政策もケインズ経済学に基づいておこなわれました。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ルーズベルトのニューディール政策に伴う諸法案などは、経済活動の自由、私有財産の絶対性に抵触するということで、連邦最高裁によって片っ端から違憲とされた、という逸話があります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小室先生は、近代資本主義の前提である「私有財産制度」を再考することが今後の資本主義の貴重な出発点になるであろう、という言葉を残して本稿を終えられています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（免責事項）&lt;br /&gt;このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-4494923678096064014?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/4494923678096064014/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=4494923678096064014' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4494923678096064014'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4494923678096064014'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/1.html' title='近代資本主義に関する箴言（1）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-2440495557061379637</id><published>2007-08-23T02:07:00.000+09:00</published><updated>2007-08-23T06:48:01.284+09:00</updated><title type='text'>少子化は大人のエゴに問題あり　　「竹村衒一のああいっぺん言うてみたかった」</title><content type='html'>これも過去の雑文集からの抜粋です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;脳学者、茂木健一郎氏の「クオリア日記」にトラックバックを貼らせていただいたこの記事です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この記事を掲載したブログは既に廃止しております。再掲いたしますのでよろしければ、ご一読ください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;========================================================  &lt;br /&gt;だいたいやね。少子化、少子化いうけれども、国土面積に比べて人口の過剰な日本にはエエことかもしれないと思っとるわけですわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これはエライ旧い資料やけれども、２００１年のＰａｒｉｓ　Ｔｉｍｅｓ　Ｓｑｕａｒｅに掲載されとる論文やけれども、「現在、日本では世帯数が４千４百万に対して住宅数は５千万戸ある」ゆうわけやね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまりは住宅の数が世帯数を上回っているので、どんな家か選ばなければ誰でも家に住むことができるわけやね。住宅需要が減り、土地や家の値段が下がって誰もが安くマイホームが手に入るようになるわけやね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に厳しい受験勉強をしなくても、多くの人が希望の学校に入ることができる。これも、少し問題があるけれども、まあエエことや。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に一人っ子同士が結婚したら、夫婦は両方の親から遺産を相続できるわけやね。遺産欲しさに高齢者を毒殺するような馬鹿者が出てくるかもしれんけれども、まあ今の希望を失なっとる青年に「お金の心配はせんでエエよ」いえるからまあエエことや。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ、問題なのは女性の社会進出に伴って「子供はいらん」いう夫婦があるとか、仕事が忙しゅうて嫁さんを選んどる暇がない、適当に相手を選んだら性格が会わへんかったゆうて離婚する夫婦が増えとることですわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;東京都に至っては全国で一番低い１．０３ゆう出生率なわけやね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まあ、エリート層（まあ、職場から必要とされて引っ張りダコの人やね）の出生率が低いゆうのは、どこの国でもあることで、１９世紀のアメリカでは、ＷＡＳＰ女性の解放が進み、離婚率上昇と出生率低下が顕在化し、統計によると、１８７０年代のハーヴァード卒業生４０～５０代の３分の１が独身、セヴン・シスターズ・カレッジ（ＷＡＳＰの有名女子大学）卒業生の内、既婚者は４０パーセントだったそうなんです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現代の少子化問題に相通じる問題ですわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私がいいたいのはこういう人たちに、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あいつは俺よりもはよ出世したから頑張らんぁあかんとか、隣はエエ暮らししとるから共稼ぎしてもっと贅沢なエエ暮らししたいとか、そんな自分のエゴを捨てて、脈々と続いてきたご先祖さまに感謝して、自分の遺伝子を次世代に運ぶことに力を入れなさい」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いうことやね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分の出世が多少遅れても、自分らは自転車に乗ってお買い物でも「自分には自分のポリシーがある」ゆうて信念を貫くことですわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある先生（長田高校の社会科の先生やけれども）と話しとったんやけれども１０代のこどもの時間は３０代の大人の３倍重要やゆう意見で一致した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ほんまに大事な訳ですわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本は村社会の名残があって、あいつが出世したら俺もならばなあかんとか、お隣が立派な家具を購入したからウチも購入したいとかそんな横並び意識があるわけやね。そんな人には、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;欲望は際限がないのやから「足るを知る」いう言葉を奉げたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結婚相手にも過剰な期待をしないことやね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫婦ゆうのは長い時間かけて共有した時間が大切なんですわ。お互い違う価値観をもっとるゆうのは当たり前で、徐々に時間をかけて夫婦間でアジャストしていくわけですわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アインシュタインが、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「結婚とは恋愛という一時的な感情を長く持続させようとする努力である」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ゆうとるわけやけれども、僕は「モーレツ」「デリーシャス」に続いて“Ｌｉｆｅｓｔｌｙｌｅ　Ｓｕｐｅｒｐｏｗｅｒ“（生活大国）目指して、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ビューティフォー」（感嘆詞、その人の生き方に感嘆して発する言葉）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いう言葉を提唱したいね。&lt;br /&gt;（２００６年４月２３日記）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-2440495557061379637?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/2440495557061379637/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=2440495557061379637' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2440495557061379637'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2440495557061379637'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/blog-post_7258.html' title='少子化は大人のエゴに問題あり　　「竹村衒一のああいっぺん言うてみたかった」'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-48817357728439550</id><published>2007-08-11T19:34:00.000+09:00</published><updated>2007-11-25T17:50:34.838+09:00</updated><title type='text'>ＮＨＫ　大河ドラマ「武蔵」について考える</title><content type='html'>　これも過去の雑文集からの抜粋です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かつて大河ドラマは、ＮＨＫのプロデューサーが時代状況を読んで、その時代に適したメッセージをおくるものだ、という幻想を抱いていた事があります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そんな幻想を抱いていた時に書いた一文です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;==========================================================&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;○ 異質テーマの大河ドラマ &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　’80年代の後半、ＮＨＫの人気アナウンサーであった鈴木健二氏の著書、「気くばりのすすめ」が未曾有のベストセラーになったことがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカのレーガン政権が「双子の赤字」に苦しむのを横目に、日本経済が快進撃を続けていた頃の話である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時の日本は、年功序列、終身雇用、系列システムといった企業の組織的な結束力の強さを武器に、国際経済競争に打ち勝っていました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　鈴木氏の著書がベストセラーになったのも、「集団組織による相互協力こそ最高の美徳」といった価値観に対する関心の高さの表れではなかったろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ＮＨＫの大河ドラマは、「徳川家康」や「武田信玄」を放映し、一人の卓越した人物を神輿にすえて、部下は耐えがたきを耐え忍びがたきをしのび組織一丸となって頑張ろう、といった集団主義を礼賛するメッセージが背景にあったように思われる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかしながら、日本経済が不況で企業業績は悪化し、リストラを余儀なくされると、主君の仇を志を同じくする集団で討つ赤穂浪士を描いた「元禄繚乱」や一族で骨肉の争いを繰り広げた「北条時宗」など、「組織内闘争のすすめ」に、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あるいは、戦国の下克上の時代を抜け目なく生き抜いた「毛利元就」や「前田利家」をとりあげ、「目くばりのすすめ」的なメッセージに変容していった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、今回の大河ドラマの主人公は、孤高の剣術士である宮本武蔵である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とうとう集団主義のすきな日本人も、先の見通しのたたない長期の経済不況には全くのお手上げ状態で、もはや組織を当てにしないで各々おもいおもいに生きてくれという、「個人主義のすすめ」というメッセージを発したような気がする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　大河ドラマとしては、やや異質なメッセージなのではないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;○ 武蔵の「国際性」と「野生の思考」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「宮本武蔵」は戦前・戦中に活躍した大衆文学の大家、吉川英治の代表作である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　当初、新聞の連載小説として始まった「宮本武蔵」はたちまち評判となり、「武蔵」を読むためだけに新聞を購読する人が殺到するなど、一大国民的ブームを巻き起こした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小説「武蔵」の魅力は、何といっても剣術だけでなく、本阿弥光悦や烏丸光広など風流人との交流や禅の道を希求する瞑想的な哲学者として沢庵和尚や愚堂禅師との問答など、人生の永遠の求道者としての姿である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一介の漂泊の剣士にすぎない武蔵は、広い精神世界とその人格に対する畏敬の念から、さまざまな人々を引き付ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　当時、将棋に行き詰まり自殺まで考えた升田九段が『宮本武蔵』を読んで自殺を思い止まった、というエピソードもあるそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「武蔵」人気は国内だけにとどまらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　小説「宮本武蔵」は、当時、経済大国として台頭してきた「日の出づる国」に対する関心もあいまってアメリカで初版2万部を売り切ったのを皮切りに、英語圏内の諸国、フランス、フィンランド、ドイツで翻訳され出版された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　特にフランスでは、上巻「石と刀」と下巻「円明」合わせて13万部も売れているという。吉川英治はユゴー、デュマ、バルザックといった大作家と対比されて論じられ、武蔵はダルタニアンになぞらえているそうである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ミッテラン大統領も、サミットに同席した橋本元首相に「武蔵は右利きだったのか、左利きだったのか」と尋ねた、というエピソードもあるほどである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　思えば、戦後の日本経済は、個人の異質性の排除とともに発展してきました。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　日本は戦後経済の奇跡的な高度成長によって、国民に将来予測が可能で、計画的に生きることのできる安定した社会システムを供与してきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、われわれは経済的安定という切符と引き換えに、無機的でからっぽの日常をおくることを何の疑いもなく受け入れてきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;戦前の日本人が国民総動員法によって軍国主義に全面的に協力してきたのと同様に、戦後の日本人は明日の勝利を信じて、日本株式会社に何の疑いもなく全エネルギーを投入してきたともいえます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、人間とは本来武蔵のように、先の見通しのきかない霧の中で、ただ明日の糧のために、今日を必死に生きるという生き物ではなかっただろうか。やや異質な大河ドラマをみつつそう思った。&lt;br /&gt;（２００３年５月３日記）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;(参考文献：『ＮＨＫドラマ・ガイド 宮本武蔵』（昭和五十九年四月十日　第一刷発行：編集・発行人藤井根和夫：発行所　日本放送出版協会）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（後日譚）&lt;br /&gt;サラリーマンは日曜日の夜に大河ドラマを観て月曜日出勤するのだから、大河ドラマを前日みた人は多かれ少なかれ、その影響を受けてしまうものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回の大河ドラマ、井上靖原作の『風林火山』ほど、組織の人々を疑心暗鬼に陥らせるものはないのでないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんとなく、日本はホッブスの言う、自然状態、「万人の万人に対する闘争」に入っているのではないか、と思わず勘ぐってしまいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;普段はお荷物扱いされている窓際族と称される老人がじつは隠れて人事評価をおこなっているのではないか、とか、途中転職してきたが信頼してつかってきた部下が、じつはライバル会社のスパイとしておくりこまれてきたのではないか、とか誤った謀略視点に基づいてサラリーマンが行動してしまうのではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな面白い幻想を抱いてしまいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;山本勘助のような人物が戦国に現実に存在していたのなら、あっという間に殺されてしまった事でしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が推測するに「山本勘助」という名前は、武田方からがはなたれた交渉人が必ず名乗る「デス・マスク的名称」ではないかと思いますが、如何でしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人々がこれ以上、疑心暗鬼に陥らないよう「これはあくまでもお芝居です」、というエンド・クレジットを入れるべきではないだろうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-48817357728439550?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/48817357728439550/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=48817357728439550' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/48817357728439550'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/48817357728439550'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/blog-post_11.html' title='ＮＨＫ　大河ドラマ「武蔵」について考える'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-8560491692340058428</id><published>2007-08-10T21:28:00.002+09:00</published><updated>2009-10-05T12:21:35.611+09:00</updated><title type='text'>哲学者ジョージ・ソロスとクォンタムファンド　～　「再帰性理論」　～　（後）</title><content type='html'>哲学者ジョージ・ソロスの挫折&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ソロス氏は、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスを卒業後、装身具メーカーに見習社員として入社、その後、シティの金融街に転じるも会計係、金の裁定相場を扱う部署、本社の事務要員を転々とし、業績もパッとしなかったソロス氏はニューヨークのウオール街に活躍の場を移します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウォール街で国際裁定取引を任されたソロス氏は、欧州向けの石油関連株の販売で頭角をあらわし、やがて外国証券アナリストとして絶頂期を迎えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかしながら、ニューヨークでの幸福な時期も長続きせず、東京海上のＡＤＲ証券の販売時期の認識をめぐって役員と対立し、やがて仕事の裁量権を縮小されたソロス氏は、3年もの間ビジネスそっちのけで、ロンドン大学時代に齧った認識哲学の学位論文の執筆に没頭してしまったそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後、会社を移籍し本来のビジネスの世界に戻ってきたソロス氏は小さなアメリカ株の投資ファンドの運用を始め、軌道にのりはじめた７年後にクォンタムファンドという自ら独立した会社でファンドの運用を始めることになります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ソロス氏の哲学理論&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;以前、価値研究家のＨ氏とお話したところ、「株式相場とは結局、人々の意識の塊の総和を数値化したものではないか」という意見で一致しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間が、風説やデマ、人々の根拠のない期待等の誤った情報に基づいて投資をおこなえば、株式市場は「歪んだ意識の流れの塊」を形成し、競馬の馬券と同じような博打にちかい、不健全なものとなります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、堀江貴文氏のように突然あらわれた時代の寵児が、あたかも名伯楽のように崇められ、氏が思いつきで発言したことがマスコミ等の媒体を通じ大衆に伝えられ、その影響が市場に甚大な影響を与えるとすれば、これ以上危険なものはありません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（日本の株式相場はその意味で欧米に比べまだ未成熟ではないか、という処でもＨ氏と意見が一致しました）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方、株式投資をおこなうものがみな、正しい情報を与えられ、企業業績をきちんと読みこなして投資をおこなえば、株式相場は「企業活動を適切に反映した意識の塊」となり、適切なところに資金が流れ、不適切なところの水は枯れる、ことになります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、人間、神でもない限り完全な情報を与えられ、それに基づいて適切な投資が出来るとは考えられません。それが、投資するもの全員が、となれば、なおさら難しいことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういった環境の中、ソロス氏の投資哲学の根幹をなすのは「私は誤りを犯しやすい」という認識である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼は自らの投資スタンスを過信しない。彼は、常に自らのスタンスが間違えているのではないか、という不安を持ちつづけているがゆえに、市場の状況に敏感でいられ、かつ自らの投資判断のミスを他人よりもいち早く気が付くことができるといいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、ソロス哲学のもうひとつの一翼を担うのが「再帰性」という概念です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この「再帰性」の理論を筆者なりの見解で述べさせていただければ、「再帰性」とはいわば「木霊（反響：エコー）」のようなものではないかと考えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人は山頂に登って並びゆく山脈に向かって「ヤッホー」と叫ぶ。しかしながら、跳ね返ってくるその声はその人の発した声には違いないが、山々の反響によって微妙にもとの音とは異なる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、現実社会が変わることによって、人々は自らの認識する世界観を変えます。与えられた原始情報に何らかの偏りが加わり、原始情報がさまざまなメディアの意図によって歪められる。こういった現象が三重、四重になってかえって実像を覆い隠してしまう。こういった現象によって、「事実」と「人々が認識する事実」とは徐々に乖離してゆくのではないかと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人々が認識している現実は必ずしも、本当の現実とは一致していない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また人間には、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人々は自分が認識している現実に固執し続ける癖があり、そのため現実に起こっている事象に対して素直に対応できない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という性質もあるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このように「人々が認識している現実」と「現実」とのあいだに大きな乖離が生じてしまうことになり、日本のバブル崩壊の時ように、その僅かな株式相場に関する人々の認識の時間差を利用して、大きな利潤を得たのが、ジョージ・ソロス率いるクォンタム・ファンドであったといえます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かつての「土地神話」のように、万人が万人当たり前だと思っている理論的枠組み（＝パラダイム）や前提、を疑い、時代の変化を読み取る臭覚が、ジョージ・ソロス氏は格段に優れていたといえましょう。&lt;br /&gt;（２００１年６月９日記）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（後日譚）　&lt;br /&gt;最近の企業の投資ファンドの目論見書をみると、従来の債権・株式だけでなく、コモディテイという商品も組み入れられていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コモディティとは、商品相場らしく鉱物資源や、大豆、砂糖、綿花等、個々の商品の需給関係に基づいて相場が形成されていくものらしいのですが、そんな沢山の指標があるなかで一般の人々が適切な情報を得ることができ、適切な投資ができうるのでしょうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、地球温暖化に伴い、途上国の二酸化炭素排出する権利を、先進国が買いとるというビジネスが国際的に起こりつつあるそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;株式相場をする人はいろいろな手段で２４時間、あらゆる国際情報を収集し、吟味しなければなりません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は証券投資をしません。そういった時間が無駄のように感じるからです。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-8560491692340058428?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/8560491692340058428/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=8560491692340058428' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8560491692340058428'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8560491692340058428'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/blog-post_10.html' title='哲学者ジョージ・ソロスとクォンタムファンド　～　「再帰性理論」　～　（後）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6697600615053263153</id><published>2007-08-10T19:16:00.003+09:00</published><updated>2009-10-05T12:30:36.726+09:00</updated><title type='text'>哲学者ジョージ・ソロスとクォンタムファンド　～　「開かれた社会」　～　（前）</title><content type='html'>小生は夏季休暇中で特に何も書こうと思っていないのですが、何故かアクセス数だけが大幅に増加しています。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　特に、前回の「ジャパン・ナッシングの到来？」や「キングダム・オブ・ヘブン」等は、小生の感覚からすると失敗作で、ブログの履歴から削除したいような衝動に駆られるものですが、何故かアクセス数が高いのです（？）　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　読者の要望に答えるのが、ブロガーの責務であると考えますので、過去の雑文を掘り起こして再び掲載させていただきます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;１０年前、八木博氏が連載されていた「週刊シリコンバレー情報」の主筆休暇中に寄稿（紙面を汚させていただいた、と言った方が妥当ではないかと思います）、『ジョージ・ソロス』』（七賢出版）についての書評を掲載させていただきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ソロス・オン・ソロス」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１９９５年、ポンド危機に「イングランド銀行を破綻させた男」、アジア通貨危機にはマハティールに「禿げ鷹」と呼ばれたソロス氏が「ソロス・オン・ソロス」という著書を刊行しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その際、多くの日本人はこの本に対して、「利殖のノウハウを知ることのできる本」、あるいは「世界的投資家がデマゴーグに用いようとしている本」等といった単純な誤解、あるいはネガティブな評価をこの本にくだしていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　 しかしながら、筆者が読んだところ、この著書はソロス氏の投資理論よりむしろ、その思想が形成されていったソロス氏の人生背景ならびに青春期の人格形成、人生哲学、そして東欧社会に対する「開かれた社会」のための社会貢献活動に関する記述を中心に構成されており、前出の日本人のとらえ方とは全く異なる、投資家とは離れたジョージ・ソロスの人物像がくっきり浮かび上がります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　本稿は彼の国際的投資家というより、むしろ知られざるソロス氏の哲学理論や、彼の究極的な目標である「開かれた社会」を構築するための社会貢献活動に焦点を当てて述べさせていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;国際的慈善家、ジョージ・ソロス&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ソロス・オン・ソロス」を開いてみて、まず驚くのはソロス氏の略歴です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず冒頭に、「国際的慈善活動家」とある。そして、自らの財団による社会貢献活動の実績が列記され、最後の4分の1がソロス氏の「国際投資家」としての顔、すなわちクォンタム・ファンドの実績が記述されています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;われわれがソロス氏に対して抱いているイメージとはおおよそ掛け離れたソロス氏の顔がみえてきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ソロス氏の父親と人格形成&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ソロス氏の父親はユダヤ系のハンガリー人で弁護士。第一次大戦に参戦し、中尉にまで昇進するも、ロシア戦線で捕虜となりシベリアの収容所に送られます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、収容キャンプの捕虜の代表となったが、脱走した捕虜の見せしめに代表が射殺されるのをみて、大工や医師、コックなどの技術者を募って収容所を脱出。まずは筏をくんで北極海沿いに、その後は大陸を横断して、苦心惨憺の末にハンガリーに舞い戻ります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後、第二次大戦に入りドイツ軍によるハンガリー占領が起こります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その際、ソロス氏の父親は、この状況下で法律に従う習慣は危険だと判断し、実行に移しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ドイツ軍がハンガリーを占領する前に、家財道具を売り払い、家族のために偽造の身分証明書を作成し、隠れ家を用意し、周囲の何十人という人間の命を救った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この難局を無事に乗りきったソロス氏の父親は、「俺の財産（Capital)は、頭（ラテン語で Capital）の中にある」といいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　時にソロス氏は14歳。後にソロス氏はホロコーストのこの時期を、「私の人生で一番エキサイティングで幸福な時期」と語っています。　&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;　　　 &lt;br /&gt;東欧社会に対する貢献活動&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ソロス氏はロンドン・スクール・オブ・エコノミックス時代に、哲学者カール・ポパーの「閉ざされた社会と開かれた社会」という思想の薫陶を受けていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、その思想を具現化すべく、クォンタム・ファンドが軌道に乗り出した１９８０年、「閉ざされた社会」を開き「開かれた社会」を活性化する目的で、ソロス財団（オープン・ソサエティ・ファンド）を設立しました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;設立当初、オープン・ソサエティ・ファンドは「開かれた社会」のために命を賭けて戦っている、ポーランドの「連帯」、チェコソロバキアの「憲章77」、サハロフ博士の反体制運動など東欧の反体制勢力と呼ばれる団体に、複写機を提供するという活動を開始しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　やがて複写機の普及によって、「開かれた社会」という共産党のイデオロギーと反する、もう一つの概念が存在することに気が付いた東欧の人々のあいだに民主主義の概念が燎原の火の如く広がり、やがてその活動が東欧革命となります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、オープン・ソサエティ・ファンドは政治活動のみならず、教育活動にも力を入れており、１９９０年にはブタペスト、プラハ、ワルシャワなどの東欧の都市に大学院レベルの教育課程を備えたセントラル・ヨーロピアン大学を創設しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「最高の価値が無価値になるということ。目標が欠けている。「何ゆえに生きるという」ことに対する答えが欠けている」、ニヒリズムの時代にあって、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;筆者はソロス氏にとって「金儲け（錬金術）」は、「開かれた社会」という目的のための手段であって、本人にとっての「何ゆえに」への答えは「開かれた社会への貢献」なのではないか、と考えるのであるが、いかがなものであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（２００１年５月２７日記）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6697600615053263153?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6697600615053263153/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6697600615053263153' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6697600615053263153'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6697600615053263153'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/blog-post.html' title='哲学者ジョージ・ソロスとクォンタムファンド　～　「開かれた社会」　～　（前）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-5008254490240802088</id><published>2007-08-09T12:34:00.005+09:00</published><updated>2009-10-05T12:04:41.835+09:00</updated><title type='text'>ジャパン・ナッシングの到来？　日本は米中の実験国に成り下がるしかないのか</title><content type='html'>　竹村健一氏の主宰する、「ワールド・ワイド竹村」「視点」（2007.08.08.刊 ）、「日本の未来を担うリーダー」を読んで驚愕した。 （http://ww-takemura.com/fr_siten_1_t.html）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカの大学で博士号を取得する学生の数が「日本80人に対して中国は2000人」だと云う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;考えるにこの差は、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（1.　中国人にとって英語は吸収しやすい言語である　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　中国語と英語は語順が一緒で、日本人が最も苦手とする発音にかけても中国人は日本人よりも長けている&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　よって、中国人は英語に対して親和性が高く、日本人よりも吸収力が高く、英語の学習能力について一日の長がある&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（2.　日本人のハングリー精神の欠如 （＝知識欲の欠乏）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　戦時中は書物の携帯は厳罰ものだったため、教室から駆り出された学徒たちは動員先の工場で、最前線の特攻機地の片隅で、ひそかに忍ばせた文庫本が寸暇を惜しんでむさぼり読んだそうである。&lt;br /&gt;また戦後、河上肇氏が『貧乏物語』を発刊した頃、発刊を待ちきれない労働者をはじめとする民衆が列をなしてその本を買い求めようとしたといいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　活字に飢えて知識欲旺盛だった時代に比べ、今の若者は必要最小限度の知識欲しか持ち合わせていないように思います&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（3.　日本はこれまで博士号取得者を上手に活用できなかった&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;　　　よって「博士号取得者といっても社会で役に立たないじゃないか」との批判が巻き起こり、公費が出なくなり、私費学生が多くなった　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;が原因として挙げられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカは国籍がどこであれ、優秀な人材が集えば、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そこがアメリカの素晴らしいところなのだ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と胸を張って、優秀な人材の求心力となる自分の国家と、招かれてきたその優秀な人材を褒めたたえます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカの西海岸には、日本のような偏狭なナショナリズムはありません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いづれ近い未来、中国国籍の優秀な学生がアメリカの政治・経済の重要なポジションを占め、日本は蚊帳の外に置かれてしまうことでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、竹村氏のコラムによると、博士号を取得した中国人で帰国を望むのは1割程度であるといいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは、中国人学生が言論統制が存在し、自由がなく、民主主義が根づかず、行動にさまざまな制約のある中国社会に戻ることを嫌がっているためでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これから考えられるのは、中国は人材を呼び戻すために自由化をさらに推し進め、優秀な学生を中国に戻ってきてもらうために、中国政府はアメリカに渡った中国人学生をパイプ役として、アメリカ主導のもとで米中の絆を深めることに尽力することが予測されます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では仮に、ジャパン・ナッシングとなった場合、日本のこれからの役割はどのようになるか、というと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『日本の選択』（ビル・エモット、ピーター・タスカ共著）で、「かつてはジャパン・バッシング、１５年前はジャパン・パッシング、これからはジャパン・ナッシングにならないように気を付けてください」との警告があったが、そうならないように、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;韓国が今現在、ＩＴの実験国家（インターネット投票・株式の大衆化等）となっているように、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世界で最も先駆的で画期的な政策をおこなう模範国として認識されるよう、世界の叡智を集結し、どのような国家運営が理想か、国民と政治家、財界がお互いが試行錯誤しながら国家運営をすることによって、日本の存在感を高める方策しかないと思うのですが、如何でしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いくら世界に冠たる債権国だと対外的に誇ってみても、自国民の信頼を得られないような政治、あるいは諸外国の人々が眉をひそめるような事象がたくさん起こるような国では対外的な信用は得られません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「１００歳までの長寿の者多数にして、中高年は仕事にいそしみ、若者の活力満ち溢れ」と評される国に変わって欲しいものだと、一庶民として希望してやみません。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-5008254490240802088?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/5008254490240802088/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=5008254490240802088' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5008254490240802088'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5008254490240802088'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/08/12000.html' title='ジャパン・ナッシングの到来？　日本は米中の実験国に成り下がるしかないのか'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-7863210862984172538</id><published>2007-07-04T13:55:00.000+09:00</published><updated>2007-07-04T16:38:59.949+09:00</updated><title type='text'>大衆社会への警鐘　『ニッポン・サバイバル』（姜尚中著）（続）</title><content type='html'>姜尚中（カン・サンジュン）さんが語った、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「テレビの流す画一的な情報に流されて、人々が多角的に物事をとらえることが出来なくなくならないよう」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と、注意を喚起されていることですが、これは私にもこころ当たりがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;メディアの過剰報道というのでしょうか、失業者イコールなにか訳ありのことをした人、子供に挨拶すると幼女誘拐と間違えられるのではないか、という自意識が過剰になってしまい、平日にのんびりと街に出るような環境でなくなっている気がします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　これは私が失業時にも思い当たることで、家族の温かさが恋しくて郊外の住宅地に戻っても、失業という後ろめたさから近所を散歩さえ出来ず、ひたすら体重が増えていった、という事がありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;田舎の会社にいるときに、一緒に働いてきたおばさんから、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「都会の住宅地って、人の交流がないらしいね。ご近所の家に対する遠慮から、そのまま家に引きこもっちゃってブクブク太ってゆくらしいわね」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と恐ろしげに聞かれた事がありました。まさにその通りである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;失業中、人目を忍んで、朝方新聞をとりにいくと、パッと玄関の照明に照らされて、俺はトム・ハンクスの映画に出てくる「メィフィールドの怪人」か、と自分で思ったこともあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　また、最近は子供にも声をかけづらくなってしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;新幹線に乗っているとき車窓に富士山が見えたので、横に座っていた小さな女の子に「ほら、富士山だよ」と声を掛けると、後ろの座席に座っていた母親が新幹線を降りる際に、不思議そうな顔をして、まじまじと私の顔を見て降りていったことがありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は「何か不審感でも抱かれたのか」と事後、少し悩んでしまいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;田舎へ行くと、お爺さんお婆さんなどが向かいのコンパートメントを倒して、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いや、いや、どこから来られましたか」&lt;br /&gt;「いや私は広島から」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;などと言ってガヤガヤ話はじめるものだが、昨今はそんなこともない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昔は電車に乗り合わせるということが、イコール他の文化圏の人との触れ合いということで、互いに乗り合わせたのなら必ず挨拶することが常識だったことを考えると、非常に嘆かわしいことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;報道とは本当に難しいものだ、と考え込んでしまう昨今である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;(※1）　「メイフィールドの怪人」；ジョー・ダンテ監督、トム・ハンクス主演の映画。隣人がおかしなことをしているのではないかと主人公がさまざまな想像をして恐怖におののくが、実際は何もやっていなかった、というコメディー。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-7863210862984172538?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/7863210862984172538/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=7863210862984172538' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7863210862984172538'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7863210862984172538'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/07/blog-post_04.html' title='大衆社会への警鐘　『ニッポン・サバイバル』（姜尚中著）（続）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6870484866374330185</id><published>2007-07-03T23:57:00.000+09:00</published><updated>2007-07-04T13:56:57.248+09:00</updated><title type='text'>大衆社会への警鐘　『ニッポン・サバイバル』（姜尚中著）（正）</title><content type='html'>姜尚中（カン サンジュン）さんが、人間が生きてゆくうえでぶちあたるさまざまな疑問に対して、読者の声を交えつつ語ってくれています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その中で、第二章、「自由」なのに息苦しいのはなぜですか？　という問いに対しては、潜在能力（ケーパビリティ）のある社会になれば人間は自由になれる、と答えておられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;インドの経済学者アマルティア・センという人が唱えている、人々が自ら価値を認める生き方を選ぶための潜在能力を拡大することで、人間の本質的な自由が増大する、という考え方だそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういえば、小生も普段なにげなく見ていた東寺の五重塔が、司馬遼太郎さんの『空海の風景』を読み、弘法大師に真言密教の根本道場として嵯峨天皇から与えられた寺だという歴史的事象を知ることによって、これまで何度か足を運んだことのある高野山の記憶や遠い弘法大師の生涯に思いをはせて、この前とは違ったものにみえるし、悠久の歴史に思いをはせて感動することが出来ます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらには、ずいぶん昔の話ですが、高野山のあるお寺の高僧にわざわざ時間を割いていただいて、訓示をいただくという僥倖にも巡り会いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、情報なり知識、体験を吸収して自分を生かす力（智恵）にかえて、生きる選択肢を増やすことが、その時コミュニケーションという、人間の本質的な自由な行為に変わり、行動するのに多様な選択肢を与えてくれる、という意味に解釈しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、第５章、激変する「メディア」にどう対応したらいいのか？　という疑問に対しては、家族なり、地縁的な結びつきの中で個人がだんだんと社会化していった環境が一変して、そういうネットワークがなくなってしまったことを憂いておられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;姜さんは、労働組合や地域の縁故関係など、従来型のしがらみでとらわれた形で政治に参加することがなくなった代わりに、テレビやインターネットの情報をみて特定の政治家と直接結びつくようになって、政治が権力に操作され、少数意見が尊重されない、という事態に陥ることを最も憂いておられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たしかに、かつて日本人が憧れた郊外の住宅地は、牧歌的な庭園が点在するところとはならず、郊外の住宅地は地域社会とつながりの希薄で孤独な中産階級の老人たちの長屋（ドーミトリー）と化し、新しくできあがった郊外の住宅地は、夫たちが夜にしか姿をみせず、妻たちがわが子の運転手をつとめる中流階級の新しいドーミトリーとなりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;経済大国の中で花咲いたのは大衆社会という徒花であり、テレビジョンの普及により、大衆の数は級数的に増加していきました。その間に芽生えてきたのは、社会的な無関心や利己主義的な考え方であり、大衆の多くはいつのまにか、自らの地域社会から逃避し、テレビジョンが創りあげた虚構の世界に安住する住人となってしまっている、とも言えます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ドイツの哲学者ヤスパースは、大衆というのは国民と異なる、と説き、大衆とは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「大衆は成員化されず、自己自身を意識せず、一様かつ量的であり、特殊性も伝承ももたず、無地盤であり、空虚である。大衆は宣伝と暗示の対象であり、責任をもたず、最低の意識水準に生きている」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と言っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;国民としての自覚というのは歴史的自覚である。それを失うと、その国民は滅びてしまうというのが、ヤスパースの意見です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最後に今日の読書で、偶然こころにズキンと刺さった加藤周一さんの『夕陽妄語Ⅷ』の『巨匠』再見―劇場の内外を引用します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（以下、引用） &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ナチスの将校はワルシャワ近郊の小さな町で四人の「知識人」を処刑するためにやって来る。彼の「リスト」には老人が市役所の簿記係として載っているので、老人は知識人から除外される。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかるに彼は自ら進んで、簿記係は臨時の職にすぎず、本来は俳優であると主張し、それを証するために『マクベス』の一場面を将校の前で演じる。&lt;br /&gt;その演技を見終わったドイツ人の将校は、丁寧な言葉で「たしかにあなたは俳優です」と言い、老人を銃殺すべき「知識人」の列に加える。&lt;br /&gt;当事者にとっての自由な選択は、簿記係として生きのびるか、俳優として死ぬかである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方には平凡な日常性への埋没、他方には日常的な「平和」を超えて、自ら信じる価値を貫こうとする矜持がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（中略）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たとえば選挙の投票行動はほとんど犠牲らしい犠牲を必要としない。しかし「長いものには巻かれろ」の現実主義か、「一寸の虫にも五分の魂」の人間的尊厳を選ぶことができる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（引用）&lt;br /&gt;『ニッポン・サバイバル』（姜尚中著：集英社新書）&lt;br /&gt;『夕陽妄語Ⅷ』（加藤周一著：朝日新聞社）&lt;strong&gt;&lt;/strong&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6870484866374330185?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6870484866374330185/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6870484866374330185' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6870484866374330185'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6870484866374330185'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/07/blog-post.html' title='大衆社会への警鐘　『ニッポン・サバイバル』（姜尚中著）（正）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-8297964422460443181</id><published>2007-06-02T22:33:00.003+09:00</published><updated>2009-06-07T15:51:30.912+09:00</updated><title type='text'>高橋是清と福沢桃介</title><content type='html'>「不撓不屈」の高橋是清と「時代の寵児」福沢桃介。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　対照的な半生を簡潔に綴ってみたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 高橋是清は仙台藩の命で渡米。ホスト・ファミリーは是清らを召使として使い、「このような目的で渡米したのではない」と反駁した是清を奴隷として売り飛ばしてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; サンフランシスコの名誉領事の計らいで是清は奴隷契約から解放され、帰国した是清は16歳で大学南校（後の東京大学）の助手に。しかしながら、そこで覚えた茶屋遊びで放蕩の限りを尽くし、長襦袢で芝居をみにいっているところを同僚にみつかり退職、馴染みの芸者の家に転がり込む。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 唐津の英語学校に就職が決まり奉職するも、再び19歳で上京、大蔵省十等出仕となるが上役と衝突して、かつて助手をやっていた大学南校に学生として入学、「新知識」を吸収し翻訳や予備校講師として働く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 一方の福沢桃介は、慶応義塾で成績優秀、色白で貴公子風であったが、スポーツには自信がない。そこで、一人だけ白いシャツにライオンの絵を描かせ塾の運動会に出たところ、塾長福沢諭吉の目にとまり娘ふさの婿養子に、まさに順風満帆の人生である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 桃介は結婚の条件であった渡米を果たし、学校での勉強よりも実務の勉強と、ペンシルヴェニア鉄道に事務見習いとして入社。賓客扱いであったという。&lt;br /&gt;クリーブランド大統領が富豪の邸に来たときには日本人学生代表として握手、日米の人脈を広げることに尽力した。帰国後は、北海道炭鉱鉄道株式会社に初任給百円という破格の高給で入社。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 28歳で官界に戻った是清は文部省、ついで農商務省へ。農商務省の派閥争いで追出される形で、33歳のとき特許制度調査のため渡米。言うべきことをはっきり言う是清はアメリカ人に好かれ、特許長の書記長は生まれた息子にコレキヨ・タカハシと名付けるほど。&lt;br /&gt;日本ではじめて工業所有権保護制度をつくった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 桃介は北海道炭鉱鉄道株式会社に入って活躍するも、結核にかかり療養所入り。長期療養を強いられる。なんとか自活の方法をとあれこれ模索し、株に手を出す。&lt;br /&gt;すると戦後景気で株価が急上昇、桃介は千円の元手で十万円近くの利益を得る。&lt;br /&gt;病気の癒えた桃介は諭吉の甥、中上川彦次郎の世話で、王子製紙の取締役に30歳でつく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; ところが、桃介とは犬猿の仲、井上馨が工場視察に訪れ、原材料、製品の産地、種類、値段についての質問に、虫のいどころの悪い桃介は「一向に存じません。わたしはまだ新参者ですので」をくりかえすばかり、業務に不熱心と烙印を押された桃介は宮仕えは肌に合わぬとばかり、王子製紙を退き、水力発電の開発に尽力する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; ペルー銀山開発の国策会社の代表に指名された是清は、艱難辛苦の果てに現地入りするも、そこで技術者の報告が全くの嘘であったことを知り、落魄。日本の鉱山開発をするも失敗。妻は毛糸編みの手内職、息子たちは蜆売りをはじめると言い出す始末。&lt;br /&gt;みかねた日銀総裁川田小一郎が、ペルー銀山の経過を質し、是清の説明に得心のいった川田総裁は是清に山陽電鉄社長にならぬか、と持ちかける。&lt;br /&gt;しかしながら、是清は「自信のない鉄道社長より玄関番」と固辞し、「日本銀行建築所の端役」に拾われる。&lt;br /&gt;そこで見事な工事監督としての手腕を発揮した是清のその後の栄達は、後の世の人が知るとおりである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 金融界の援助や外資導入によって７つの水力発電所を完成させた桃介は、貴族院にという話が起こったが、&lt;br /&gt;「金がある者は権力や地位がない。権力があり地位のある者は金がない。其処に自然とバランスが取れて徳川の三百年が続いた」&lt;br /&gt;と言って断ったという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（『野性のひとびと』（城山三郎；文春文庫から抜粋、要約）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-8297964422460443181?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/8297964422460443181/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=8297964422460443181' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8297964422460443181'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8297964422460443181'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/06/blog-post.html' title='高橋是清と福沢桃介'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-7009195160044634376</id><published>2007-05-25T10:35:00.002+09:00</published><updated>2009-06-07T14:51:28.988+09:00</updated><title type='text'>Romazi Nikki</title><content type='html'>Ｙｏ　ｈａ　Ｚｅｎｐｕｋｕｊｉｋｏｕｅｎ　ｎｉ ｓａｋｕｒａ　ｏ　ｍｉｎｉ　ｄｅｋａｋｅｔａ．Ｚｅｎｐｕｋｕｊｉｋｏｕｅｎ 　ｎｏ sakura ha ｍａｎｋａｉ ｄｅｓｈｉｔａ． Ｍｏｐｐｕ ｎｏ ｙｏｕｎａ ｉｎｕ ｇａ ｕｂａｇｕｒｕｍａ ｏ ｈｉｉｔａ ｏｂａａｓａｎ ｎｏ ｕｓｈｉｒｏ ｏ ｙｏｃｈｉ ｙｏｕｃｈｉ ｔｓｕｉｔｅｙｕｋｉｍａｓｈｉｔａ．Ａｍａｒｉｎｉ ｉｎｕｎｏ ａｙｕｍｉ ｇａ ｏｓｏｉｎｏｄｅ ｏｂａａｓａｎ ｈａ ＩＫＵＹＯ ｔｏ ｓｈｉｗａｇａｒｅｇｏｅ ｄｅ ｉｎｕ ｏ ｓｉｋａｒｉｔｓｕｋｅｍａｓｈｉｔａ．&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｉｃｈｉｊｉｋａｎｎ ｈｏｄｏａｒｕｉｔｅ iｋｅ ｏ ｉｓｈｕｕｓｈｉｔｅ ｋｉｔａｒａ ｋｕｄａｎｎｏ ｏｂａａｓａｎｇａ ｈｉｚａｎｉ ｍｏｐｐｕ ｎｏ ｙｏｕｎａ ｉｎｕｏ ｎｏｓｅｔｅ ｂｅｎｃｈｉ ｎｉ ｋｏｓｈｉｋａｋｅｔｅ ｂｏｕｚｅｎｔｏ ｉｋｅ ｏ ｎａｇａｍｅｔｅｉｍａｓｈｉｔａ． Ｎａｎｄａｋａ ａｍａｒｉｎｉｍｏ ｓａｍｉｓｈｉｓｏｕｄｅ ｋｏｅ ｏ ｋａｋｅｔａｋｕ ｎａｒｉｍａｓｈｉｔａ．&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｋｏｎｏ ｒｏｍａｊｉ ｎｉｋｋｉ ha Ｔａｋａｈａｓｈｉ Ｇｅｎｉｃｈｉｒｏｕ ｓａｎ ｎｏ Ｎｉｈｏｎｎｂｕｎｇａｓｅｉｓｕｉｓｈｉ ｋａｒａ ｈｉｎｔ ｏ ｅｍａｓｈｉｔａ．　Ｇｅｎｃｈａｎ　ａｒｉｇａｔｏｕ．Ｓｏｓｈｉｔｅ　Ｋａｍａｋｕｒａ　ｎｉ　ｉｅ　ｏ　ｍｏｔｅｔｅ　ｙｏｋｋａｔｓｕｔａｎｅ．&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;余は善福寺公園に桜を見に出掛けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;善福寺公園の桜は満開でした。乳母車を引いたお婆さんの後ろをモップのような犬がヨチ、ヨチついていきました。あまりに犬の歩みが遅いので、お婆さんは「行くよ！！」とシワガレた声で犬を叱りつけました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一時間ほどして、池を一周してきたら、くだんのお婆さんが、膝の上にモップのような犬をのせて呆然と池を眺めていました。なんだかあまりにも、さみしそうで声を掛けたくなりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このローマ字日記は高橋源一郎さんの『日本文学盛衰史』の石川啄木の頁にヒントを得ました。源ちゃんありがとう。そして鎌倉に家をもててよかったね。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-7009195160044634376?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/7009195160044634376/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=7009195160044634376' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7009195160044634376'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7009195160044634376'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/romaji-nikki.html' title='Romazi Nikki'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-8727817794877200262</id><published>2007-05-24T16:12:00.003+09:00</published><updated>2008-03-15T07:59:51.139+09:00</updated><title type='text'>『護憲派の一分』の感想</title><content type='html'>印象に残ったのは、土井たか子さんの愛とその愛に対する執着心の強さだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こんな事を書くのは男女平等を唱える土井さんに失礼かもしれないが、女性の貞操感のような清潔感、子を想う「母」の思いの強さ（狩野芳崖の「悲母観音像」のようなイメージ）、つまり愛に対する執着心の強さが、憲法九条つまり平和憲法死守、護憲につながるのではないかと、考える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に印象に残ったのは、作家石川好さんの言葉。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（以下、引用）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカ人は「リメンバー　パールハーバー」と言って、日本人が「ノーモア　ヒロシマ」と言う。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしそれを逆にしたほうがいい、と。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまりアメリカ人が「ノーモア　ヒロシマ」と言って、「原爆はもう落としません」と誓う。私たち日本人は「リメンバー　パールハーバー」と言って、再び侵略戦争をしませんと誓う。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これなかなかいい考えだと思うんです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（引用終わり）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これはまさに名案中の名案、まさに世界のど真ん中で平和憲法を叫ぶ、といった気分です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;意外だったのは、平和憲法が世界にあまりしられていないという事実である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカの著名なコラムニスト、ボブ・グリーンでさえ、高知に住む高校生の英訳した平和憲法の手紙を読んで、はじめてその素晴らしさを知ったというのであるから、驚きである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後にもっとも印象に残った箇所は、マザー・テレサの「愛」の反対語は「憎しみ」ではなく「無関心」だ、という言葉。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、マザー・テレサの国葬に日本国の代表として土井さんが出席したこと。そして、そのように計らったのが故橋本龍太郎首相であったことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;横田めぐみさんの拉致事件に関わる社民党の対応のまずさから、田代まさし事件（※1）に次ぐ、凄まじいネットバッシングを土井さんは受けたのであるが、北朝鮮と交渉し紅粉勇船長と栗浦好雄機関長を救出したのは、小沢一郎さんと土井さんであったことを忘れないでいただきたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「書物はそれが書かれたとおなじくじっくりと慎しみぶかく読まれなければならない」と、『森の生活』を書いたソーローは言いましたが、その言葉通り、憲法前文を噛み締めるように読んでいただきたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　われらは、いずれの国家も、自国のみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;平和憲法反対論者には、さだまさしさんの「防人の歌」を聴いて欲しいものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（注1） 田代まさしネットバッシング事件：&lt;br /&gt;2001年頃、世界の今年のナンバーワンの人物を決めるインターネット投票に“Masashi　Tashiro”という投票が日本から殺到し、世界でナンバーワンの票を集め、主催側のアメリカから“Who　is Tashiro?” という問い合わせが日本に来た、という国辱的人権侵害事件。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（後日譚）&lt;br /&gt;IT社会における立派なインフラが整備されても、その道路を走るコンテンツがなければ、無駄な公共事業と同じ構図になってしまうのではなかろうか。ましてやITインフラは世界とつながっている。世界を走る道路にみすぼらしい日本の自動車を走らせることはできない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「『出版巨人創業物語』とリベラルな出版ベンチャー 」&lt;br /&gt;(http://www.yorozubp.com/0601/060119.htm)&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-8727817794877200262?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/8727817794877200262/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=8727817794877200262' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8727817794877200262'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8727817794877200262'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/blog-post_24.html' title='『護憲派の一分』の感想'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-1654079198295665298</id><published>2007-05-21T15:37:00.001+09:00</published><updated>2007-05-21T18:16:44.273+09:00</updated><title type='text'>鎌倉の蝉時雨</title><content type='html'>昔、NHKＦＭでクロス・オーバー・イレブンという番組がありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ナレーターは津嘉山正種さんで、音楽の間に津嘉山さん独特の暗く低音の押しの強い声（それでいて後で何とも言えない余韻の残る声）で、音楽の合間に何連かの物語を語ってくださるコーナーが楽しみで仕方ありませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その中で印象に残っている物語をひとつ（なにせ昔聴いた話なので、明瞭には思い出せません。内容も正確ではありませんので、ご勘弁の程を）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（できれば津嘉山さんの声を想起して文章を読んでください）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;十数年ぶりにアメリカに住む友人から手紙が届いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の意識は、遠いアメリカに住むアメリカの友人と過ごした過去の記憶をまさぐった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ドン、ドン、ドン、ドン&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;朝方、急に戸を叩く音で目を覚まし、何事かと、ドアを開けると、そのアメリカ人は&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ジェネレーター（発電機）の音がうるさくて眠れない。なんとかしてくれ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と私に訴えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;鬱蒼たる竹林から間断なく聞こえてくるジージーという音のことだ。私があれは蝉の声で、発電機の音ではない、と説明してもなかなか納得しようとしない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しばらく押し問答が続いたが、ようやく彼は合点がいったようで、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「こんな雑音を平然と聞いていられる日本人が信じられない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;われわれ日本人にとっては夏の風物詩である筈の蝉の声が、アメリカ人である彼の耳にはとても耳障りな雑音としか聞こえないらしいのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それから十年、アメリカから届いた友人の書簡の末尾には、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「この頃、鎌倉の蝉時雨が無性に懐かしく感じられます」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;としたためてあった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1654079198295665298?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1654079198295665298/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1654079198295665298' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1654079198295665298'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1654079198295665298'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/blog-post_8365.html' title='鎌倉の蝉時雨'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-4748150580060405106</id><published>2007-05-20T18:48:00.004+09:00</published><updated>2009-06-09T08:49:58.262+09:00</updated><title type='text'>制度設計の是非</title><content type='html'>政治のことに嘴を挟むと、因幡の白兎になりかねませんで、今回でお仕舞いにさせていただきますが、紹介させていただきたい一文がひとつ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『地域民主主義の活性化と自治体改革』（山口二郎著:公人の友社）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「しかし物事が動く時、特に長い間世の中を支配していたパラダイム、政策とか制度の基本的な原理・枠組みが変化する時は、当事者が意識するかしないに関係なく、とにかく何か判らぬままスイッチを入れてしまうものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;うっかりスイッチが入ってしまうと、今度は制度や組織を巡る議論というものがどんどん自己運動を始めて前へ前へ進んでいく。歴史の変化というのはそういうものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;誰かがこういうふうにしようといって周到な設計図を書いて、あたかもプラモデルを組み立てるように、新しい制度を構築していくことなんてことではないんです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今の混沌というのは、やはりある種のパラダイム・シフトといいましょうか、世の中を支配してきた制度とか組織とか政策とかの原理が大きく変わる入り口ではないかと感じているわけです」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、併読して“Ｊａｐａｎ‘ｓ　Ｆｉｒｓｔ　Ｓｔｒａｔｅｇｙ　ｆｏｒ　Ｅｃｏｎｏｍｉｃ　Ｄｅｖｅｌｏｐｍｅｎｔ”&lt;br /&gt;（ＩＵＪ－ＩＤＰ　Ｐｒｅｓｓ：　Ｗｒｉｔｔｅｎ　ｂｙ　Ｉｎｕｋａｉ　Ｉｃｈｉｒｏ）という本を読んでいるのですが、経済活動についても同様の記述が見えます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（以下、抜粋）&lt;br /&gt;“First, it was the Kogyo Iken which first defined the central of indigenous components of the national economy in modern economic growth in Japan and projected the growth of productivity of agricultural and rural industries within a traditional framework of small-scale enterprises.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;“ a tremendous gap exists between the “policymaker’s world of economy” and the “people’s world of economy.” Calculations which are rational to the people whose participation is crucial for the achievement of the plans. The overall approach of the Kogyo Iken was one of consciously attempting to bridge this gap, an issue often neglected in contemporary development plans in the countries of the third world. The most　striking feature of the Kogyo Iken as a development plan was that the government knew what to tell the people to do.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;意訳させていただきますと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とてつもない大きなギャップが「政策者の企図する世界経済」と「民衆の企図する世界経済」の間に存在しました。&lt;br /&gt;計画の達成のためには、参加者である民衆にとって合理的な見積もりが必須の条件なのです。&lt;br /&gt;興業意見の包括的なプローチはこのギャップを意識的に埋めようとしている。この種の問題は、通常、発展途上国の開発計画において見過ごされがちなことである。&lt;br /&gt;興業意見の最も大きな特徴は、政府が人々に対して何をつたえるべきかを明確に理解していたことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※　indigenous = http://en.wikipedia.org/wiki/Indigenous&lt;br /&gt;“Ｊａｐａｎ‘ｓ　Ｆｉｒｓｔ　Ｓｔｒａｔｅｇｙ　ｆｏｒ　Ｅｃｏｎｏｍｉｃ　Ｄｅｖｅｌｏｐｍｅｎｔ”&lt;br /&gt;（ＩＵＪ－ＩＤＰ　Ｐｒｅｓｓ：　Ｗｒｉｔｔｅｎ　ｂｙ　Ｉｎｕｋａｉ　Ｉｃｈｉｒｏ）をお読みになりたいかたは、&lt;br /&gt;http://gsir.iuj.ac.jp/j/index.cfmへお問い合わせください。無償で送ってくださいます。 。（現在はおこなっていないと思います）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「共進会」や「同業組合」が、”Ｔhe central of indigenous components of the national economy in modern economic growth in Japan”であったと論じていることが興味深いですし、『興業意見』こそ、カール・マルクスの『資本論』やメイナード・ケインズの『一般理論』の基礎をなすものと、犬飼教授は語っておられます。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-4748150580060405106?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/4748150580060405106/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=4748150580060405106' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4748150580060405106'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4748150580060405106'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/blog-post_442.html' title='制度設計の是非'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-4814055588049261409</id><published>2007-05-20T16:53:00.000+09:00</published><updated>2007-11-13T13:54:17.995+09:00</updated><title type='text'>忙しい方にお薦めの一冊</title><content type='html'>小学館「本の窓」２００７年６月号から抜粋、要約：&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「日本語を愛する～人間関係を豊かにする～」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1．「日本語力を鍛え優しさを身につける」山川健一氏（作家）&lt;br /&gt;（以下、部分要約）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「腹に据えかねる」という言葉から「キレる」という言葉の変遷から、時代がすすむにつれその部位が「腹」から「頭」へと上に移動していると論ずる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、ポップソングの変遷から情景描写が消え（＝メタファー、暗喩）、ストレートなメッセージ（＝直喩）が巷にあふれることになったと説く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に、ヴァージニア工科大で３２人射殺したチョ・スンヒ容疑者がＮBCテレビに送りつけた犯行声明はあきれるほど稚拙なものだったという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;描写力、表現力が弱まっているのは日本に独自の現象ではないかもしれない、と結論づける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２.「新しい共同体のために必要な日本語教育」平田オリザ氏（劇作家・演出家）&lt;br /&gt;（以下、要約）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オリザ氏は「社会の重層性」と「言葉の重層性」を関連付けて説く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;社会の重層性とは少数意見の尊重であり、江戸時代の歌舞伎のように家族で一日がかりでエンターテーメントを楽しみ父親が薀蓄を語るような行為であると語ります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;重層性の少ないサルの社会では、ボキャブラリーが少なくて、威嚇の言葉とか勝ち負けを表す言葉くらいしかないそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地域社会も床屋を例に挙げ、かつて昼間っから将棋をさしているおじさんがいたりしたコミュニティスペースであった床屋が、経済の効率化のため人がいては困る場所になってしまったと語る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に、「国語」とい授業を「ことば」と「表現」という授業の二つに分けた方がいいという非常に刺激的な意見を説いておられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;内容を詳しくお知りになりたい方は、以下の住所に購読申し込みをして下さい。&lt;br /&gt;一ヶ月100円で購読できます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ご購読をご希望の方は、&lt;br /&gt;〒１０１－８０２１&lt;br /&gt;東京都神田郵便局私書箱８号&lt;br /&gt;小学館　マーケティング局&lt;br /&gt;「本の窓」愛読者係行&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-4814055588049261409?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/4814055588049261409/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=4814055588049261409' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4814055588049261409'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4814055588049261409'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/blog-post_20.html' title='忙しい方にお薦めの一冊'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/4649145210357076549/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=4649145210357076549' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4649145210357076549'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/4649145210357076549'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/blog-post_6375.html' title='日本語を学ぶ奇特な外国人の方のために'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1930857205679187552?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1930857205679187552/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1930857205679187552' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1930857205679187552'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1930857205679187552'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/blog-post_10.html' title='うるおいのある社会へ'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-8583277534060624884</id><published>2007-05-06T13:46:00.000+09:00</published><updated>2007-05-09T08:03:36.953+09:00</updated><title type='text'>想像力と物語性が失われつつある現代社会</title><content type='html'>1.&lt;br /&gt;『なぜ日本人は劣化したか』（香山リカ著:講談社新書）を読んでいて、愕然とする事実に数多くぶち当たった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近、「正当な権利」と「個人の身勝手」の境界線が引けない人が多くなってきたそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは筆者の言うとおり「他者の立場にいることを想像して、他者に配慮する」ことが出来なくなっている証拠でもある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、現代人に想像力が徐々に乏しくなっていることを示唆している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは何に起因するのだろうか、と考えてみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すると、コンテンツ産業が国家戦略となった途端、ファイナル･ファンタジーやドラゴン･クエストなど壮大な物語性のあるものがなくなった、というくだりに当たった。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昔、アメリカ人が忙しさのあまり、壮大な長編小説を読まず、短編小説しか読まなくなったという“Ｑｕｉｃｋ　Ｌｕｎｃｈ　Ｌｉｔｅｒｉｔｕｒｅ”という現象が起こったが、ゲーム界にもそれと同じような事象が起こりつつあるそうである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現代における物語性の喪失である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;評論家の中村雄二郎氏によると、「物語」はいろいろな面で人と人とを「つなぐ」はたらきをもっているという。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「物語の知」の基礎にあるのは、私たちをとりまく物事とそれから構成されている世界とを宇宙論的に濃密な意味を持ったものとしてとらえたい、という根源的な欲求」である、と指摘している。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、物語を鑑賞し思索するという行為の喪失が、現代人の他者の立場にたって考えるという、想像する力の欠如につながっているのではないかと、私は考える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2.&lt;br /&gt;「週刊文春」の清野徹さんは、本が売れない現状をこう分析している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「本というものはフィクション・ノンフィクションを問わず「社会的他者という」存在を教示してくれる。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本がまったく売れないということは、現在ここにいる人が他者を欲せず自己の領域にとじこもることを意味する」&lt;br /&gt;（「週刊文春」清野徹のドッキリＴＶ語録より引用） &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間は読書によって自分の体験できない世界を仮想体験し、人間はその行為によって、他人のものの見方や考え方、自分の所属する社会以外の社会の存在や仕組みがわかるようになる。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もはや日本人は日々の生活に忙殺され、他者を理解するために物語に触れるこころの余裕も失っているのか、と考えさせられてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先日の寶田時雄さんのＤＶＤ講義の「人間の座標軸に情緒（＝歴史、文化的存在）をすえよ」という言葉が浮かんできた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はその時、とっさに「何故、座標軸に情緒？　論理ではないのか？」と考えたが、それは間違いであることに本書を読んでいて気が付かされた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世の中にはいくら論理的に説明しようと言葉を尽くしても説明できない事項が数多く存在するのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、今朝フジテレビに出演していた藤原正彦さんが幼少時代に命ぜられたという「卑怯なことをするな」という父親の言葉。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;仮に「弱いものを大勢でいじめるのは卑怯である」と言われた子供が「何故？」と問い返したとする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;親は「それがまっとうな人間のおこなう行動であり、正義であると脈々たる歴史が証明している」としか説明できない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もし子供がその言葉に小賢しい論法で反論してきたら、それこそ張り倒すしかないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間の社会には論理では説明できない、人間が悠久の歴史をかけて築き上げてきた道徳と倫理というものがあるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;物語に触れて、情操を涵養するという行為は、若年期にしかできない行為である。したがって、その行為が人間を人間らしくあらしめ、劣化する日本人を救ってくれるのではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3.&lt;br /&gt;しかしながら、小説を読むことは非常に億劫な行為である。こころと時間に余裕がないと決して読む気にならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かく言う小生も最近は物語性のある小説ではなく、論旨が明確な新書ばかり読んでいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昔、理科系の友人に「何故、本を読まないのか？」と質問したら、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「だって時間の無駄って感じがするじゃん」と言われた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;島田雅彦氏が大学に講演に訪れた際、大江健三郎氏との対話で、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「小説ってのは林の木を一本、一本描くのではなく森全体を漠然と描いていくものじゃないですかねぇ」という結論で一致したと言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;確かに小説を読むという行為は、鬱蒼とした森を探検するのに似て、小説から何かを感じとることは出来ても、その感動や不気味さを言葉で表現することは難しい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;作品のメッセージや意図は作者によって巧妙に隠され、問題点は小説の各所に散りばめられている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;読者は作者の意図するところを論理ではなく、情感で感じとることを要求される。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小説をたくさん読んで何を得たのか？　と聞かれても答えられない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも、物語を読むことによって世知辛い世の中から一時（いっとき）離れることができて、救われてきた感じがしないでもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それ故に、小生は読書を奨めるのである。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-8583277534060624884?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/8583277534060624884/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=8583277534060624884' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8583277534060624884'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/8583277534060624884'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/blog-post_06.html' title='想像力と物語性が失われつつある現代社会'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-2954658952169254644</id><published>2007-05-04T20:48:00.002+09:00</published><updated>2009-06-07T10:46:17.978+09:00</updated><title type='text'>赫奕たる日蝕・三島由紀夫と石原慎太郎</title><content type='html'>三島由紀夫と石原慎太郎の出会いから離別までを断片的に記述します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（以下、『国家なる幻影』（上）（下）石原慎太郎著：新潮文庫から抜粋引用）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1．&lt;br /&gt;「偉人は体が大きい」という思い込みがあった石原氏はトレンチコート姿の三島氏が思いのほか小柄（１５８ｃｍ）であったのに驚き、初対面にもかかわらず「僕、三島さんてもっと大男なのかと思っていましたよ」と言ってしまう。三島由紀夫、何とも言えない顔で「いやあ、わっはっはっ」。笑い飛ばす。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;文藝春秋社の屋上で二人そろってグラビア写真を撮影する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;石原氏、手摺が煤煙でひどく汚れていることを注意すると、三島氏かまわずに大きく身をのりだす。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;撮影後、汚れはてた手袋を叩きながら「いやあ、わっはっはっ」。「それよりも君この写真のタイトルは何にするかね。僕は決めてきたんだよ、新旧横紙破り。どうだい」。三島氏、呵々大笑。文春のカメラマン、その日の三島氏の姿を見て、「何だか三島さん、えらく気負っていたなあ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;三島由紀夫の最後の大河小説「豊穣の海」を苦労して読み終えた石原氏は思わず涙する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その作品のあまりに無残な退屈さと三島氏の作家としての内面の衰弱のため。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最も無残なのは、若かりし頃の自分の作品を模倣して書いているところだと語り、「ああ、あの三島さんにしてこんなに衰弱して死んでしまったのか」と嘆息する。この評価に天国にいる三島由紀夫は「いやあ、わっはっはっ」と、笑い飛ばすことが出来るだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2．&lt;br /&gt;ある日、弟の裕次郎氏が映画をみて帰ってきて、石原慎太郎氏に「三島由紀夫が映画に出てたぜ」と言ったところ、慎太郎氏はそのことにたいへんな衝撃を受けた。当時は、文士というものが映画などというものに出演すること自体異例な出来事だったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それを機に石原氏は三島由紀夫の熱心な読者になるわけですが、石原氏は三島氏のそういう前衛的な部分に惹かれたのかもしれません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この現象を現代に置き換えてみると、かぶりものを着た坂本龍一氏がダウンタウンの番組に出演し、ダウンタウンと水中で棒を振り回して殴りあう映像と同じくらい衝撃度があるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3.&lt;br /&gt;三島由紀夫と石原慎太郎を語る上で欠かせない挿話は、病床に伏せる石原氏宛に送った三島氏の一通の手紙である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ベトナムから帰国し重篤な肝炎に倒れた石原氏は三島氏から懇篤な一通の手紙を受け取る。&lt;br /&gt;その手紙には&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「自分も以前に潮騒の取材で同じ病気にかかったが、実に嫌な病気だった。君の今の心中は察するに余りあるが、一旦病を得たなら敢えてこれを折角の好機と達観し、ゆっくり天下のことを考えるがいい」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この一通の手紙が石原氏の心を平明に開いてゆき、やがて政治の世界に飛び込むことを決意させる。石原慎太郎氏は昭和四十三年参議院全国区で最高得票を獲得し、国会議員として道を歩み始める。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4.&lt;br /&gt;皮肉なことに石原氏の政界入りによって、石原氏と三島氏との関係に亀裂が入ってしまうこととなる。後に石原氏はこの間の三島氏との関係を「おもちゃの奪い合い」のような関係になってしまったと回想しているが、三島氏の嫉妬はやがて三島氏を過激で尖鋭化した政治活動に向かわせることとなる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;毎日新聞上に「石原慎太郎への公開状」なる文章を掲載し、自民党の禄をはむ人間であれば批判など一切すべきではない、それは武士道にもとる。本気で批判するなら諫死の切腹をせよなどという、毎日新聞のデスクも頭を抱えざるをえないような内容の論旨を展開しだした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらに、保利官房長官が今日出海氏、三島氏、石原氏の三氏を呼んで雑談をしたところ、三島氏は政府が自衛隊を使っての反クーデターの詳細な計画を滔々と語りだし、保利官房長官を当惑させたりした。今氏に「君、三島君はどこまで本気なのかね」と問われた石原氏は「これから書くつもりの小説のプロットじゃないですかね」と答えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※　「赫奕たる逆光」（野坂昭如）、「三島由紀夫の日蝕」（石原慎太郎）を入手されたい方はＡｍａｚｏｎ．ｃｏｍか紀伊国屋書店の古書のコーナーで入手して下さい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第66回　7,000人来訪記念　文化相違の「笑い」と、今まで書いたものの棚卸 &lt;br /&gt;（http://blog.so-net.ne.jp/soshu/2007-04-21）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第67回　「無名であるといふこと」　郷学研究会の講義（上） &lt;br /&gt;（http://blog.so-net.ne.jp/soshu/2007-04-28）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第68回　「乾ききった社会」　郷学研究会の講義（中）&lt;br /&gt;（http://blog.so-net.ne.jp/soshu/2007-04-28-1）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第69回　「昇官発財」　郷学研究会の講義（下）&lt;br /&gt;（http://blog.so-net.ne.jp/soshu/2007-04-28-2）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第70回　知識人がボロリと漏らす重要な言葉  &lt;br /&gt;（http://blog.so-net.ne.jp/soshu/2007-05-03）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-2954658952169254644?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/2954658952169254644/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=2954658952169254644' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2954658952169254644'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2954658952169254644'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/8000.html' title='赫奕たる日蝕・三島由紀夫と石原慎太郎'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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/&gt;したがって、漢字で書かれた文章は訓詁学的に難しくなる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;化学記号は漢字の考え方を敷衍して出来たといいますが、日本の学術用語も、意味を限定し、厳密であろうとしすぎるがゆえに難解になってしまうのではないかと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;朝日新聞の天声人語に「止揚（アウフベーン）」という哲学用語をドイツの下女が何気なく使っているのを日本の哲学者がみて感心したところ、それは一般日常用語であった、という例が書いてありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本の学術用語は少し難しすぎるのではないでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とりあえず、老荘思想を理解するにはまず、英語からということです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（２）『下流志向』（内田樹；講談社）より引用&lt;br /&gt;内田樹氏： &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;精神科のお医者さんに聞いたんですけれども、思春期で精神的に苦しんでいる場合、親に共通性があるそうです。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（中略） &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供たちが発信する「何かちょっと気持ち悪い」とか「これは嫌だ」とかいう不快なメッセージがりますね。それを親の方が選択的に排除してしまう。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（感想）&lt;br /&gt;親がいやがる不快な事象や記号は、遺伝的に子供にもいやな事象や記号として伝わると解釈してよいのでしょうか。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（たとえば親子とも貧乏を想起させるイメージや記号を極度に恐れ、嫌悪する等） &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうだとすれば、これはちょっとした発見である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうした子供たちが嫌がる対象物を知覚して、それへの適切な処方箋を提示できるのは、親である可能性が最も高い、いうことになります。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（３）『ザ・プロフェッショナル』（大前研一；ダイヤモンド社）&lt;br /&gt;大前研一氏：&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらに、会計士です。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エンロン・スキャンダルをはじめ、西武鉄道グループやカネボウの粉飾決算など、プロフェショナリズムの不在は言うまでもないでしょう。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかも、アメリカでは&lt;クイッケン&gt;をはじめとする家計簿ソフトが登場したことで、スペシャリストとしての会計士や税理士が提供する財務サービスの大半が「コモディティ化」、つまり洗剤や歯磨き粉のような、ありふれた存在になってしまったのです。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早晩、日本でも同じ状況が訪れるでしょう。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（感想）&lt;br /&gt;たしかに優秀な会計ソフトベンダーに、制度会計を標準化するソフトを開発してもらえば、会計処理のあいだに人が介在する余地をなくならせてしまうでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら「現代は答えのない時代に直面する時代」だそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;試算表が出来る前にどんな工程が存在するのかを認識して、制度化できない部分に価値の比重がかかって来るようになるのではないでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に経営者向けの情報を作成する企業内会計（Management Accounting)の分野は企業によって費目の重要性（特にホワイトカラーの数値的な表現）が異なるため、企業ごとに思考する会計サービスというものが重要になってくるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカには（Management ＆ Discussion）という項目があります。文章表現が巧みな者がアンダーライターとなりうるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;財務会計はSAP、ディスクロージャーは亜細亜証券印刷・宝印刷のノウハウをシステム化すれば簡単に出来てしまいます。民間企業の会計監査は簡便なものとなるでしょう。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;会計士は会社内会計士としてマネジメント・アカウンティングをとるか、公会計に携わって公の会計士となるか、民間企業の監査に当たるか会計士にとって三つの選択肢があるわけです。コンピュータ対人間という構図になるわけです。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-2094323814178828724?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/2094323814178828724/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=2094323814178828724' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2094323814178828724'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/2094323814178828724'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/05/blog-post.html' title='知識人がボロリと漏らす重要な言葉'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-7093260319087096118</id><published>2007-04-28T14:13:00.002+09:00</published><updated>2007-05-26T11:25:10.527+09:00</updated><title type='text'>「昇官発財」　郷学研究会の講義（下）</title><content type='html'>寶田さんの「昇官発財」は、中国の歴史を材料に、エリートが国益に資するという純粋な動機ではなく、財力、性欲、地位といった欲望によって動機付けられ、難関をくぐりぬけ、国家権勢を握る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり「手段と目的の逆転現象」が中国の歴史では既に発生していた事実を述べる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「国益を任せるに耐えうる人材を選び抜く」試験という「手段」が、パスすれば栄達を得られる、つまり試験にパスすることが「目的化」しはじめる現象が古来中国にあり、教師もそのような欲望を駆り立てることによって勉強をさせていた、という実例が示されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、徐々にその指導層のおこないが国民の生き方にも反映されていく、ということの危険性に警鐘を鳴らした資料である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「魚は頭から腐る」との諺のとおり、国を代表するものが利に溺れるようになれば、下の者もそれに倣う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この状態を資料の漢文からぬきだせば、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「天下は壤々として（集り群がって）みな利のために往き、天下は熙々として（喜び勇んで）みな利のために来る」（六韜）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ことごとく、仁義を去り、利を懐いて相い接わるなり。かくの如くにして、亡びざるものは、未だこれ有らざるなり」（孟子・告子）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「勢を以って変わる者は、勢傾けば別ち絶つ。利を以て交わる者は、利窮すれば則ち散ず」（文中子、礼楽）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今のエリート層に言えることは、幼稚園の頃から一般庶民と、スタート・ラインからことなるという事である。エリート層は、隔離された特別な社会の中で育ち、一般庶民との触れ合う機会がない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が日経新聞の「わたしの履歴書」を読んでいて驚かされたのが、住友の大番頭だった伊部恭之助さんが東大在学中に学徒動因でかりだされて、二等兵として上官の背中を流すことから始めていることである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;流し方が悪いとか言ってはブン殴られたりした、とアッケラカンと語っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;戦後、住友の大番頭として采配が振るえたのも、こういった経験を経てきたため、下々のこころを慮る度量があったからであって、決して頭が良かったからだけではないのだと、私は思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;伊部恭之助さんの善政も、寶田さんが大切にする言葉、視線は常に「下座視」であり、「常に立場の弱い一般庶民と同じ目線で」あったためである、と私は考える。人間、それでなければ感じ取ることができないものが数多く存在する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;蛇足であるが、小生が今精読中の”Japan's First Strategy For Economic Development"(Wrirtten by Ichiro Inukai)にも、明治維新の成功の要因として、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;”successful implementation of conservative change depends primarily upon two factors: the elite's familiarity with social condition, and its ability to determine what elements of value structure are  indispensable to the continuity of the culture"&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;意訳させていただきますと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本が国体を維持したまま改革に成功したのは二つの要因による。&lt;br /&gt;一つは、エリート層の社会状況の十分な理解、もう一つは文化の継続性の為にはどのような価値体系が不可欠かを決める能力があったからである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;講義の最期は、寶田さんが尊敬する孫文の言葉でしめくくられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「日本はアジアの希望。日本民族は、西洋覇道の爪牙となるか、東洋王道の干城となるか、それはあなたがた日本国民が選択する道である」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最期に思ったのは、一般的に思想というものは危険なものとみなされるが、思想がなければ人間、機軸のない独楽のようなもので、方向性もなく常に軸が揺らぐ（私がそうである）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こういった啓蒙活動こそが、人間に機軸を与え、「人はパンのみに生きるに非ず」という乾ききった日常から救ってくれるのではないかと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;禅は自分自身をテーマにして、現実の自分の中に、もう一人の自分を探索する“自分探し”をおこない、そのために坐禅をします（坐禅と言う漢字は、人が二人座って坐禅となっています。現実の自己を「感性的自我」、もう一人の自己を「本来の自己」と呼びます）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;郷学研究会にせよ、八木博さん率いるチーム・ヴァイタリジェンスにせよ、アプローチは異なるとはいえ、日常の雑踏の中で埋もれてしまっている本来の自己（セルフ）を発見させ、人を活性化させるところに変わりありません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;縦割りの社会ではなく、このような横断的な社会活動に参加することによって、人は一箇の独立した精神を持った人間としての尊厳と自覚を持ち、賢明なる市民に変貌してゆくキッカケをつかむのではないか、と考える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ヘーゲルは、人が歴史的に意味のある仕事に情熱を持って取り組むときに、 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「個人は一般理念のための犠牲者となる。&lt;br /&gt;理念は存在税や変化税を支払うのに自分の財布から支払うのではなく、個人の情熱を持って支払うのです」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、一般社会を変革するには、過酷な現実と対峙せず、宿命としておとなしく受け入れる日常ではイカン、情熱をもって立ち向かえ、という事である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本流ソーシャル・キャピタル構築の新潮流が胎動しつつあることを感じています。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-7093260319087096118?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/7093260319087096118/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=7093260319087096118' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7093260319087096118'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/7093260319087096118'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/04/blog-post_9504.html' title='「昇官発財」　郷学研究会の講義（下）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-926093296439326200</id><published>2007-04-28T14:13:00.001+09:00</published><updated>2007-05-23T17:45:21.120+09:00</updated><title type='text'>「乾ききった社会」　郷学研究会の講義（中）</title><content type='html'>そして極め付きは、日本人の変遷に関する言説である。（＝寶田先生はこの計画は二百年前に計画されたものだが、誰が「われわれ」なのかには言及しなかった）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;寶田先生の激しい言葉をそのまま速記させていただくと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「われわれは全ての信仰を破壊し、民衆のこころから神と精霊の思想を奪い、代わりに数字的打算と物質的欲望を与える」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この言葉はニューチェが26歳の時に執筆した『悲劇の誕生』に出てくる記述と同じです（以下、引用）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「日々の祈りにかわる新聞、鉄道、電信。巨大な量のさまざまの関心のただ一つの魂のうちへの集中化。そのためにはこの魂はきわめて強く転変自在でなければならない」（引用終わり）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「思索と鑑賞の暇を与えないために、皆の気持ちを商工業（ビジネス）に向けさせる」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「自由と民主主義が社会を瓦解させてしまうためには商工業を投機的基盤に置かなければならない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「商工業が大地からとりだした富は民衆の手から投資家を通してわれわれの金庫に収まる」&lt;br /&gt;（確かに、日本はアメリカの国債に投資し、そのお金でアメリカ人は日本株に投資している。これを偉い人は「デット・エクイティ・スワップ（債券と株式の交換）」と呼ぶ）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「経済的生活で優越を得るために激しい闘争と市場での投機は、人情薄弱な社会をつくりだす」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「高尚な政治や宗教に嫌気がさし、金儲けだけの執念が唯一の楽しみとなる」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「民衆は金で得られる物質的快楽を求め、金を偶像視するようになるだろう。民衆は高邁な目的で財を蓄えるわけではなく、ただ錯覚した上流階級への嫉妬にかられ、われわれに付き従う」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これ程、直截に戦後の日本の姿の変容を言い表した言葉があるだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;作家の五木寛之さんは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「戦後の日本人はウェットな涙やら人情やらを意識的に遠ざけて、カラカラに乾いた世界に閉じこもるようになってしまった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と述べる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、現代人は「科学の知」の有用性とその合理性をよく知っており、その恩恵によって現在の便利で快適な生活を享受している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、経済大国になった今、この「科学の知」は袋小路に入り、「科学の知」偏りすぎた「現代の知」がかえって社会に閉塞感を生んでいるのではないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中村雄二郎氏によると、人間は科学の知のみに頼るとき、人間は周囲から切り離され、まったくの孤独に陥るという。科学の「切り離す」力は実に強い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間的な情緒が失われ、日本人同志でさえ信じえなくなってしまった日本社会のさみしい帰結が表現されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間は容（かたち）あるハンディなら認識できるのだが、表面上からは容易にうかがい知れない社会の構造上の欠陥による、人間のこころの停滞が起きていることには気が付くことが出来ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本経済は見かけ上、繁栄を取り戻したかのようにみえるが、内的な制度上もしくはこころの「見えざる危機」が未解決のまま山積している、と感じさせられた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-926093296439326200?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/926093296439326200/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=926093296439326200' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/926093296439326200'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/926093296439326200'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/04/blog-post_9424.html' title='「乾ききった社会」　郷学研究会の講義（中）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6024444288949718640</id><published>2007-04-28T14:11:00.000+09:00</published><updated>2007-12-22T21:49:47.115+09:00</updated><title type='text'>「無名であるといふこと」　郷学研究会の講義（上）</title><content type='html'>郷学研究会の寶田時雄さんから２枚のＤＶＤと２冊の本が送られてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早速、「官制学の限界、経師と人師」と「人間学講話（郷学研究会）」の２枚のＤＶＤを拝見させていただいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「官制学の限界、経師と人師」は、亜細亜大学の教職講義で語られたもので、単に書物を解説する机学先生（＝経師）になることなかれ、体験を糧に感動、感激を通じて人間のあるべき姿を説く師匠（＝人師）になれ、と説く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、教師は、独楽の軸のようなしっかりとした情緒（＝歴史、文化的存在）を基軸として、縦軸に天地、横軸に東西南北、の円を回転し情報を集めよ、とも説く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;独楽の軸に「論理」を持ってこなかったのが、寶田さんらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;寶田さんが最も大切にする姿勢は、視線は常に「下座視」であれ、ということである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「下座視」の「下座」とは、広辞苑によれば、①座を降りて平伏すること、②しもての座、末座という言葉であるが、寶田さん流に言うと、「常に立場の弱い一般庶民と同じ目線であれ」という事である。それでなければ感じ取ることができないものが、世の中、数多く存在する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「新宿公園や墨田川にビニール・シートに住まう人々とも、どんなに地位のある人、著名な人とも対等に話すことのできる人間となれ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これが寶田さんの目指す究極の人間像である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;寶田さんは師である故安岡正篤氏から「市井の中に埋もれた人々を掘りおこし光をあてる活動」である郷学研究会を起こすように言われたとき、厳命されたのは「ただし、自身は無名のままでおやりなさい」と言うことであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はその「無名性」、つまりあくまでも主人公は参加する人であり、活動の発起人は名を残す名誉さえも捨て去って活動に没頭する、という無私の境地に在るところに感銘を受ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ＤＶＤでは「ＴＨＩＮＫ　ＪＡＰＡＮ」の大塚さんも同席されていたが、名利にこだわることなくして誰とでも平等に語り合うことのできる好漢、これは私が寶田氏、大塚氏から感じる人物像そのものである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はいつも寶田さんと語ると、自分の出発点である行動規範について考えさせられる。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「読書の姿勢」からしてそうである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;寶田氏のメールを引用させていただくと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&gt;&lt;br /&gt;&gt;読書も「古教照心」ではなく「照心古教」でなくてはならない。 &lt;br /&gt;&gt;明治以降の官制学校歴カリキュラムのマニュアルから脱却しない限り、「我ナニビト」が判明しない。&lt;br /&gt;&gt;つまり自己実現のための表現と、自己を認知したものの表現では結論さえ逆になってしまうということで&lt;br /&gt;&gt;す。 &lt;br /&gt;&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小生も当ブログの読者数が予想外に増加していくにつれ、「自分の書きたいものを書く（＝自己の中で疑問が生じ、そこを出発点として書く）」ことから「読者に飽きられないように書く（＝自己の中では疑問が生じていないのに、読者の為、アクセス数を維持するために書く）」という姿勢に変わってしまったような気がします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「手段と目的の逆転現象」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大いに反省すべき点です。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6024444288949718640?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6024444288949718640/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6024444288949718640' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6024444288949718640'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6024444288949718640'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/04/blog-post_28.html' title='「無名であるといふこと」　郷学研究会の講義（上）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-6540741234524212226</id><published>2007-04-20T01:08:00.002+09:00</published><updated>2008-03-23T22:32:36.162+09:00</updated><title type='text'>「イタリア、韓国にみる民主主義の萌芽と日本の危機」、『ひきこもりの国』より（マイケル・ジーレンガー）（下）</title><content type='html'>ある英会話学校で英国籍の黒人の女性に言われました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あなたは、ＮＰＯがこれからの日本では大事である、というけれども日本は平和だし、裕福でそんな社会活動が必要とは思えないは」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その時、とっさに反論する言葉が出ず、沈黙してしまいましたが、後でこころの中で、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（あなたたち外国人には理解できないでしょうけれども、日本には、表面からは見えない人々のこころのエネルギーが不足している、という社会問題があるんです）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本書で紹介されているのは、こころの鎖国を続けている日本と対照的に民主化に成功をおさめた例として、北イタリアと韓国を挙げています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ロバート・Ｄ・パトナム教授が発見した、「ソーシャル・キャピタル（社会関係資本）」という概念。その中で、「信頼」は重要な構成要素となる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;教授は、未知の人間と信頼関係を築く能力こそが、北イタリア人を豊かにしていると発見した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;市民が参加し、市民意識のあるコミュニティや住民が「お互い公正にふるまい、法を守り、公平・平等の原則を守り、水平的な組織形態をとる」&lt;br /&gt;こうした「市民コミュニティ」は連帯、市民参加、誠実を重んじ、民主主義を機能させる、としている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ノーベル平和賞を受けたバングラディシュのムハンマド・ユヌス氏のグラミン銀行は、貧困層に少額融資をおこなっていますが、その融資の条件は土地ではなく、「仲間からの信頼」であるといいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;融資を受ける側が事業計画書を作成し、仲間がその計画をチェックする。その信頼性で融資を決めるといいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この無担保で、貧困層に融資する仕組みは「マイクロクレジット」と呼ばれ、アフリカやラテン・アメリカに広がっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人からの信頼」という無形ものが「ソーシャル・キャピタル（社会関係資本）」、重要な資産となるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、１９９８年、国ごと金融破綻した韓国を再生させる原動力として、市民間の相互信頼を形成するのに宗教の力が大きく作用した例を本書は挙げています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いまや韓国はＩＭＦに対する債務を４年で完済し、ＧＤＰ成長率は七パーセント、国内の財閥は解体され、外国資本が韓国の有力な企業の所有者となっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;韓国は日本よりはやく、資本のコズモポリタニズム化を達成したのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;政治経済の分野において、「３６８世代」という１９９０年に大学を卒業した世代が活躍し、若者は活力に満ちあふれている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;韓国社会は家族や地域、学校や財閥企業の階級的序列にしばられていた。その呪縛を解いたのが、キリスト教の&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「普遍主義―神の目に映る人はすべて平等である―や個人主義―一人ひとりの人間は神からそれぞれ固有の才能をあたえられているのだから、その才能をよい方法で表現する義務がある」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という教えで、この意識が韓国の人々の間に強固な信頼のネットワークを築いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;余談であるが、筆者も、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人は本性のまま自由に可能性を伸ばす天賦の権利を持っており、そののびやかに生きようとする可能性を侵害することは非常に罪深いことである」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という考えを持っており、図らずも本書でこの考え方は、偶然、西洋の普遍主義と似ているということに気が付き、喜びを覚えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に著者、マイケル・ジーレンガー氏は、「ひきこもりの国（日本）と面倒見のいいおじさんの国（アメリカ）」という表現で、日本の危機について語っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;教育についても複雑な論法を用いて問題を分析したり、蓄えた知識を現実世界の状況に応用するなど、グローバル・テクノロージーにそくしたものに変えるべきだと提言している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に、筆者の意見をいわせてもらうと、マイケル・ジーレンガー氏の言う「日本の意識改革」は案外簡単なことから出来るかもしれないと言うことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本の子弟教育は、完璧な子供、弟子あるいは部下をつくりあげようと、８０点を採っていても残りの２０点についてだけ、厳しく叱責する。９０点採れていても残りの１０点についてだけ厳しく叱責すると言った、堀場雅夫氏のいうところの、「引き算の採点法」である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供、弟子あるいは部下は「これだけ頑張ったのに、この評価か」とがっくりし、伸ばし引っ張りすぎた輪ゴムのように、最終的にゲンナリとたるんでしまい、本来の用途に耐えられなくなってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私のブログにコメントをいただいた、ほめ屋さんと私の共通項は「他人の長所だけみて、そこをたたえる」ことが出来るということです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人が他人と異なることを恐れず、人と違う得意分野を持つこと、異なる人をとがめず、そして人の長所をみつけては褒め、伸ばしてやること。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これが一般化し社会に広まるだけでも、世の中は変わるのではないでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本は一度、「こころの洗濯」をするべきです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;(後日譚）&lt;br /&gt;「マイクロ・クレジットという試み」（http://www.cafeglobe.com/news/gramin/index1.html）。おそらくこれは、アジア各地の産業をぐるりとみわたして、その土地に適した産業を国際開発基構のような団体が伝授して始めたのではないでしょうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-6540741234524212226?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/6540741234524212226/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=6540741234524212226' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6540741234524212226'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/6540741234524212226'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/04/blog-post_20.html' title='「イタリア、韓国にみる民主主義の萌芽と日本の危機」、『ひきこもりの国』より（マイケル・ジーレンガー）（下）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-5784750723830877944</id><published>2007-04-19T16:37:00.001+09:00</published><updated>2007-12-23T07:37:48.249+09:00</updated><title type='text'>「個人主義とコジンシュギの違い」、『ひきこもりの国』（マイケル・ジーレンガー）（中）</title><content type='html'>まず、本書で紹介されている五木寛之さんの言葉を紹介します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「これは国の危機であり、心の危機である。人々は自分の命を軽く見ている。自分の命を尊重しない日本人はお互いのことも尊重しない。自殺率が高いのは人々が心に神を持っていないからだ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは、世界に冠たる自殺大国として名をはせる日本の現状、そして責任のとりかたとして自殺を美徳とする社会の風潮に警鐘を鳴らす言葉です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人々は自分の命を軽く見ている。自分の命を尊重しない日本人は、お互いのことも尊重しない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とあるのは、統計の数字にも表れている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本書によると、日本は民族的、文化的に強い絆で結ばれているというが、アメリカで「他人を信用できる」という質問にアメリカ人が四十七パーセント、日本人は二十六パーセントが信用できると答えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、「世の中に利他的な人が多いと思うか」という問いに対しては「思う」が、アメリカ人が四十七パーセント、日本人は十九パーセント。これほどまでに人間不信が強いというのはちょっと驚きである、と書いてある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本人は同じ民族でも他の人を信用できない、信用できないからお互いを尊重しない、というさみしい民族になってしまったのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人々が心に神を持っていないからだ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と、あるのは個人主義についても言えます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;河合隼雄さんは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「欧米の個人主義はキリスト教に根ざした考え方で、いつも天からあなたを見下ろし、どんな好き勝手なことをしていても、なんらかの評価を下す神の存在をかたときも忘れなることはないでしょう」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という西欧人も（まあ、日本にも、お天道さまがみているよ、といって天地自然に手を合わす習慣はありますが）と日本のメディアからみて吸収して会得したつもりになっているコジンシュギは異なると厳しく峻別します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本のコジンシュギは、一家団欒がなく家族旅行もしない、自分の仕事ばかりを大切にする西欧の個人主義よりもさらにコジンシュギだ、と揶揄されるそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はなんとなく「愛」という言葉をきいただけで、背中がムズ痒くなるというか、愛されたいし、愛したいのだけれども、それを表沙汰にするのが恥ずかしいという、そんな感覚が根本にあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こういう感覚を持つ人は日本人に多くいると思います。そんな日本人の気質が、日本人の男性を家族愛やキリスト教の「愛」という精神から遠ざけているのではないか、と私は考察します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;欧米人には、国の憲法や法律、中世から近世に至るまでの市民か築き上げた「個人主義」が確立しており、歴史によって積み上げられた「普遍的価値基準」に基づく行動規範が存在しているという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、最終的に「個人主義」がなく「コジンシュギ」がある日本人の拠りどころとするのは何かというと、堺屋太一さんは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「日本人はこのような相対主義的な信仰システムがあるため、絶対不可侵の神聖な教えとか、倫理原則の確固たる「指針」というものがない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「日本人にとって道徳的に正しいということは、きょうの日本人の大多数が正しいと考えていることなのです」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と言い、さらに&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「日本人のよりどころになるものは相対的で、人間中心で、実際的だ。ある時代、ある局面で権力を握っている者が「よい」と考えているものだ、という。時の最高権力者は通常、多数派に属しているので、彼がよいと考えるものは他の者がよいと考えるものと合致している。会社の従業員を支配している者にとってよいことは、会社全体にとってもよいことなのである」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と結論づける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これでは困るではないか、善悪の判断、社会的正義の執行といった行動をとるために一体われわれは何を規範とすればよいのか、ということである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;無宗教と名乗る人が（まあ、そういう人も密やかに仏教やキリスト教を信じているのだが）おおい日本人は法律を拠りどころとするしかないのか、という問題にぶち当たります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また本論がらズレますが、日本人は信仰心がありながらも、自らの宗教を明らかにせず、何故、無宗教と名乗るのか、そこら辺も不可解なところです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中江兆民は、学校教育に必要なのは徳性の涵養であるとし、いかに外国語を教えても、人格が高くならなくては教育とはいえない、西洋ではキリスト教をもって徳育の根本としている、日本としては孔孟の教えを教えるべきと、文部省に掛け合ったそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今後、何を日本の「普遍的価値基準」にするかが大きな問題となるでしょう。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-5784750723830877944?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/5784750723830877944/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=5784750723830877944' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5784750723830877944'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5784750723830877944'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/04/blog-post_2627.html' title='「個人主義とコジンシュギの違い」、『ひきこもりの国』（マイケル・ジーレンガー）（中）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-5535709931126681720</id><published>2007-04-19T14:41:00.000+09:00</published><updated>2007-12-22T21:51:32.852+09:00</updated><title type='text'>「何故、青年は社会的ストライキを起こすのか」、『ひきこもりの国』（マイケル・ジーレンガー）（上）</title><content type='html'>この本は日本国全体が「ひきこもり」である、と指摘する衝撃の本だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小泉改革で、日本はアメリカの「年次改革要望書」通り、開国し開かれた国になった、と思いきや、著者のマイケル・ジーレンガー氏によると日本はいまだ鎖国状態であるという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『ひきこもりの国』という本を読みながら、私が感じたのは日本の社会システムは人間システム（ヒューマンウェア、特に35歳以下の若者層）に合わなくなっているのではないかという疑問です。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこでその点をブログ仲間であるほめ屋さんに述べたところ、以下のような返信があった。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&gt;この点は、私も同意します。&lt;br /&gt;&gt;国民国家というシステムが私たちに合わなくなってきているのではないかと思います。 &lt;br /&gt;&gt; &lt;br /&gt;&gt;より踏み込んで言えば、ＯＳの絶えざる更新が必要なのではないでしょうか。旧時代のＯＳの上に最新のア&gt;プリケーションを載せているような言論が多くて、目も覆うばかりです。&lt;br /&gt;&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;OSとはコンピュータのインフラであり、ユーザーの都合によって変更を加えることが出来るが、アプリケーションの変更のように容易に取り替え可能というものではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、社会システムがあって人間のシステムがあるのではなく、人間あっての社会システムである、と発想を逆にすると、社会のインフラである憲法以外のはじめさまざまな法制度や人々のパラダイムといったものを、これからの社会を担う若者向けに変えてゆかねばならぬ、という論法も成り立つ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この本の著者（マイケル・ジーレンガー氏）はまず、社会にストライキを起こしている、ひきこもりの青年の実態を把握することで現在日本の抱える病理の根本が分かるのではないかと、リサーチしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ひきこもりは日本にしか存在しない現象である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何故、ひきこもりが発生したかを著者は、朱子学の影響を受けた日本の社会が、恭順、規律、自制、集団の和が極度に強調される社会であるため、その集団の和から疎外された者、プレッシャーに耐え切れない者が逃避しはじめた結果であるという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に、河合隼雄さんの提唱する「イエと家」の概念が引用され、戦前のイエ社会の変形版である企業社会の「個々人の人権より、集団の利益優先」という体質についていけなくなった若者たちの姿がある、という。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;河合さんによると、昔からずっと、日本人は個人のアイデンティティの追及よりも家系の存続が優先されてきたのだという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;戦後ＧＨＱがアメリカ人からみて人道的な制度とはみなされなかった戦前の家族法を撤廃し、日本に個人主義が根付くであろうと思ったところ、日本人はイエに変わるものとして企業社会にその存在意義を見出し、そこに支配―従属的な関係を築きあげ、滅私奉公しだしたというのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現代の青年は、イエの存続ならば自分を犠牲にするという、個人の人権よりも集団の利益を重んじ、イエのためなら個人を犠牲にしてもやむなし、とする社会に出ることを拒否する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのような社会の中で、自己表現できないことに不満をおぼえからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、欧米からのメディアなどの影響で個人の自主性や自己表現といった手法をおぼえてしまったかれらは、日本社会の集団的抑圧にアレルギーを示す。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本書では、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「多くのひきこもり青年たちが自分の本音を捨てられないのは「実社会」で必要とされる処世術と、自分の純粋な気持ちとの矛盾を受け入れることが彼らにとっては苦痛で困難だから」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と述べる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、いまや日本の人口の５分の１が６０歳以上という時代である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昔はある仕事を任せるにも、「かれ。かれが駄目なら、こいつ。こいつが駄目なら、あいつ。あいつが駄目なら、あそこにいる奴」と取り替え可能な人材が大量に存在したが、現在は若い労働力が減少しており、「もはや君しかいない」という状態なのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;防波堤を守る防人よろしく、若者一人が欠ければ、その防波堤ラインに穴があくほど人手不足の時代が到来しているのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さまざまな異質なものをもとりこむ、度量のあるアローワンスの広い社会を構築してゆく必要性があるのではなでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小泉内閣でジェンダーの公正推進を訴える坂東真理子さんはこう言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「フリーの評論家だったら、私はこう訴えるでしょう。私たち日本人は社会を再構築すべきだ。年寄りたちは、不満と失意のなかにある若者たちにももっとチャンスをあたえるべきだ。危険を覚悟で若者たちの挑戦を許し、新しい夢を持つべきだと」&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-5535709931126681720?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/5535709931126681720/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=5535709931126681720' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5535709931126681720'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/5535709931126681720'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/04/blog-post_19.html' title='「何故、青年は社会的ストライキを起こすのか」、『ひきこもりの国』（マイケル・ジーレンガー）（上）'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-1290386566255945400</id><published>2007-04-18T12:21:00.001+09:00</published><updated>2007-12-16T21:57:00.338+09:00</updated><title type='text'>冬の長距離マラソン</title><content type='html'>中学生になると、必ず冬に長距離マラソンが実施される。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１０Ｋｍに満たないくらいの距離だっただろうが、長距離を走らされるというのは走りなれていない陸上部以外の者には恐怖そのものであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、自分が何位に入賞できるのかが、自分の誇りにかけて、重要であった。間違っても最下位でゴール・インして憐憫の拍手などもらいたくないものだ、と思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に、果たして10Ｋｍもの距離を走りぬけるだろうか、という体力面の不安もある。途中で、棄権などしたら、それこそ一生の恥である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やがてその朝が来て、吐く息が白く、異常な緊張感がみなぎる中、同級生の男子２５０名余りは、卵子に突入する精子の群れよろしく、凄まじい勢いと闘争心と功名心をもって走り出す。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;長距離マラソンの３分の２を走り終えた頃だろうか、私は急に気分が悪くなり道路の植え込みの街路樹に向かって嘔吐した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一緒に走っていた周囲のランナーは、この異様な出来事を無言で避けて通るか、露骨に「ワッ、きたねえ」という罵声を浴びせて、わたしをおいてどんどん先に先にいってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;残りの３分の1を無事走り終える事ができるだろうかと、不安がよぎり、最悪のリタイアまでも考えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その時、後続集団にいた前の学年で仲のよかった大森君が、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「タダシ、大丈夫か。俺は先にいくぜ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とポンと肩を叩いて、先に行った。彼の励ましに、再び走る気力を見出した私は気をとりなおして走り始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;するとさっき励ましてくれた大森君が、植え込みに向かってゲーゲーやっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「Ｋ、大丈夫か」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と声を掛けると、Ｋ君は、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「タダシ、俺に構うな、先に行ってくれ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という。仕方なくＫ君を置いて、先に走っていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして運動場に入り、あと運動場一周でゴールというところまで来て、２５０名のうちで真ん中あたりだったので、まずまずかなという安堵感とともに走っていると、後ろから、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「うおーおー、タダシ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という異様な叫び声が聞こえてきた。はるか後続にいる筈のＫ君が猛烈な勢いで私を追い抜かんばかりの速度で走ってくるではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は負けまいと最後の力をふりしぼり必死に走る。Ｋ君も私に負けまいと必死に走る。ゴール間近の運動場をほとんど二人併走、という状態で走りこんでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;表彰されるトップのランナーたちが決まり、一時の興奮から静まりかえっていた会場は中盤に起こった思わぬデットヒートに注目し歓声を上げた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そしてＫ君と私はほとんど同着でゴールした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後先を決めかねた先生が、私にＫ君より先着の札を与えた。私が、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「Ｋ、お前のおかげで走りなおすことが出来たんだから、お前が先でいいよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;といって札を渡そうとすると、Ｋ君は苦しい息の中、いらん、いらんと手を振った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「まあ、どうでもいいか」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は言った。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/37684609-1290386566255945400?l=soshu-shunputaitou.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/feeds/1290386566255945400/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=37684609&amp;postID=1290386566255945400' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1290386566255945400'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/37684609/posts/default/1290386566255945400'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://soshu-shunputaitou.blogspot.com/2007/04/blog-post_18.html' title='冬の長距離マラソン'/><author><name>soshu</name><uri>http://www.blogger.com/profile/01874940215992884908</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://bp3.blogger.com/_qHLvA6uHS9E/SH686X8mgNI/AAAAAAAAACk/vA7TYJi8Usc/S220/CAAFKWPD770.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-37684609.post-3717201778437517611</id><published>2007-04-17T19:06:00.000+09:00</published><updated>2007-04-17T21:52:41.533+09:00</updated><title type='text'>松田優作さんを偲ぶ</title><content type='html'>大阪の本町駅を歩いていたら、大きな赤いリュックサックを背負った外人さんが、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「チョット、スミマセン」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と声をかけてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ウメダヘ、イクミチガワカリマセン」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;というので一緒に御堂筋線に乗った。「どこの国から来たのか」と聞くと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「オーストラリアデス」と答えた。よく外国人の人が「アナタ、カミヲシンジマスカ？」と聞くので、逆に聞いてみようと聞いてみたら、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「アングリカン・チャーチ（イギリス国教会）」と胸を張って答えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「オウ、ブリティシュ・エンパイアーズ・・・・・」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということで、わずかな間だけれども、イギリスの話をした。イギリスの英語教育機関ブリティシュ・カウンシルに入ったけれども、開口一番スコットランド独立の英雄マイケル・コリンズを尊敬しているといったら、ＩＲＡと勘違いされたのか、非常に冷ややかな態度でした、と言ったら、「ワッハッハッハ」と笑ってくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼は日本人のお嫁さんを持ち、大阪をこよなく愛してくれているとのことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういえば、大阪は「ブレード・ランナー」をつくった巨匠、リドリー・スコット監督の映画の舞台にもなったんですよ、と言ったら、「オウ、ブラック・レイン」と言葉が返ってきて、「ユウサク・マツダ」という名前も出た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、久しく忘れていた松田優作さんの「ブラック・レイン」出演にともなう欧米メディアの高い評価を思い出した。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今はグローバリゼーションの時代、渡辺謙さんが「ＬＡＳＴ　ＳＡＭＵＲＡＩ」で高い評価を得たのをはじめ、真田広之さん、役所広司さん、松平健さんと、国際映画界で活躍している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら、当時は国際舞台への道は狭く、欧米メディアに評価されるなど夢に等しかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この作品で高い評価を得た松田優作氏はロバート・デ・ニーロと競演する予定であったが、「ブラック・レイン」出演中に進行中であった癌が悪化し、「ブラック・レイン」封切り後にあっけなく死亡した。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;死を悟った松田優作が、入院中であることをひた隠しにして出演した番組がある。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「おしゃれ３０-３０」という番組である。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アシスタントのジャズ歌手、阿川泰子さんと劇団で同期であったために出演したそうなのだ。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;松田さんが死の間際であるということを知らない司会の古舘伊知郎氏と阿川泰子さんは「松田優作がトーク番組に出演するのは珍しい」と大喜びで出迎えた。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;松田優作さんといえば「太陽にほえろ」のジーパン刑事。その時のＶＴＲが流れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;犯人の銃弾を集中的に浴びて白いシャツが赤く染まったジャーパン刑事は、 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「なんじゃこりゃ。血だ、血だ。俺は死にたくねえよー。俺は死にたくねえよー」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と絶叫する。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;松田さんの病状を知らない古舘さんはＶＴＲをみて、 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「どう思われます？　自分の若い頃の姿を見て？」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と問うと、松田氏はしばらく考えたあと、 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「頑張ってたねぇ」 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とボツ
