Friday, May 02, 2025

驟雨の時(1)

 夕暮れ時に雨が降りだした。  雨が降ると不思議なことに、遠く海から離れた高台の家にも海峡を行き交う汽船の鋭く物悲げな音色がしきりと聞こえてくるのだ。 私は読書を中断し眼鏡を外すと、汽笛の音にさそわれるように、白いカーテンを開けてヴェランダに出てみた。 すると、さっきまで見えていた淡路島の島影はかき消え、雨に煙る海峡の中にうかぶ汽船の明かりが幾つもほのかにうかびあがっているのが見えた。 急な夕立に海辺の市街地は灰色にくすんだ。 屋根に打ちつける雨音がしだいに強くなり、やがて雨は遠慮なく私の顔や衣服を濡らした。ガラス戸を閉めて再び窓をのぞくと、隣家の柳の枝が突然の夕立になす術もなく枝垂れていた。 私は汽笛の蒸気が噴出する音が好きだった。 霧や見通しの悪い海上で安全確認のために鳴らされる汽笛だが、私には船に乗船している人々からの特別な合図、陸上の私たちへのエールであるような気がした。 いまではその音に郷愁を感じる。 幼年時代、尾道で暮らした。その時の淡い記憶が蘇えってきた。 ジリジリと照り付ける灼熱の真夏の太陽。太陽の光が反射して白光りしてはるか彼方までそびえてみえる石の階段。その階段のはてに青い空を背景に白い入道雲がわきあがっている。 ロイド眼鏡をかけた中学生の兄と友人のブーちゃん。そして虫取り網を持った幼稚園園児の私がゆっくりと石段を登っていく。稚園児の私がゆっくりと石段を登ってゆく。空から間断のない油蝉の鳴き声が降り注ぎ、階段の途上の杉に白い斑点と黒い胴体を持つハンミョウムシの金属色の光沢が不気味にギラリと光る。 1ハンミョウムシを捕まえようと虫取り網を構えると兄から、 「コラッ。余計なことするな」 という叱責の声がとぶ。 尾道というと私は夏にお寺に行ったこの一コマを思い浮かべる。 公庫に勤めていた父が尾道へ転勤となったのは、私が幼稚園に通いだした頃だった。 東京と比べると尾道は古くひなびた町だった。 年中潮風が吹いているせいか、市場の鉄柱は錆つき町の石垣は赤茶け、なにか町全体がセピア色をしているような印象を持った。国鉄の鈍行列車がゴトンゴトンと動き出す音が物淋しく聞こえた。  尾道は漁港だけあって、山が海にちかく山の稜線は屏風のようになだらかに続いている。そのせいで勾配が急でのぼるのに一苦労する坂がおおい。港付近には漁師とその関係者が集まり、昼間は主婦や子供の姿があるばかりだった。  父が公庫から貸し与えられた社宅は市街地から少し離れたところにあった。社宅の近くに堀があり、堀を流れる小さな川にかかるひと一人しか通れないような狭い橋を渡って、入り組んだ細い道をしばらく歩くと社宅にたどりつく。  社宅は奥まったところにあり、道路に面した入口の黒い門扉をあけてさらに5・6メートル玉砂利の敷かれた石畳を歩いて、もう一つの扉をあけて、竹林の中をしばらく歩くと、やっと枝折戸ごしに芝生の庭が視界に入るような構造になっていた。1その社宅の道路側の敷地に食い込んでいるのは、電電公社の局長さんの社宅で、私はその頃電電公社がどんなものかも知らないのに、 「局長さんの家。僕のうちは局長さんの家の隣です」 とつたない口調で言っていたらしい。  道向かいの家は高い石垣の上に建っており、その家の瓦葺きの立派な門にたどり着くには長い階段を上っていかなければならない。僕は子供心に中国の神仙のような人が住んでいるのだろうと想像した。子供は尾道を離れ、今は老夫婦が二人住んでいるとのことだった。