日がふりそそぐ縁側で一人、ダルマ落としをして遊んでいると兄が庭からやってきた。いつになく機嫌のよい兄が、
「タダシ、面白いものみつけたぞ。ちょっとこいよ」
と手招きした。
入り口の黒い門扉に通じる小路の木造の塀をゆびさすと、
「見てみろよ」
見上げてみると、茶色い巾着袋のようなものが塀に張り付いていた。
「なに?これ」
「カマキリの卵だよ」
「近くでみていい?」
「うん。いいよ」
私は木造の塀の石垣の上にあがると、間近でその巾着袋のような物体をみた。
「おい!! 絶対触るなよ。そこから大量のカマキリの赤ちゃんが出てくるんだから」
「こんなちっちゃい袋から、本当にカマキリが出てくるの?」
「昆虫図鑑に載ってるよ。ちょっと来な」
兄の部屋に入ると、兄は昆虫図鑑の該当ページを開いた。
すると図鑑の中のページいっぱいに、巾着袋を破って透明で小さなカマキリが大量にでてくる光景が写真に写っていた。
「わあ、すごい」
兄から図鑑を借りると、私は暫くのあいだじっと写真を見つめていた。あまりにも長いので、兄が、
「ハイ。もうお終い」
といって図鑑を私の手から奪った。
しばらくして困った事が起こった。
父が木造の塀のペンキがはげてきたので、ペンキ屋さんに頼んで塀を塗りなおしてもらうというのだ。
私が、
「カマキリの卵、カマキリの卵があるよ」
と言うと、母も
「あなた。せめてカマキリが孵化するまで待ってあげてくれない?」
と同調したが、父は意に介さず、
「ペンキ屋さんにもう頼んじゃったんだよ。いまさら日を変えてくれなんてペンキ屋さんに失礼じゃないか」
と言った。
そして、ペンキ屋さんによる塀の塗り替え作業が敢行された。
茶色い巾着袋のようなカマキリの卵は、黒いペンキでむらなく塗りつぶされた。
それでも私は小路を通るたびに、黒いペンキで塗られたカマキリの卵を見上げつづけた。
いつか透明なカマキリの子供がザーッとなだれでてくる日を祈って。
(お知らせ)
当作品は同題名で「同志社文学35」(1993年11月発行)に掲載されました。この後の続きがあるのですが、ブルジョアがブルジョアに帰る、という筋書きなので当ブログで公表したくありません。何卒、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
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