Wednesday, June 11, 2025
驟雨の時(2)
私たち家族は東京から来たので、尾道の人には物珍しかったらしい。 兄は中学校の全校集会の朝礼で、転校の挨拶をしたら、体育館から静かなどよめきがあがったと言った。 黒縁のロイド眼鏡をかけ始終しかめっ面をしているような兄にとって迷惑だったのだろう。
母も近所の米屋に買い物に行くと、 「奥さん。東京から来たんですってね。田舎やおもうたん違いますか。はよう旦那さんの都落ちがとけるといいねえ」 と言われた。 父は40になり公庫の決まりのコースである地方支店巡業の旅に出るふり出しの地点にきたのだ。
私は眼の大きさの事ばかりいわれた。 「まあ、なんて大きな眼なんでしょう」 奥様連中が集まると、何度も私の眼のことが話題になるのでうんざりして、 「タダシ君の眼は何の眼?」 と問われると、 「ビー玉の眼」 と答えて奥様連中をワッと笑わせたこともあった。
母は30の後半になって産まれた私を可愛がり、外出するときはいつも連れて歩いた。 「あら、奥さん。また坊ちゃんとお出掛けですか」 とからかわれると、 「うちのおちびちゃんが、せがむものですから」 と言った。私は口元をゆがめてみて抗議の意を表した。
駅前で薬局を開いている隣の家のおばあさんにも可愛がられた。 昼食が終って、キューピー3分クッキングのテーマソングが流れ始めると私はもう我慢できなくなって裏口から庭にとびだしていく。それを見計らっておばあさんはお菓子や飴を用意して待ち構えていた。
裏庭のブロック塀の隙間から、
「坊ちゃん、ちょっときな」
と呼んでは、子供が喜びそうな話をしてくれた。
「坊ちゃんねぇ、昨日花壇のある方のお庭をイタチが歩いていたよ」 「イタチ? 本当」 「本当さ。花壇の隅をそーっと歩いてみせてはサッと姿を隠して」
上津君という私と同じ幼稚園に通う子供たちと遊び始めたのは、いつの頃からだっただろうか。 彼らは道路に面した入り口の扉を開けて、玉砂利の敷かれた石畳を走り抜けて、二つ目の扉から顔をのぞかせて、「おばちゃん、タダシ君いる?」と、尋ねてくるのだ。
上津君たちとはよくうちの庭に穴を掘ってコガネムシの幼虫を捕ったり、竹林の中のミノムシの蓑をはぎとったりして遊んだ。昆虫の抜け殻も集めた。さわ蟹を捕りに上津君一党とお堀のちかくまで出掛けることもあった。そして時々上津君の家にお邪魔した。
その日はあいにく長屋の入り口にいる白く大きな凶暴な犬が暴れくるっており、私はその入口を通ることが出来なかった。 「いまだ。チャンスだ」と上津君はしきりに私をけしかけてくれるのだが、私はその犬が恐ろしくて中に入ることが出来ない。
すると上津君がちかくに落ちていたボロ切れの布をスペインの闘牛士よろしく縦横無尽にふりまわし、犬がひるんでいる間に奥にいけと言った。 私は彼の好意に感謝しつつ犬のかたわらを走り抜けた。
上津君の家は長屋の一番端っこにあった。屋外の物干し竿に絵柄入りのTシャツやシーツなど雑多なものが干されていた。入り口には三輪車が二台、それぞればらばらに放置されていた。
上津君は四人兄弟の長男で、家にあげてもらうと三人の弟や妹が醤油や泥んこ遊びで汚れたTシャツを着て元気に走りまわっていた。薄暗い部屋の中のテレビが純色のアニメーションを映し出していた。
昼食時になり帰ろうとすると、上津君の弟や妹が手を引っ張って、 「ウチで食べてきなよ」 というので、自分より幼い子供に甘えられるというのも初めての経験で嬉しかったので、その好意に甘えることにした。
縁側のひだまりで、ダルマ落としをしているといつになく機嫌のよい兄がやってきた。 「タダシ、ちょっとこいよ」 黒い門扉に通じる小路の木造の塀を指さすと、 「見てみろよ」 見上げると茶色い巾着袋のようなものが塀に張り付いていた。 「カマキリの卵だよ」
「こんなちっちゃい袋から、カマキリが出てくるの?」 「昆虫図鑑に載ってるよ。ちょっと来な」 兄の部屋に入ると、兄は昆虫図鑑の該当ページを開いた。 すると図鑑のページいっぱいに、巾着袋を破って小さくて透明なカマキリが大量に出てくる光景が写っていた。
兄から図鑑を借りると、私は暫くのあいだじっと写真を見つめていた。あまりにも長いので、兄が、 「ハイ。もうお終い」 といって図鑑を私の手から奪った。
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