Thursday, January 01, 2009

『菜根譚』(洪自誠著、神子侃・吉田豊訳:徳間書店)

(菜根譚の思想より)

人間は社会を離れては存在しえない。

どれほど現実の人間関係に絶望しても、やはりわれわれは人間のなかで生活しなければならないのだ。
このような状況に追いこまれたとき、人間は観念の世界に逃れて平安を守るか、志を同じくする人々と結んで社会の変革のためにたたかうか、そのいずれかを選ばなくなる。



(「無」の効用)

水流れて境に声なし、喧に処して寂を見るの趣を得ん。山高くして雲碍えず、有を出で無に入るの機を悟らん。


満々たる水が、音もたてずに流れてゆくのを見れば、さわがしいなかに身を置いても心の静けさを保つ心境を悟ることができよう。



(心と外界)

時、喧雑に当たれば、平日記憶するところのものも、みな漫然として忘れ去る。境、清寧にあれば、夙昔遺忘するところのものも、また恍爾として前に現わる。見るべし、静躁やや分るれば、昏迷とみ異なるを。


ざわざわとした騒がしいなかでは、日ごろ記憶していたことさえ、うっかりと忘れてしまう。静かで安楽なときには、とうの昔に忘れていたことまで、まざまざと思い出す。
環境の静けさ、さわがしさは、やはり心に影響して、意識をはっきりとさせたり、くもらせたりするものだ。



(和光同塵)

出世の道は、すなわち世を渉るなかにあり。必ずしも人を絶ちてもって世を逃れず。了心の功は、すなわち心を尽くすうちにあり。必ずしも欲を絶ちてもって心を灰にせず。


俗世間を離れる道は、この社会でくらしていくなかにある。人とのつきあいを絶って、社会から逃避しなければならないわけではない。
悟りをひらくための努力は、自分の心の働きを十分に生かすなかにある。しいて欲望を殺し、心を冷えきらせることではない。



(迷いは欲から)

われ栄を希わずんば、なんぞ利禄の香餌を憂えん。われ進むを競わずんば、なんぞ仕官の危機を畏れん。


立身出世の欲がなければ、高禄の誘惑にも迷わない。人を出しぬく気持ちがなければ、左遷やクビの心配もいらない。



(妙味を知る者)

一字識らずして、而も詩意あるは、詩家の真趣を得。一偈参せずして、而も禅味あるは、禅教の玄機を悟る。


文字は一字も知らなくとも、心に詩情があれば、真に詩の精神を理解することになる。



(出典:「菜根譚」(洪自誠著、神子侃・吉田豊訳:徳間書店)

(免責事項)このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。

Sunday, November 16, 2008

2008年(平成二十年)年末のご挨拶

本年は「爽秋の春風駘蕩ならざる日々」をご閲覧いただき誠にありがとうございました。


昨年と比較して掲載数が少なくなっているのにも関わらず、依然として一日の平均閲覧数が120、平均固定読者数も60を維持しております。


読者の方の要望に応えなくてはならないという責務と、これまで私が綴ってきた読み物の二番煎ではなく斬新なものでなければならないという責務の板挟みで苦しんだこともありました。


「読書人口を増やす」ことを目的に、とりあえず1カ月1篇、何とか綴ってまいりました。昨年も本年同様のご愛顧の程をよろしくお願いもうしあげます。

Wednesday, November 12, 2008

「日本史を読む」(丸谷才一、山崎正和著:中央公論社)(後)

本書は、作家で評論家丸谷才一氏と文明評論家山崎正和氏の洒脱でユーモラスな対談をおさめた日本史文化論。


まず、古代から日本は高句麗、百済、を介して伝わる中華文明の影響下にあったが、唯一その影響から逃れ得たのは日本では恋愛文学である。


「まえがき」で山崎正和氏はこのように述べる。「日本には恋愛文学の脈々たる伝統があり、愛への耽溺と個人の繊細な心理への関心が深かった」


「恋と密教の古代」では、「万葉集」の額田王と大海人皇子の歌の解釈をめぐる十九世紀のレアリズムと二十世紀のシュルレアリズムの対立を読み解きます。


あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王


衆の匂へる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも 大海人皇子


  この歌を巡ってレアリズムを主張する斎藤茂吉は「対詠的」と評し「狩猟中に野原においての二人のやりとり」ととらえる。 一方、シュルレアリズムの大岡信は「石猟が終わったあとの夜の宴会の席で、二人がふざけて、即興で披露したざれ歌である」と「宴と孤心」説を唱える。


やがて八世紀末に入り、「万葉集」から御霊信仰という鎮魂のため呪法として印度から中国に伝わった空海の密教の時代に。


密教で両部と呼ばれる大日経と金剛頂教。


大日教が形而上的なのに対して、金剛頂教は「自分が風について説明するのではなくて、自ら風になってしまう」というような認識論。


大仏開眼、中国が仏教を退治している頃に、空海は「十往心論」を記し、大日・金剛の両部を統一する。


「院政期の乱倫とサロン文化」は、日本が豊かになり文化的に成熟してくると、貴族社会のなかでも不倫が公認されるようになる。政治(まつりごと)は藤原氏などの摂関家にゆだね、天皇は祭祀の王として君臨する。


そして祭祀の王である天皇は、「諸国から女を召すことで国々の魂を身につけ、それによって日本を統治する」(折口信夫説)


やがて藤原道長が言ったように「男は妻から」と、妻の家柄で価値が決まると言った母性原理主義の貴族社会が出現する。



「異形の王とトリックスター」は、網野善彦氏の著書「異形の王権」によって暴かれた、法服を着て密教の法具を手にして奇妙な帽子を被っている後醍醐天皇の<権威と権力>を手中に収めようとする「建武の中興」。


後醍醐天皇は、農村と都市をつなぐ商業を重視し、運送業を家業としていた千早赤坂の土豪楠木正成、海上運送業をおこない海産物を販売していた隠岐の豪族名和長年を重用し、別世界であった叡山、高野山といった「山」の世界と連携をとり、武家の利権を代表する足利尊氏と戦った。


やがてこの争いは北朝(=足利尊氏が擁立する光明天皇)と南朝(=後醍醐天皇)の争いは一三九七年まで六十年間続きます。



(出典:「日本史を読む」(丸谷才一、山崎正和著:中央公論社)

Saturday, November 08, 2008

「日本史を読む」(丸谷才一、山崎正和著:中央公論社)(前)

つらつらと自分の受けてきた中学、高校の歴史教育について考えてみますと、歴史科目として教えられてきた日本史、世界史の骨の部分については教わりましたが、その豊穣なる歴史の想像力の源となる肉の部分については教わってこなかったような気がします。


私は1990年に高等教育を受けました。


1985年から1990年代の世界情勢は東西冷戦、東欧の動乱に起因するベルリンの壁崩壊および東西冷戦崩壊、中国の天安門事件、湾岸戦争など、世界史の近現代史を語る上で最も重要な事項が生じ、社会科の先生にとっては腕の見せどころだったのでしょうが、教育界の要請があるためか、公立の世界史教育は中盤を長―く長―く語り、三学期には残念ながら時間切れで近現代史の説明はできません、というパターンであった。


辛うじて、予備校で世界史の近現代史を教えてもらったものの、余りにも対象が広すぎる故か、小難しい世界史の人物名、戦争名、条約名、年号を大量におぼえただけで、大学から入学許可証をいただいても、とても体系的に世界史を語ることなどできない状態。


この状態を作家塩野七生女史はこう語ります。


「ちなみに、一年間で世界中の歴史を教えなくてはならないという制約があるのはわかるが、日本で使われている高校生によれば、私がこの巻すべて(「ローマ人の物語」全16巻)を費やして書く内容は、次の五行でしかない」(「ローマ人の物語」「ハンニバル戦記(上)(塩野七生著)より抜粋引用)


「イタリア半島を統一した後、さらに海外進出をくわだてたローマは、地中海の制海権と商権をにぎっていたフェニキア人の植民地カルタゴと死活の闘争を演じた。これをポエニ戦役という。カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権をにぎったローマは、東方では、マケドニアやギリシア諸都市をつぎつぎに征服し、さらにシリア王国を破って小アジアを支配下に収めた。こうして地中海はローマの内海となった」



そういった意味で私は、自己の人生を通して得た知識を自由自在に駆使する戦中、団塊の世代以前の戦後派との大いなるクレバスとコンプレックスを感じざるを得ません。


しかしながら、この本を読むと、この本を軸に他の文献を読みあされば戦後、全共闘以前の世代の方とも<文化的な日本史>を語ることができるのではないか、と思わせてくれるくらいエロティシズム(=知識への誘惑)にみちあふれた本です。


(本の内容の紹介は次回にさせていただきます)

Sunday, September 21, 2008

「私のマルクス」(佐藤優著:文藝春秋)

二〇〇一年に発生した9.11.同時多発テロ。その翌年の三月、アメリカ主導による対イラク戦争が開始される。


その頃、国民のテロへの報復戦争に関心が集中する中、その注意を逸らすため、いわば煙幕として国内で勃発した「田中真紀子騒動と鈴木宗男バッシング」。国民のスケープ・ゴートとされた鈴木宗男代議士を孤軍奮闘護る佐藤優。ノンキャリアながら鋭い視点と深遠な知識によって「外務省のラスプーチン」と呼ばれ、外務省の一隅に隠然たる存在感をしめしていた異色官僚。


結局、二〇〇一年五月、背任容疑及び偽計業務妨害容疑で逮捕され東京拘置所に収監されるのが、獄中、その逮捕されるまでの外務省の経緯を告発した「国家の罠」を上梓し一億総国民の鈴木宗男バッシングに一矢報いた投じたラスプーチン。

その官僚としてはやや異例の経歴の人物が語る自己形成史。


一九六〇年、富士銀行の電気技師の父と、沖縄の久米島で生まれその戦争体験から反戦平和の社会党の熱心な支持者であった母の間に生まれた佐藤優氏。


一九七五年、米ソ冷戦のいわゆる東西冷戦の緊張高まる中、東欧諸国及びソ連を一人旅し社会主義ないしは共産主義諸国のイデオロギーに関心を持つ。浦和高校で受験一辺倒の教育になじむことが出来ず、倫理社会の堀江六郎氏との出会いによって、マルクス主義とキリスト教の相克を読み解くために<無神論研究とマルクス主義>というテーマを大学で勉強しようとする。それならば、と自由な研究を許可する同志社大学神学部を紹介され京都で勉強することを決意する。


聖書神学、歴史神学、組織神学、実践神学を学びながら、神学部自治会のリーダー的な存在となり学友会自治会と連携しながら、学外の民青同盟や統一教会と血みどろの学生闘争を繰り広げ、さまざまな民族問題、人権問題を肌で感じとる。また学問の世界では、神の秩序によって支配される「神の王国」とエゴイズムによって形成される「この世の王国」を歴史的に検証し<信仰とは何か><救済とは何か>ということについての各人の言説を読み比べることに生きる歓びを見出す 。


 ポスト全共闘世代と言われる世代の群像を浮かび上がらせながら、最後まで張りつめた筆調が弛緩することがない。私は「どこの大学にはるか」よりも「大学で何を学ぶか」が大切だと教えられてきましたので、佐藤優氏の一途な学生生活には感じ入るものがありました。「「大学生かくあるべし」という事を綴った読み応えのある一冊。



(出典:「私のマルクス」(佐藤優著:文藝春秋))

Monday, July 14, 2008

The Right Way to Beat Chinese Inflation

The Right Way to Beat Chinese Inflation


中国の物価高を叩く正しい方法


JULY 02, 2008 — High inflation is threatening social stability in China, soaring from 3.3% in March 2007 to 8.3% in March 2008. As a result, the People’s Bank of China has raised interest rates substantially and increased banks’ reserve requirements. The trick for the Chinese government will be to quell inflation in a way that does not compromise its long-term goal of continued strong economic growth. The risks are high.


高率の物価高が中国社会の安定性を脅かしている。2007年3月には3.3%であった上昇率が2008年3月に8.3%までになっている。その結果、中国人民銀行は利子率を大幅に上昇させ、銀行準備金を積み増した。中国政府の物価高を制圧する策略は、かの国の長期的で力強い経済成長目標とあい入れることはない。危険度は高い。


China’s accelerating inflation reflects a similar climb in its GDP growth rate, from the already high 11% in 2006 to 11.5 % in 2007. The proximate cause of price growth since mid-2007 is the appearance of production bottlenecks as domestic demand exceeds supply in an increasing number of sectors, such as power generation, transportation, and intermediate-goods industries. Sustained robust growth and rising aggregate demand have also caused production bottlenecks outside of China, most notably in the agricultural commodity and mining sectors, which have helped lift oil prices to more than $100 per barrel. Adding to these woes are two other inflationary factors: first, Porcine Reproductive and Respiratory Syndrome (PRRS, or “blue-ear disease”) has been killing pigs – China’s main meat source – nationwide, and, second, terrible storms in January reduced the supply of grain and vegetables.


中国の加速度的な物価高は国内総生産の上昇率を表したものであり、2006年には既に11%の高さであったものが2007年には11.5%になっている。2007年半期からの価格上昇のおおよその原因は、電力、輸送、中間商品産業などの、いくつかの部門において国内における需要が供給を上回ったことに起因する。活発な成長の維持や総需要の上昇は、また中国国外の生産障害の要因ともなった。特に農業生産や炭鉱部門が原因となり、1バレル100ドルを超える石油価格の上昇となってあらわれた。これらの悩みの種に加えて他に二つのインフレーションになる要因がある。一つは「豚の多産および無呼吸症候群」(PRRS、青耳疾患)という疫病が中国全土に蔓延し、中国の主要な食肉の供給源であった豚を死亡させてきたこと。二つは1月の台風が穀物や野菜の供給量を減らしたことが起因する。



In these circumstances, continuing to raise borrowing costs would be a mistake. To be sure, the prolonged rapid increase in Chinese aggregate demand has been fueled by an investment boom, as well as a growing trade surplus. Thus, lowering inflation would require reducing the growth rate (if not the level) of these two demand components. But Chinese policymakers should focus more on reducing the trade surplus and less on reducing investment spending – that is, they should emphasize renminbi (RMB) appreciation over higher interest rates to cool the economy.


このような状況下において、借入コストを上昇させ続けることは誤りである。確かなのは、増え続ける貿易余剰と同じ程度に、長く急速な中国全土の総需要を維持するため投資を増やし刺激し続けることである。これら二つの需要構成要因の成長率を減速させるによって、物価高を低くすることができる。しかし、中国の政策決定者は貿易余剰を減らすことに重点を置き、さらに投資支出を減らそうとしている。そのことは、人民元の騰貴させることによる利子率の上昇によって経済を冷却させることを目的としている。



A sizeable reduction in aggregate demand through RMB appreciation is achievable without being imprudent, because the current-account surplus in 2007 was 9.5 % of GDP. Investment (especially in infrastructure in backward areas and social investments) should not bear the brunt of the expenditure squeeze, because today’s investment is also tomorrow’s growth in production capacity; and the production of more goods tomorrow would reduce inflation.


しかしながら、2007年には経常黒字が国内総生産の9.5%を占めているので、人民元の騰貴を通ことによるかなりの総需要減少が達しうるということは、かならずしも慎重を欠いた行為ではない。投資(特に整備の遅れた地域の社会資本および社会投資)は国家の支出のなかでも引き締められている。何故なら今日の投資はまた明日の生産能力を増やし、製品の生産は明日の物価高を減少させるからである。



Using RMB appreciation as the primary tool to fight inflation implies accepting a temporarily higher unemployment rate now in exchange for a permanently lower unemployment rate in the future. This is because manufactured exports are typically more labor-intensive than investment projects. As a result, a RMB1 billion reduction in exports would create more unemployment than a RMB1 billion reduction in investment spending. But tomorrow’s capacity expansion from today’s investment would mean a permanent increase in the number of jobs created from tomorrow onward.


人民元の騰貴という物価高に対抗する初歩的な手段を用いることは、将来における失業率を長期的に引き下げることと引き換えに、現在の一時的失業率を高めることになる。このことは、工業輸出品が、投資計画よりも主として労働集約的であることに起因する。その結果、輸出における10億人民元の減少は、投資支出における10億人民元の減少以上の失業をつくりだすことになる。しかしながら、今日の投資にもとづく明日の生産能力の拡大は、さまざまな明日以降の職業の長期的な増加を意味することとなる。



Nevertheless, China must be careful when implementing RMB appreciation. Policy makers should closely monitor potential changes in the economic conditions in the G-7. A deep recession in the United States resulting from the sub-prime crisis would significantly lower Chinese exports and cut the prices of oil and other primary commodities. In that case, a large RMB appreciation undertaken now would be overkill.



それにも関かわらず、中国は人民元の騰貴を実行することに深い注意を払っている。政策決定者はG7におけり経済状況を綿密に監視している。アメリカ合衆国における深刻な景気後退はサブ・ブライム危機に起因しており、中国の輸出を著しく低下させ、石油およびその他主要製品の価格を値引きさせている。このような場合、大規模な人民元の騰貴は過剰に物価を引き下げることになってしまう。



Moreover, the authorities should recognize that RMB appreciation is unlikely to reduce US-China trade tensions. Consider the experience of Japan-bashing in the 1980’s, when the Yen-Dollar end-year exchange rate plunged from 248 in 1984 to 162 in 1986, and then to 123 in 1988. While Japan’s overall current-account surplus declined significantly, from 3.7% of GDP in 1985 to 2.7% in 1988, the overall US current-account deficit only fell from 2.8% of GDP to 2.4%, because Japanese companies started investing in production facilities in Southeast Asia for export to the US. So Japan-bashing continued under a new guise: the additional demand that Japan must remove its “structural impediments” to import.


その上、当局は人民元の騰貴は米中貿易の緊張状態を減ずることはないと認識している。1980年代の「日本叩き」の経験を考えてみてください。円ドル相場が1984年に1ドル248円だったものが1986年には162円に、1988年には123円まで急落しました。日本の経常黒字は1985年に国内総生産の3.7%に、1988年には2.7%と大幅に低下し、アメリカの経常赤字は国内総生産の2.8%から2.4%に回復した。これは日本の会社が、東南アジアの米国向けに輸出するための生産設備に対して投資し始めたことに起因する。つまりあたらしいみせかけものと「日本叩き」は続けられたのです。増加する需要に対して日本は輸入における「構造的障害」を取り除かねばなりませんでした。



In short, substantial RMB appreciation would reduce the bilateral US-China trade deficit and China’s overall trade surplus significantly, but it would do little to reduce the overall US trade deficit. In the absence of a generalized appreciation of all Asian currencies and unchanged American policies, possibly only a deep recession could reduce the overall US current-account deficit. A stronger RMB can help only the overheated Chinese economy. And it has the virtue of doing so without hurting China’s future production capacity.


簡潔に言えば、十分な人民元の騰貴は、米国と中国の二国間の貿易赤字と中国の全体的な貿易余剰を減少させました。しかしながら、全体的な米国の貿易赤字を減少させるには至りませんでした。全アジア諸国の通貨の騰貴および米国の政策の変化なしには、景気後退だけではとても米国の経常赤字の減少にはつながらないでしょう。強くなった人民元は中国経済を加熱させることに資することにとどまった。そして、そのことが中国の将来の生産能力を傷つけることなしに出来得たところによさがある。



(出典:“The Right Way to Beat Chinese Inflation”Brooking Institute July,13 2008 )


(http://www.brookings.edu/opinions/2008/0702_china_economy_woo.aspx?emc=lm&m=216685&l=46&v=998449

Monday, June 09, 2008

「明治人の教養」(竹田篤司著:文春文庫)

小島政二郎氏の随筆「明治の人間」より、


《「明治の人達は、今の人のように遊んではいなかった。みんな勤勉だった。体の工合が悪くて一日仕事を休むと、「ああ、今日(こんにち)さまに済まないことをした」と口に出して後悔した。気に染まぬものを売ったりすると、「今日さまに済まない」と言って悔やんだものだ。みんな欲張らず、質素で倹約だった」》


《「私の父などは、私が紅茶を嗜むのを見て、「紳士の飲むものを、お前のような書生ッポまで飲んでいては先が思いやられる」そう言って、苦々しい顔をした。分を知れということを明治の大人達はやかましく言った。》


《思えば、私は仕合せな時代に育った。/(中略)/俗な言い方をすれば、お手本にしたくなるような人が、方々にいた。出入りの大工からも、私は私なりに教わることが多かった。そういうことは、楽しいことであった》



朧げながら、明治教養人山脈の背骨を見わたせる書。



大学生にお勧めの本。 小島政次郎、柳田国男、西田幾多郎、狩野直喜、河上肇、森外三郎、今西錦司、桑原武夫、狩野亨吉、ケーベル、夏目漱石、安倍能成、九鬼周造、天野貞祐、辰野隆、福原麟太郎の姿が垣間見えます。  



噛みしめて読んでみればみるほど、実に味わい深い文章が多々散りばめてあります。大学生・高校生にお勧めの書。