「爽秋の春風駘蕩ならざる日々」の来訪者がお陰様で5,000人を超えました。
毎回、1,000人を超えるたびに、ウイットのきいた(つもりの)ジョークを掲載してきたのですが、あまり読者受がよくありませんでした。
また、私が感動した本の文章をそのままの引用しているだけの記事へのアクセス数も少ないことに気が付きました。
案外、読者の方々は真面目な私一個人としての視点なり、意見を尊重して読んでくれているのではないか、という錯誤に基づいて今回は意見を述べさせていただきます。
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皆さんの中で、集団の中でひとりだけ疎外感を覚えたとか、仲間との距離を感じたという体験はありませんか?
村上春樹さんがプリンストン大学の客員教授として招かれた時に書いたエッセイの中にこういう面白い体験があります。
(以下、引用)
でも、僕の知っているプリンストン大学の関係者は、みんな毎日『NYタイムス』を取っている。『トレントン・タイムズ』(ローカル・ペーパー、その地域でしか読まれていない)をとっているような人はいないし、僕がとっているというと、あれっというような奇妙な顔をする。『NYタイムス』を取っていないというと、もっと変な顔をする。そしてすぐに話題を変えてしまう。
とくに『NYタイムス』を週末だけ取って、毎日『トレントン・タイムス』を読んでいるなどというのはここではかなり不思議な生活態度とみなされる。もっと極端に言えば、姿勢としてコレクト(正しきこと)ではないのだ。
ビールについても言える。プリンストンの大学関係者はだいたいにおいて輸入ビールを好んで飲むようである。ハイネケンか、ギネスか、ベックか、そのあたりを飲んでいれば「正しきこと」とみなされる。
ある教授と会ったときに世間話のついでに「僕はアメリカン・ビールの中ではバド・ドライが好きでよく飲んでますよ」と言ったら、その人は首を振ってひどく悲しい顔をした。「僕もミルウォーキー出身だからアメリカのビールを褒めてもらえるのは嬉しいけど、しかしね・・・・」
と言って、あとは口を濁してしまった。
要するにバドとかミラーといったようなテレビでばんばん広告をうっているようなビールは主として労働者階級向けのものであって、大学人、学究の徒というのはもっとクラシックでインタレクチュアルなビールを飲まなくてはならないのだ。
ここでは何がコレクトで何がインコレクトなのかという区分がかなり明確である。
(『やがて哀しき外国語』(村上春樹著;講談社文庫))
この文章から読みとれるのは、プリンストン村の中には深い伝統に根ざした独自の文化があり、客員教授として招聘された村上氏でさえ乗り越えられない壁が存在する、という話である。
人間とはこういった些細なことからも疎外感を感じてしまう動物である。
この例は些細な生活習慣上の違いですから、マイナーな事として片付けられますが、言語が同じであるのに、相互に文化的基盤が違いコミュニケーション出来ないという事態に至った場合はさらに悲惨な感じがします。
五木寛之さんの作品に『黄金時代』という短編があります。
五木さんの実体験から書かれた小説だと思いますが、戦後の焼け跡の中から東京に出てきた五木さんが、金がないため、神社の境内で寝泊りし、血を売って生活していた頃の話である。
売血所の女の子とようやくデートにこぎつけ、その女の子と一緒に喫茶店にいた主人公。やがて、偶然一緒の喫茶店にやってきた同じ早稲田の金持ちのカップルと同席することになります。
3人が文学やクラッシックの話で盛り上がる中、痺れを切らした売血所の女の子が会話の輪の中に加わろうと、採血の仕方や消毒の話をしはじめる。
どう反応してよいか困って困惑する金持ちカップル。「よせよそんな話」と恋人にいう主人公。
その場の雰囲気にいたたまれずに「私、帰ります」と席をたった女の子。何もせず見送る主人公。
悲しいかな、売血所にいた女の子は、高等学校を卒業するや否や、採血場に入り労働していたため、大学生の語るような形而上的な知識を身につけることなく世の中に出てしまったのでしょう。
しかしながら、彼女はけなげにも職場で覚えた知識を話すことによって、3人と共通のコミュニケーションをしたいと願ったのですが、その話は3人の文化的基盤とは大きく離れてしまったため、座は白け、彼女は人格的に否定されたようないたたまれない気持ちになってとびだしてしまった。
こんな経験、ありませんか?
私も年上の女性とデートした時に解消できない壁があって悔しい思いをしたことも、知識人との会話にまったくついてゆけず、無言のまま3時間過ごした、という悔しい思いでもあります。
そんなときに必ず感じるのは彼我の差と、人格的なあつみの違いです。
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