Friday, April 18, 2008

郷党にいれられるまで

あさぼらけのなか、アクセルを踏み自宅を出る。ゆたかな田園地帯をぬけて丘陵地帯を登る。しばらくすると黒く塗られた木造の民家と、うねを作った畑が一面にみえてくる。右手に農協の緑の看板がみえてくる。ここまでくるとひと安心する。あとは、おきまりの高速道路を一直線にゆけば、定刻三十分前に会社の社員寮に車をいれることができる。横断歩道の信号機のまえで停止する。


高速道路に入ると、こつぶの雨が降ってくる。視界がまったくきかなくなり、雨はさらにはげしさを増す。ワイパーを強にしてみてもまったく前の視界がきかなくなる。集中豪雨のなか、なぜ私の進行を豪雨が妨げるのか、理不尽で凄まじい怒りがこみあげてくる。


休憩所のあるコンビニエンス・ストアまでまだ60kmもある。あまりの集中豪雨に一時退避をしようと、サイド・ミラーで後方確認しながら左のウインカーを出し、左側の高速道路の側道から雨を逃れるように車のブレーキを強く踏みゆっくりゆっくりと滑らせて車を地上におろした。



 木造の講堂のようなプラットフォームの連結部をひとり歩くと、あの頃のいらだちが嘘のように消え去り、呆けた気持ちで、疎林の空気を吸いこむ。すると村人ひとり、


「お前さんがたが、郷里に帰ってくるのを待っていたよ。一体、都会で何があったんだい。辛いかもしれないが、しばらく話でもどうかね」

「畑の肥しが不足していてねえ。ありがてい時期に帰ってきてくれたもんだ」



皆がわさわさ話ながら、

「いい、肥しが出来たようだよ」

「何か、オレたちの意図を勘違いしたんじゃねえかい。土産の西瓜をよこすから今日話すのやめた、いっていうんだよ。不思議なお人だねえ。おらたちゃたんに新聞で知ったことが本当かなあ、と思ってあの人に聞こうと思ったんだが」


「なんか都会じゃ複雑なことがたくさん起こっとるのか、わしゃあその話が本当かどうかきこうと思っただけだよ。あの人、銀行、郵便局、その後は何だかよくわかんねえ人生をわたりあるいてきたようだよ」


「あの裏にある木造のボロ屋でもいいかと思って、あてがおうとしたんだが。坊主がいやだって、きかねえんだってよ。親父がエラク怒って木造小屋に一目散だ」


「もうちっとよく話がききたいねえ。何かおもしろい話がないか、と今夜は野良作業を止めて酒を酌み交わそうと思ったのだが」


「いかんねえ。あの態度。これからどうするつもりなんだか。ニ年か三年、監視しねえと本当に村に居つく気があるのかわからんよ。芦部さんの隣ん家、あいてたっていうだろう。あれをあてがってもいいと思ったんだが、、、、、本当に帰ってきたのかよくわからんよ」


「あの子、中学の頃、よく勉強がでたそうだ。東京で高いマンションを買ったつていって随分羽振りがいいって言ったんだが。もうよそう。こちらの苦しい話もする訳にもいかんし、かといってあいつの苦しい心境を語ってもらう訳にはいかん。とりあえずお稲荷さんの火を入れる当番でもまかせようか、と思ったのだが」


「いいや、無理するな。あの様子じゃ、しばらくほおっておいた方がイイ。子供をいいきかせるだけでもニ週間はかかりそうだ」


「西瓜、どう配分するか」


「南瓜の方が気がきくのに、ほんに気のきかねえこった」


ブツブツいいながら、村人去る。(終わり)