Friday, March 12, 2010

『狂人日記』(色川武大著:講談社文芸文庫)

 <スケジユール、6:30起床、7:15~50朝食、服薬、9:30まで自由時間、12:00~50昼食、服薬、3:00まで昼休み、レクリエーション、4:45~5:50夕食、服薬、6:10まで自由時間、9:30消灯、就寝(一般)、10:30まで勉強(特殊)消灯、全員就寝。>


 飾職人、薬品会社社員、国鉄臨時職員、警備員として世にでるも社会とうまくゆかず療養所に入る五十路の男。


 前ぶれもなく和太鼓のような音とともに烈しい発作や痙攣が起こり、さまざまな幻視、幻覚や幻聴を聴いて無意識のうちに大声で吼えてしまう癲癇とおもわれる病気を持つ主人公。同室の唇を絶えず小さく動かしぶつぶつ呟く男(さざえ)、「廻り灯籠の一部の絵が破損しているかのように周期的に訪れる狂気」とたたかいながら、療養者にいて健常者として働きたがつている寺西圭子と同時に退院しあたらしい生活を始める。



 発作ととともに自分の幼少期の鮮やかな記憶がよみがえる。破産とともに「バイバイー!」と私たち兄弟を捨てた母。生家の前の道路を自分の世界と思っていた犬のボビー。学童疎開で行つた山梨での梅干を食べて蕁麻疹ができた記憶。紙で力士をつくり独りで相撲の星取表をとつて興じていた頃。全額貯金して飾職人仲間でケチと呼ばれていたとき。弟との国鉄政治デモ。「僕のはじめての家族―!」園子との結婚生活。


 神経細胞の襞(ひだ)の生物的なうねりが、社会から遠ざけられてなにもできない男のことばにできない悲哀と哀愁の情感が、あたらしい生活を始める准健常者とりとめのない対話として圭子や弟の正吾に向かって投げかけられています。「病院の方が、休めるね。それだけさ」「休める方がいいんだろう。兄貴の場合」これらの対話は、時代のエア・ポケツトに入つて昏迷するわれわれに、安らぎやわずらわしい肉親の温かさを再確認させてくれるのではないでしようか。



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