Wednesday, October 13, 2010

『されど われらが日々―』(柴田翔著:新潮文庫)

当ブログは我慢強い方のお陰と、冷やかしも交ったアクセスで、かろうじておおよそのべ40名の日々のアクセス、閲覧数70前後を保っております。


今回は私が読んでみたいと思っていた柴田翔氏の『されど われらが日々―』を紹介したいと思います。そして『芥川・直木賞受賞者総覧』(教育社)の内容と当時の学生気質について私が感じたところを述べてみたいと思います。


当作品は同人誌「象」に掲載された同氏の作品「ロクタル菅の話」で芥川賞候補になった後に書かれた作品で、工学部の応用化学科から独文科助手となった最後の年に書かれたもので柴田氏のいわば青春の墓名碑的作品として書かれた作品です。


ところがこの作品の文体は非常に平明で読みやすく、思想に殉じて死んでいった親友や付きあっていた女友達の死に対する苦悩や同情の念はあまりなく、むしろ冷めた様子で青春の日々を淡々と綴っておられます。


銓衡委員のなかには「以前の作品の方がよかったのではないか」という声も多かったと聞きますが、「書物はその書物が書かれた時の時代状況を考えながら読まなければならない」という格言にしたがえば、ストイックに生きている主人公に対してさらにストイックな人間があらわれて、自らの高校時代から関与してきた活動の些細な過失にここを痛め、あるいは自らの結婚観について「恋愛は、それがどんなに周囲に祝福されているようにみえても、本質的に反秩序的なものです」という厳しい人生観を持っている人がいる。


そんな似た者同志のなかでの何となく予定調和の人生というもの―大学時代に全ての人生設計を終えていなければならないことに対する漠然とした億劫さが、この文章の欠伸(あくび)でるような退屈さ、人間を踏みしめて歩んでゆく時代風潮に対する冷ややかな怒りにつながっているのではないかと思います。この作品の受賞時期は1964年上半期で、全共闘が本格的に始まる4年前に書かれています。


柴田氏はこの後エッセイや武田泰淳、小川国夫、野間宏、加藤周一、大江健三郎との対談。小田実、開高健、高橋和巳、真継伸彦との同人誌を残されております。


(引用:『芥川・直木賞受賞者総覧』(教育社)



(免責事項)
このブログは一般図書の一部を抜粋要約し、筆者の独断と偏見に基づき改編したものです。このブログで当該分野にご興味をもたれた方は図書館で借りる、ないしは書店にて本をお買い求めになり、全文を精読されることをお薦めします。