Monday, August 03, 2009

「明治草創啓蒙と反乱」(植手通有著:社会評論社) 啓蒙の精神 第一部 明六社の人々 

■ 福沢諭吉

 試しにその実証を挙げて云わん。方今、世の洋学者流は、おおむね皆官途に就き、私に事をなす者はわずかに指を屈するに足らず。けだしその官にあるは、だた利を貪るのためにあらず、生来の教育に先入して、ひたすら政府に眼を着し、政府にあらざれば決して事をなすべからざるものと思い、これに依頼して、宿昔青雲の志を遂げんと欲するのみ。あるいは世に名望ある大家先生といえども、この範囲を脱するを得ず。その職業、あるいは賤しむべきに似たるも、その意は深く咎むるに足らず。けだし意の悪しきにあらず、ただ世間の気風に酔いて、みずから知らざるなり。名望を得たる士君子にしてかくのごとし。天下の人、豈にその風に佼わざるを得んや。青年の書生、わずかに数巻の書を読めば、すなわち官途に志し、有志の町人、わずかに数百の元金あれば、すなわち官の名を仮りて商売を行わんと、学校も官許なり、牧牛も官許、養蚕も官許、およそ民間の事業、十に七、八は官の関せざるものなし。ここをもって、世の人心ますますその風に靡き、官を慕い官を頼み、官を恐れ官に諂い、毫も独立の丹心を発露する者なくして、その醜体、見るに忍びざることなり。
 

丹心:まごころ、赤心
忌諱:忌み嫌うこと



■ 中村正直

 余この書を訳すや、客の過ぎりて問う者あり。いわく、子なんぞ兵書を訳さざるやと。余いわく、子、兵強ければ、すなわち国頼以て治安なりと謂うか。かつ西国の強さは兵に由ると謂うか。これ大いに然らず。それ西国の強さは、人民の篤く天道を信ずるに由る。人民に自主の権あるに由る。政寛やかに法公けなるに由る。ナポレオン、戦を論じていわく、徳行の力は、身体の力に十倍すと。スマイルズいわく、国の強弱は、人民の品行に関かると。またいわく、真実良善は品行の本なりと。

 独り怪しむ、教法に至りてはすなわち頑然としてなお二百年前の陳腐の国禁を株守し、目するに邪教をもってし、冥然として覚らず、牢として破るべからざるものは、そも何のゆえぞや。陛下すなわちまさに曰わんとす。ただそれ邪なり、故に禁ぜざるをえずと。しからばすなわち陛下何に由ってそのはたして邪なるを知るや。およそ物試みざればこれを知ることあたわず。貴国かつて西国を目して夷狄ならざるを知り、しこうして膺懲の論息む。


膺懲:外敵を討伐する



■ 加藤弘之

 仏国のモンテスキウと云える大学者の語に、「自由はドイツの森林中より芽生えせり(ビーデルマンの説に、「自由は実にドイツの森林中より芽生えしかども、その始めて実を結びしは実に英国なりと云えり」)と云いしがごとく、自由の権はまったくドイツの未だ開化に向かわざりし世に起りしものなり。

 自由権の種類許多なりといえども、前段挙ぐるところの諸権のごときはもと天賦にして、この権なければ絶えて安寧幸福を求むるあたわざるものなれば、この権はあえて他より奪うものにあらず。もし他よりこれを奪うときは、すなわちその安寧幸福をも併せてこれを奪うものと云うべし。これゆえに人民あれば必ずこの自由権あるはもとより当然のことなり。しかるに開化未全の国においては君主政府ややもすれば暴権をもって天賦の自由権すらなおこれを奪い、もって君主政府の臣僕・奴隷となす。人民の不幸まことに歎ずべきなり。


■ 津田真道、福沢諭吉、森有礼、加藤弘之

 道の未だ明らかならざるや、強は弱を圧し智は愚を欺き、そのはなはだしきはこれをもって業としこれをもって快としかつ楽を楽しむ者あるに至る。これすなわち蛮俗の常にしてことにその見るに忍びざるものは夫たる者のその妻を虐使するの状なり。
 我が邦俗いやしくも夫婦の交義その間に行わるあるにあらずして、その実その夫たる者はほとんど奴隷もちの主人にて、その妻たる者はあたかも売身の奴隷に異ならず。夫の令するところはあえてその理非を問うことをえず、だた命これ従うもって妻の職分とす。
ゆえに旦暮奔走従事心両らがら夫の使役に供しほとんど生霊なき者のごとくす。しかるに夫の意に充たざるがごとき、すなわち叱咤欧撃、漫罵蹴蹈、その所為実に言うに忍びざるもの間々多し。女子は忍耐を性とするにより、悖逆かくのごときも未だもって深く怨を懐くに至らず。

 噫女子の職分それかくのごとく難しくしてその責任またそれかくのごとし重し。しかるに世俗女子をもって男子の遊具となし、酒に色に国紘に歌に放逸不省もって快楽を得ることなし、もしこれを共にせざれば相歯せざるの情勢あり。外国人の我が国を目して地球上の一大淫乱国となすも虚謗にあらざるなり。(中略)三.双方の年齢婚姻に適したること、ただし男二十五歳未満、女二十歳未満なる時はその父母もしくは後見人の許状あるべし。(「妻妾論」森有礼)

 およそ弱き者を扶助する、豈に独り男子の婦人におけるのみならんや。政府の人民における父母の子女におけるまた弱きをもって扶助するなり。(政府の人民におけると父母の子女におけるとはその理もとより異なりといえども、しかるに人民各々みずから保護するの理と大異あることなし。)もし弱き者を扶助するにはやむをえず尊敬に類することもなさざるべからずとせば、政府は人民に上位を与えてみずから賤位を取り、父母は子女を上座につかしめて着かしめて己れ次座を占めざるべからず。しかるに西洋といえども決してこれらのことあらずして、(人民は主にして政府は人民のために存在する者なれば、本来の理においては人民上にありて政府下にあるべきがごとくなれども、政府は人民を保護するの大権を掌握せざるべからざるをもって必ず上位を占むるを要するなり。ゆえに共和政治の国といえども政府は必ず人民の上に位するなり。)(「夫婦同権の流幣論」加藤弘之)



旦暮:朝夕
叱咤欧撃:叱咤はしかりつけること、欧撃は殴る、打つ
漫罵蹴蹈:馬鹿にして罵る、蹴蹈は踏みつける
悖逆:道理や法度にたがいもとること
虚謗:あやまった非難



(要約抜粋:「明治草創啓蒙と反乱」(植手通有著:社会評論社)


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