Monday, October 01, 2007

日本の米国病からの処方箋(財政)

(1)小さな政府と所得再配分 -これ以上の行政のスリム化は必要か-

2006年7月、OECD(経済協力開発機構)(*1)は日本に対して「日本は異様な格差社会になっている」という経済審査報告書を提出しました。

「ジニ係数(所得や資産の分配の不平等度をしめす数値)がすでにOECDの平均以上になっているだけでなく、相対的貧困率が先進国の中で最も悪いアメリカに肉薄している」

「とくに、子どものいる家族の相対的貧困率は、アメリカをすでに抜いている。さらに独り親(母子家庭)相対的貧困率は、アメリカを大幅に抜いて突出している」

さらにOECDは、格差拡大は労働市場が二極化していることにもとづいている、と指摘しているのです。

つまり労働市場が砂時計型に二つに分かれてしまっていて、この二極化している労働市場(フルタイムとパートタイム)の賃金格差があまりにもひどすぎると指摘しています。

このような事実を踏まえて、まず私たちが考えなければいけないのは、

「政府が再配分をやめて、すべて市場にまかせればいいという方向を選ぶのか、そうでない方向を選ぶのか」

です。つまり、

(a)小さな政府というスローガンのもとこれ以上公的部門をスリム化してゆくのが妥当か否か、という選択肢です。

さらに言えば、少子高齢化という緊急事態を迎えるにあたって、

(b)ヨーロッパ諸国のように所得再配分機能を高めるため、大きな政府に回帰すべきではないか、という選択肢もあり得ます。

もともと、日本の財政の所得再配分機能(*2)は先進国のなかでいちばん小さいといえるほど小さいのです。国民負担率(=国民所得に対する税金の割合)の割合でいくと、以下の通りです。

国民負担率:日本37.7、アメリカ31.8、イギリス47.1、ドイツ53.3、フランス60.9、スウェーデン71.0

しかしながら、大きな政府に回帰すれば税金の負担率が大幅に増加します。

したがって、租税負担率の低いアメリカのように「所得が少なければ、税も少なくていい。そのかわり自己責任で生きていってください」から、租税負担率の高いスウェーデンのような「貧しい人も税を負担してください。そのかわりおたがい助けあって生きていきましょう」 という社会に変わります。
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ヨーロッパでは財政が所得再配分していることでは限界が生じていると考え、新しい労働市場に誰でも(=家庭で労働してきた女性も、さまざまな障害を持っている人も)参加できるシステムをつくっています。教育によりあたらしく変わっている労働市場への参加保障を、財政による公共サービスの提供によっておこなうことを考えています。

(2)貧弱な公的サービス(育児サービス・高齢者福祉サービス)拡充のためにどのような意思決定危機関が望ましいか

日本はスウェーデンやドイツ、フランスなどのヨーロッパの国々と比べて、年金や医療保険は半分以上の数値になっています。

「政策分野別社会支出」(対国民所得比)
医療保険等:日本7.65、アメリカ7.39、イギリス7.3、ドイツ10.51、フランス10.06、スウェーデン9.3
年金等:日本8.2、アメリカ6.35、イギリス13.17、ドイツ14.98、フランス14.85、スウェーデン13.14

 さらに、児童手当と高齢者福祉サービスの数値は極度に低くなっています。

「政策分野別社会支出」(対国民所得比)
育児サービス等:日本0.35、アメリカ0.35、イギリス0.64、ドイツ1.08、フランス1.75、スウェーデン2.63
高齢者福祉サービス等:日本0.42、アメリカ0.06、イギリス1.05、ドイツ1.01、フランス1.75、スウェーデン2.63
児童手当:日本0.28、アメリカ0.28、イギリス2.24、ドイツ2.75、フランス2.15、スウェーデン2.28

今までの日本は、中央政府が補助金や指令を出して地方自治体に仕事をやらせていました。しかし、国民レベル(=中央政府レベル)で意思決定をすると、産業政策(=道路網や港湾網の整備等)に結びつくことが多く、サービス産業の時代に必要とされている相互扶助的な公共サービスに結びつかないことが多いのです。

中央政府主導の産業政策は過去の「農業基盤整備事業」(*3)「農道空港」(*4)「港湾整備事業」政策などの失敗からみてわかるように、かつての土木事業による所得再配分は時代に適合していないことは明らかです。

これからは、地域住民が自分たちの家族や地域社会でできないことを、地方自治体で共同の意思決定のもとにやるということが必要です。

国民はまず地域の住民として、隣人たちといっしょに政府をつくり、その隣人たちの政府の集まりとして一つの国家というものが出来上がっている、という形にしなければならない筈です。

市町村にできないことは道府県が、道府県にできないことは国がと、意思決定をする公共空間をいくつも分離させておくことが必要です。

また、神野先生及び鈴木武雄先生が唱導しておられる「地方共同体が共同発行できる地方金融公庫(=地方自治体が共同出資で銀行を設立し、そのプールしたお金を担保として資金繰りが苦しい自治体が地方債を発行する)」の設立も地方分権には欠かせない要素であると考えます。

(出典:『財政のしくみがわかる本』神野直彦著:岩波ジュニア新書より要約抜粋、一部改悪)

最後に佐高信氏と姜尚中氏の対談「民営化イコール善はおかしい」から、

姜 「現在アメリカでは医療保険を受けられない子どもたちが約400万人いるんです。大人も含めると4,000万人以上かな」

佐高 「自助努力と政治家が言うのは政治家の自己否定なんですよね。自助努力で物事が成れば国家はいらない。自分たちで自分たちをいらない、と言っている矛盾に全然気付かない。一人でやれるなら国はいらない、税金を払う必要もないよ、という話なんですね」

姜 「それが「公」が無くなるということだと思います。アメリカでは、私企業が「公」的なもので儲けられる構造になっている。刑務所も私企業化され、私企業がそこをまかなうと企業秘密になる」

(出典:『日本論』(佐高信・姜尚中著:角川文庫より要約抜粋、一部改悪)

参考文献:
『RE-BOOT』(大前研一著:PHP研究所)

(*1)OECD(経済協力開発機構)
1961年9月発効。ヨーロッパ経済協力機構(OEEC)に代わって経済の安定成長と発展途上国援助の促進、貿易の拡大自由化を目的とする国際協力機関。先進国クラブともいう。
(*2)所得再配分
豊かな人に重く税金をかけ、貧しい人には現金を給付して国民の所得の格差を小さく平等な社会にする。
(*3)農業基盤整備事業
農水省管轄の公共事業。農道や排水路など農業設備を整備する事業。15年間で45兆円以上使われたが、新しい農地を使う人がなく失敗に終わった。
(*4)農道空港
新鮮な野菜を市場に運ぶのが目的で各地に作られたが、あまり使われていない。

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