Wednesday, November 12, 2008

「日本史を読む」(丸谷才一、山崎正和著:中央公論社)(後)

本書は、作家で評論家丸谷才一氏と文明評論家山崎正和氏の洒脱でユーモラスな対談をおさめた日本史文化論。


まず、古代から日本は高句麗、百済、を介して伝わる中華文明の影響下にあったが、唯一その影響から逃れ得たのは日本では恋愛文学である。


「まえがき」で山崎正和氏はこのように述べる。「日本には恋愛文学の脈々たる伝統があり、愛への耽溺と個人の繊細な心理への関心が深かった」


「恋と密教の古代」では、「万葉集」の額田王と大海人皇子の歌の解釈をめぐる十九世紀のレアリズムと二十世紀のシュルレアリズムの対立を読み解きます。


あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王


衆の匂へる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも 大海人皇子


  この歌を巡ってレアリズムを主張する斎藤茂吉は「対詠的」と評し「狩猟中に野原においての二人のやりとり」ととらえる。 一方、シュルレアリズムの大岡信は「石猟が終わったあとの夜の宴会の席で、二人がふざけて、即興で披露したざれ歌である」と「宴と孤心」説を唱える。


やがて八世紀末に入り、「万葉集」から御霊信仰という鎮魂のため呪法として印度から中国に伝わった空海の密教の時代に。


密教で両部と呼ばれる大日経と金剛頂教。


大日教が形而上的なのに対して、金剛頂教は「自分が風について説明するのではなくて、自ら風になってしまう」というような認識論。


大仏開眼、中国が仏教を退治している頃に、空海は「十往心論」を記し、大日・金剛の両部を統一する。


「院政期の乱倫とサロン文化」は、日本が豊かになり文化的に成熟してくると、貴族社会のなかでも不倫が公認されるようになる。政治(まつりごと)は藤原氏などの摂関家にゆだね、天皇は祭祀の王として君臨する。


そして祭祀の王である天皇は、「諸国から女を召すことで国々の魂を身につけ、それによって日本を統治する」(折口信夫説)


やがて藤原道長が言ったように「男は妻から」と、妻の家柄で価値が決まると言った母性原理主義の貴族社会が出現する。



「異形の王とトリックスター」は、網野善彦氏の著書「異形の王権」によって暴かれた、法服を着て密教の法具を手にして奇妙な帽子を被っている後醍醐天皇の<権威と権力>を手中に収めようとする「建武の中興」。


後醍醐天皇は、農村と都市をつなぐ商業を重視し、運送業を家業としていた千早赤坂の土豪楠木正成、海上運送業をおこない海産物を販売していた隠岐の豪族名和長年を重用し、別世界であった叡山、高野山といった「山」の世界と連携をとり、武家の利権を代表する足利尊氏と戦った。


やがてこの争いは北朝(=足利尊氏が擁立する光明天皇)と南朝(=後醍醐天皇)の争いは一三九七年まで六十年間続きます。



(出典:「日本史を読む」(丸谷才一、山崎正和著:中央公論社)

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