Wednesday, April 18, 2007

冬の長距離マラソン

中学生になると、必ず冬に長距離マラソンが実施される。

10Kmに満たないくらいの距離だっただろうが、長距離を走らされるというのは走りなれていない陸上部以外の者には恐怖そのものであった。

まず、自分が何位に入賞できるのかが、自分の誇りにかけて、重要であった。間違っても最下位でゴール・インして憐憫の拍手などもらいたくないものだ、と思った。

次に、果たして10Kmもの距離を走りぬけるだろうか、という体力面の不安もある。途中で、棄権などしたら、それこそ一生の恥である。

やがてその朝が来て、吐く息が白く、異常な緊張感がみなぎる中、同級生の男子250名余りは、卵子に突入する精子の群れよろしく、凄まじい勢いと闘争心と功名心をもって走り出す。

長距離マラソンの3分の2を走り終えた頃だろうか、私は急に気分が悪くなり道路の植え込みの街路樹に向かって嘔吐した。

一緒に走っていた周囲のランナーは、この異様な出来事を無言で避けて通るか、露骨に「ワッ、きたねえ」という罵声を浴びせて、わたしをおいてどんどん先に先にいってしまう。

残りの3分の1を無事走り終える事ができるだろうかと、不安がよぎり、最悪のリタイアまでも考えた。

その時、後続集団にいた前の学年で仲のよかった大森君が、

「タダシ、大丈夫か。俺は先にいくぜ」

とポンと肩を叩いて、先に行った。彼の励ましに、再び走る気力を見出した私は気をとりなおして走り始めた。

するとさっき励ましてくれた大森君が、植え込みに向かってゲーゲーやっている。

「K、大丈夫か」

と声を掛けると、K君は、

「タダシ、俺に構うな、先に行ってくれ」

という。仕方なくK君を置いて、先に走っていった。

そして運動場に入り、あと運動場一周でゴールというところまで来て、250名のうちで真ん中あたりだったので、まずまずかなという安堵感とともに走っていると、後ろから、

「うおーおー、タダシ」

という異様な叫び声が聞こえてきた。はるか後続にいる筈のK君が猛烈な勢いで私を追い抜かんばかりの速度で走ってくるではないか。

私は負けまいと最後の力をふりしぼり必死に走る。K君も私に負けまいと必死に走る。ゴール間近の運動場をほとんど二人併走、という状態で走りこんでいた。

表彰されるトップのランナーたちが決まり、一時の興奮から静まりかえっていた会場は中盤に起こった思わぬデットヒートに注目し歓声を上げた。

そしてK君と私はほとんど同着でゴールした。

後先を決めかねた先生が、私にK君より先着の札を与えた。私が、

「K、お前のおかげで走りなおすことが出来たんだから、お前が先でいいよ」

といって札を渡そうとすると、K君は苦しい息の中、いらん、いらんと手を振った。

「まあ、どうでもいいか」

私は言った。

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